第5話 ありがとね

 この街には黄昏時になると夕陽がとてもきれいに見える公園がある。


 晴れた日の放課後は、僕達兄弟はそこから夕陽を眺めるのが日課だった。


 今日はその場所に僕たち二人ともう一人。


「わぁ…すっごい奇麗…」


「ったく…なんでここまでついてきてんだよ」


 アイス片手に理久がぼやく。


 この場所で夕陽を見ながら買ってきたお菓子やアイスを少し食べるのも僕たちの日課だった。


 「あ、私あれ食べたい。ハイチュウ」


 「聞いてねーし」


 「まぁまぁ理久、別にいいじゃない。はいハイチュウ。ブドウ味」


 「ありがと」


 「まぁ…そうだけどよ…。はぁ…ま。それもそうだわな。いつまでもギャーギャー騒ぐのも馬鹿らしい、か」


 そう言って理久はおもむろに立ち上がった。


 「…おい」


 「ん?どったの理久?」


 「あー…その……」


 言いよどむ理久。


 「あー…。やっぱいいわ、気が変わった」


 「えー、なにそれ?気になるじゃーん」


 「言ったらおめーがますます調子に乗るから言わないことにした」


 「むー」


 そう言って理久は腰を下ろす。


 心なしか少しすっきりした表情をしているようにも見えた。


 「なぁ兄貴、なんか飲むものくれ」


 「はいはい」


 僕は手に持っていた袋から適当なジュースを理久に渡した。


 「…ありがとね」


 視線をこちらに向けないままで優姫がつぶやいた。

 

 「あぁ?何が?」


 「私ね、この街に帰ってくるの、正直不安だったんだ。快人と理久がいるっていってもお別れしたのは大分前だし、二人とももうすっかり大人なのかなーって思ってたんだ」


 あはは…と少し自嘲気味に笑う。


 「でも、二人とも昔のままだった。私の中の快人と理久のままだった。私、すごく嬉しかったし、すごく安心した。だから、ありがとうって」


 「優姫…」


 「ってちょっと待て。それは俺たちが何にも変わってねーガキだって言いたいのか?馬鹿にしてんのか?」


 「あー、ひっどーい。せっかく人が正直な気持ちを口にしたって言うのにそんな風に扱うのかー。やっぱり理久は昔のままのツンデレなんだー」


 「…なぁ兄貴。やっぱこいつ一回殴っていいかな?」


 「いくらなんでもそれはやりすぎだよ理久…。優姫も、あんまり理久を挑発するようなこと言わないの」


 「はーい」


 なんで僕が二人をたしなめているんだろう…。


 「私だって、変わってないよ…」


 優姫のその呟きは、誰の耳にも届くことなく沈む夕日に掻き消えたのだった。

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