そもそも韓国は何時から反日なのか

1952年8月5日に反日体制が確立した。〈韓国リセット独自〉この日は、初代大統領再選の日だった。当然李承晩は、初代大統領に選出された時から布石を打っていたのだろうが、民衆が、支持して李承晩が大統領になったのは、この時。一回目の時は、分断の固定化に繋がるとして南単独で総選挙を行なうことに反対する運動が全国各地で起こり、左右合作運動や南北協商を進めていた勢力は選挙に参加しなかった。この時、全国でテロが発生し600人が死んでいる。済州島では、更にひどいことになった。済州島四・三事件。


 初代李承晩大統領が、アメリカで書いていたファンタジー小説には、韓国は日本に占領される前は豊かでとても綺麗な国だったとある。しかし、日韓併合前の韓国を訪れたイギリスの女性旅行家イザベラ・バードの韓国旅行記に書かれている内容は、全く違う内容で、汚く貧しい国だった。併合してくれと懇願してきたのは朝鮮。

 今でも韓国人は、李承晩のアメリカで書かれたファンタジー小説の「韓国は日本に占領される前は豊かでとても綺麗に国だった」を信じている。反日の起源は、ここにある。


 李承晩が初代大統領になったのは、占領軍のアメリカの意向。しかし、2選目は、本当の選挙だった。この時、李承晩は、勝手に李承晩ラインを引き竹島を韓国領土とした。これも、今の韓国人が、一番大事にしているアイデンティティ。


 李承晩は、この李承晩ラインで選挙を戦って勝利した。つまり、韓国人は、ここで反日に傾いた。それまで、この大統領選は、韓国国民に無茶を強いていた李承晩を引きずり降ろせが優勢だった。ところが、李承晩ラインを引き、選挙で勝ってしまった。それに、もう、このときは、朝鮮戦争のさなか。南北融和を歌えない。結局、南北を分断したアメリカから自分を守るために、李承晩が提唱する韓国は、太平洋戦争に負けていないを前面に出すために、あの併合は、日帝による侵略、植民地政策だったと言う大嘘を吐くことに乗ってしまった。なぜなら、李氏朝鮮時代は、勝った者が負けた者を自由にしていいという国だった。まだ、その時代を知っている大人たちばかりだったため、韓国は、負けていないとすることに必死になった。その為に反日を前面に押し出す事になる。韓国人は、李氏朝鮮時代のアイデンティティに戻ってしまった。あの時代、女は人扱いされていなかった。キリスト教がそれを抑えたが、当時の歪は大変な不幸を呼んだ。


 李承晩ラインを考えた李承晩は、アメリカ国務省の幹部だったラスクさんに、これを打診。1951年、韓国政府は書簡を送っている。

「韓国は、日本に勝った戦勝国だから、竹島は、自分たちの領土だと認めてほしい」


 これに対してラスクさんは、韓国の要求を拒否している。

「あなたの国は、日本と戦争をしていない。だから戦勝国でない。韓国は連合国ではない。だから領土の要求はできません。それに竹島などない。したがってすべての要求は受け入れられない」


 このように完全否定されたのだが、翌1952年に日本の主権が回復する目前に韓国は、軍を動かして竹島を占拠するという暴挙を侵している。 


 この流れから分かることは、李承晩が、李承晩ラインを引っ提げて、2選目に当選した時が、韓国が反日になったときだ。これは、韓国国民が選んだことなのだ。



 朝鮮戦争は、1950年6月に勃発している。終戦が、1953年7月。二選目の大統領選は、その戦争のさなか。この戦争が長引いた為に、アメリカ兵は、4万人も犠牲になる。戦争は終わっているはずなのに、なぜアメリカ兵が韓国の為に犠牲にならないといけない。

 そんなわけで、アメリカは、日本をこの戦争に参戦させようとする。それで今の自衛隊ができるわけだけれども、李承晩は、日本参戦に焦った。この時李承晩は、韓国人女性を無理やり慰安婦にしてアメリカ兵にあてがっていた。その賃金は、日本の時の1/10、そりゃ嫌がるわけだ。それを無理やり連れて行った。止めようとする両親を韓国兵が殺した事件もある。そんなことをしていたので、日本が来たら、自分の罪が白日の下にされされる。そうなると自分はおしまいだ。そこで始めたのが、竹島周辺で漁をしていた日本人漁船の拿捕。思いっきり日本に嫌がらせをした。それは、1952年から、1965年の日韓国交正常化まで続いた。その間韓国当局は327隻もの日本漁船を拿捕。3911人の漁師を拘束し、うち8人が死亡した。李承晩自信は1960年に失脚してハワイに亡命している。しかし、この件は、日韓請求権協定が樹立されるまで続いたのだ。

 北朝鮮と戦争をしているさなかに、味方に来るはずの日本に、こんなことをしていた。すべては李承晩自信の保身からだった。しかし、これができる力と方針を肯定して大統領にしたのは韓国国民だ。韓国大統領に力を持たせ過ぎだ。今でも、日本の慰安婦を問題にしているのは、このときの韓国が同胞にやったことから目をそらせるためだ。すべてあの時代に繋がる。



 1951年8月時点で、李承晩の敗選は確実だった。そこで李承晩ラインを掲げて選挙した。1952年8月5日に2選したわけだが、この間起きた大規模デモは、全て李承晩を2選させるための官製デモ、自作自演だった。逆に、李承晩政権打倒を目的とした大規模な国民運動等が行われた形跡はない。もし、そのようなことをしたら、共産党員として弾圧された。政敵もスパイ容疑で殺されている。今の韓国政治のやり方と全く変わらない。今の方が、文大統領弾劾デモが出来ているだけまし。結局、韓国政治の悪癖の元は、全て李承晩が作ったと言っていいだろう。そう言う意味で、李承晩は、韓国で最高のファンタジー小説家と言える。


 日韓併合時、韓国は日本が大好きだった。なぜなら、仕事を得れるから。教育をしてくれインフラをしてくれた。それが何処で、反日になった。親日派は、李承晩の官製デモで、黙らされた。何かしようとしたら、共産党員として弾圧された。政敵はスパイ容疑で殺された。政権を握った人間に、面従してしまう国民性が残っていたため李承晩の言いなりになり今日に至る。彼らは、主体的ではないのだ。自分の考えを元に行動できないで委縮したから、こうなった。アメリカの威を借りる李承晩。済州島四・三事件の時、島民は、日本に逃げるしかなくなるぐらい同胞に虐殺された。彼らの自主的な民主化は、まだまだ先の事だろう。


 これらを全部アメリカの性にしたいのが文政権。悪いのは、韓国人の心に李氏朝鮮時代の面従を回帰させた李承晩。しかし、南北分断が、その目を曇らせる。今、文在寅は、どんな形でもいいから、南北を統合したい。しかし、俯瞰してみていると、最悪の形で、そうなりそうだ。それは、日本を裏切った韓国人が通らなければいけない道なのかもしれない。

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