第61話 終末結社『ウロボロス』
「……俺に言ってんのか?」
「もちろんです。さぁ、どうです?」
「どうもくそもあるか。そもそも終末の意味が分からん」
「そうですか……では教えてさしあげましょう!」
なんでコイツはこんなにテンションが高いんだと訝しむアカツキだが、周りのことなど知ったこっちゃないとばかりに、喋りまくる黒ローブ。麻薬でもキマっているとしか思えない。
「我らは『終末結社ウロボロス』! かつて訪れた混沌に満ちた世界を! そして今度こそ世界の終わりを! 終末とは世界の終わりのことを言うのです!」
いちいちポーズをとる黒ローブは、あちこち視線が飛ぶので、隙を窺うことはたやすかった。アカツキはちらりとレムリアとダリアを見る。
―――しっかり記憶しといてくれ
と思いを視線に込めて。
興がのりすぎたのか、自分たちの組織をバラすという、割と致命的なミスを犯す黒ローブ。ひょっとしたらいろいろ話してくれるかもしれないと、アカツキは核心をいきなりついてみた。
「それで? なんでこんなことしてるんだ? その終末とやらに、今回の件は関係あるのか?」
まぁ、関係あるんだろうなとは内心思っているが、ダメもとで聞いてみるアカツキ。
「さすがにそれを話すわけにはまいりません」
ダメだった。アカツキの話術が稚拙なのか、黒ローブが冷静になったのか。挙動が激しかった黒ローブの動きは今はピタリと止まっている。
「で? 返答はいかに?」
「世界の終わり、ねぇ……」
別にアカツキは世を儚んでなどいない。意外なところから繋がりが見つかり、世界が広がっていく。そういう体験を最近してばかりで、むしろ人生は面白いもんだとすら思っている。そもそも婚約者が救世の旅に出ているのである。片割れが世界の終わりを望んでいるとか、何の冗談だというものだ。従って答えなど言わずもがな。
「興味なし。できれば老衰で死にたい」
「そうですか……残念です」
やれやれとばかりに額に手をやり、残念がる仕草をする黒ローブだが、ちっとも残念そうな雰囲気が見られない。やがてすっくと直立すると、口元が三日月に裂けた。
「それでは、絶望をたっぷりと味わってもらいながら、死んでいただきましょう。何の覚醒もしていない『純人』より、はるかに大量の瘴気があふれ出るでしょうし」
専門的な言葉が多すぎて、何を言っているのかさっぱりわからなかったが、黒ローブがこちらに害意を持ったことは理解できたアカツキ。
何をしてくるか分からないため、取れる準備と言えば剄を巡らすくらいだ。拳を握り体内に力を巡らすと、
「ほぅ……やはり素晴らしい量を扱えるようだ。それを反転させればさぞかし……」
アカツキのほうを見て何やらブツブツ言っていた黒ローブは、突如レムリアのほうを向いた。そして右拳を突き出す。全ての指に指輪がはまっており、そのうちの一つが輝きだすと、空中に魔法陣が現れる。陣が光る何かを吸い込みだすと、描かれていた魔法陣の線が、端から太くなってくる。そして全ての線がなぞられると、陣は光り、中心から炎の矢が飛び出した。
「! あぶねえ! 姫様!」
「きゃあああああああああああああ!」
レムリアの部屋は、60度ごとに窓が設置されており、アカツキの居る入口を含めちょうど等間隔になるようになっている。レムリアの寝ているベッドは入り口の右60度側。黒ローブはアカツキがいる入口から左側にある窓に立っている。護衛としては完全なミスだが、なんの手ほどきも受けていないアカツキに、護衛のなんたるかを知っていろというほうが無茶な話だ。
とにかく突然放たれた炎の矢を、何とかしなくてはいけないと考えたアカツキは、矢の射線に割って入る。そして矢のほうを向くと、両腕をクロスさせて顔と首を守る。とにかく何かがわからないものに対処などできるわけもなく、受け止めるという選択を取らざるを得なかったのだ。
ドゴォォォォォン!
「っぐあぁっ!」
「アカツキ様っ」
マトモに腕に食らったアカツキは、のけぞらされ体のバランスを崩す。わずかの間だが、体重が足から抜けるほどの衝撃がアカツキを襲い、自分の体が制御不能になる。追撃を覚悟していたアカツキだが、一向にそれが来ないことに訝しみ、ちらりと隙間から黒ローブを見ると、今度は入り口に縄をかけられ、動けなくなっているダリアめがけて、拳を突き出している。
「お前ぇぇぇぇ!!!」
「さあ、絶望してもらいましょうか。どうやらあなたは護衛としては力不足のようだ。守るべき者を別々に置いておくなど、常識としてあり得ない」
黒ローブは当然、先ほどまでのやり取りを知らない。レムリアとダリアの関係は、被害者と加害者であり、別々に置いておくのが先ほどまでは当たり前だった。
だが、レムリアが許したことから、彼女たちはどちらも保護対象となっており、今の位置関係は一人で守るには致命的だった。
再び展開する魔法陣。中心には先ほどと同じ炎の矢。縄は手首にしか打たれていないはずだが、恐怖で腰が抜けて動けないダリア。そんな彼女めがけて無慈悲な炎の矢は、持ち主の意思に従い、あっけなく放たれる。
「させるわけねえだろぉがぁ!!」
フィオナですら見たことがないような、真剣な顔のアカツキが吠え、今度はダリアの前に突っ込んでいくが、今度は構えを取る余裕はない。
アカツキは薬が残っていることを期待して、炎の矢に体ごと跳びこんだ。
―――ドゴォォォ!
「ぐ、はっ……」
跳んだ勢いそのままに、煙を上げながら転がり、倒れるアカツキ。今度は腹に当たったのか、着ていた服は燃えて、焦げた腹筋がむき出しになっている。
「ハハハ! いいですね! さすがは護衛です。そして殺傷力はかなり高いはずのこの矢を受けて、まだ生きているとは! これは、壊しがいがある!」
楽しそうに、本当に楽しそうに黒ローブは嗤うと、再びレムリアに拳を向ける。アカツキはそれを見て立ち上がろうとするが、腹に激痛が走りとっさに動くことが出来ない。腹を押さえたまま立ち上がろうと四つん這いになった時に、黒ローブがアカツキに向けて言葉を放つ。
「本来ならば、人生に絶望を感じた姫様が、瘴気の発生源となる予定だったのですがね。守るべき者も守れず、絶望する君が放つ瘴気のほうが質が良さそうだ。だからね、姫様」
「……」
途中からレムリアに話す相手を変える。一呼吸おいて、黒ローブは告げた。
「ここで死んでください」
カタカタ震えて、後ずさることもできないレムリア。彼女の顔からははっきりと見えた。
―――享楽に顔を歪めた青年の素顔が。
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