拉致被害者の会初代会長横田滋さん死去

 昭和52年(1977年)11月15日。日本海に面した新潟の街から一人の少女が忽然と姿を消した。この横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたとはっきり認識したのは、乗客乗員115人が犠牲となった大韓航空機爆破犯の金賢姫元工作員が、横田めぐみさんに日本語を教えてもらったという証言。金賢姫が、心を入れ変えたのは、韓国の首都ソウルを見たからだ。そこは、北で教えられた貧しい国ではなく、高層ビルと光であふれていた。貧しかったのは北朝鮮。彼女は、ここで、洗脳が解ける。


 まだ、社会党などが、そんな事件あるものかと嘘を日本に吹聴していた時期。この拉致被害者らに真摯に向かいあった政治家は、現首相の安倍さんだけだった。

 いよいよ、北朝鮮による拉致被害者がいることが分かった日本政府。小泉首相は、2002、2004年に、北朝鮮に電撃訪問をする。この時、側近としてついて行ったのが安倍さん。

 これにより、いないと言っていた拉致被害者を日本に訪問させることにした北朝鮮。一時帰国なので、その拉致被害者らは北に返せといって日本に送ってきた。それを返さなかったのが安倍さん。その時、我々も、取られたものを貸してやるから又戻せとは何事かと思っていた。これにより、拉致被害者は、まだまだいると確信した。


 ここまでやっていた安倍さんが、首相にまで上り詰めたのに、それでも、拉致被害者を日本に戻すことができなくて、ついに、その被害者の親が、また一人亡くなった。


 このような日本人を拉致した事件は、韓国の方が先だし、内容は、もっと無茶苦茶。竹島付近で漁をしていた漁師を拉致したうえ監禁。65年までに竹島周辺で操業していた3903人の漁民を拉致監禁した。死傷者44人、うち死者8人。 物損被害76億円を1965年日韓請求権協定で、日本政府は放棄している(補償も日本政府)。


 朝鮮半島は、大昔から危ない所だった。日本人は、朝鮮人に対して、防衛をしなければいけなかったのに、併合してずいぶん助けた。それなのに、この仕打ち。南北とも、日本に無茶苦茶してくれる。


 拉致被害救済の旗振り役の安倍さんが、首相になったのに、ここまでしかできなかったのは、それに抵抗していた勢力があるからに他ならない。北の利権は、パチンコくらいなので、韓国利権者も安倍さんを邪魔していたと思われる。国民の命を守るための憲法9条改正の邪魔など、その最たるもの。中共やオールドメディアも1枚かんでいる話。


 拉致被害者の話は、日本に闇があると認識させてくれた話。安倍さんは、拉致被害者を助けようとしていたが、それに抵抗する輩に全方位されていた。首相でさえ破れないこの包囲網。現在、徴用工問題から出ている韓国断行の目が、これらの不条理を打破する切っ掛けになるのではないだろうか。それにしても残念だ。横田滋さんの冥福をお祈りする。

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