秋葉原ウオッチャーから見たサムスン崩壊

 サムスンが崩壊を始めたのは、日本が制裁を始める1年前。何故、サムスンは崩壊しだしたのか。順を追って話していきたいと思う。サムスン崩壊は、メモリ価格の暴落。日本も、同じ目に遭っている。秋葉原に通っていると、それを肌で感じることが出来るのだ。


先に、日本の話をする。

 西暦2000年ごろからDRAMが、急激に安くなった。DRAMとは、パソコンの一時メモリ。ハードデスクより高速な、記憶メモリだ。


 自分が、パソコンの組み立てを趣味として始めたのは、1995年。神戸震災の後だ。このころ、日本のパソコンと言ったら、NEC。価格帯は30万円代だった。現在の標準パソコンの前進ATMマザーボートによるWindowsは、バージョン3.1。先にDOSという基本ソフトを入れなくてはいけなかった時代だ。すべてのソフトは、1MBのフロッピーデスクを使ってインストールする時代だった。


 この時、日本の技術は、お世辞にも素晴らしいと言えるものではなかった。パソコンを日本語として使おうと思ったら、SIMといわれる、メモリのような固定ソフトをパソコンに組み込んでいないと日本語化できない。


 ところが、マイクロソフトがやってくれた。日本語化をハードではなくWindowsのソフトでやれるようになり、急速に、パソコンの世界標準化が進む。Win3.1のwininiに、中国語でと指定すれば、そのように、日本語と指定すれば、そのようになったのである。当然、フランス語、イタリア語なども当時指定するだけで、Win3.1は、それをやってのけた。


 この時ぐらいからかな、日本メーカーのDRAMが、使いやすいと売れ出した。最後は、日本1強じゃなかったかと思う。


 そんな中で必然だろうか、2000年ごろからマザーボードの規格が、どんどん代わって進歩していく中で、DRAMも新しい規格がどんどん出て来た。当然旧バージョンのDRAM価格が、大暴落を始めた。これを生産していた三菱化学は、DRAM製造で、利益が取れなくなってしまった。


 たぶんこの辺で、頭の悪い経営者が、一時メモリ(DRAM)とは、全く質が違うフラッシュメモリの特許を韓国のサムスンにあげてしまった。サムスンは大きくなり、日本は、部品メーカーとしての道を歩むことになる。フラッシュメモリはパソコンのコア技術なのだ。パソコン規格は、そっちに合わせることになる。


 フラッシュメモリ。これは、一時メモリのDRAMより何十倍も速いメモリだ。このメモリを使ってデーターをやり取りすると、全ての情報伝達スピードが上がる。使う場所は、中央演算システム(CPU)と、ハードデスクなどの2次大容量メモリの橋渡し(バッファー)になる。

 ハードデスクは、ブロックごとにデーターが保存されている。このブロックを1っ個1っ個読んでいると、とても時間が掛かる。情報を送るパソコン内の線が早くても、そんなことをちんたらやっていては、時間が掛かってしょうがない。そこに、バッファーがあると一挙に何十ブロックもまとめて読んで、CPUに送ってくれる。フラッシュメモリがどんなに大事か分かると思う。当時の経営者は、たったこれだけのことが分かっていなかった。こんなの、アメリカ人だったら、中学生でも知っていた。当時すでにUSAの中学では、パソコン組み立ての授業があった。


 当時の日本のパソコン技術は、アメリカより3世代遅れていた。しかし、韓国のサムスンは、パソコンの心臓部に当たる技術を日本から譲渡されたのだ。みんなここに投資した。規格も合わせた。そのおかげで、安いうえに高品質な製品を韓国国内で作り出した。韓国は、いきなり、日本の世代より上の製品を作れるようになってしまった。

 これは、他の技術が低くてもできる話だった。部品を日本より3世代進んでいる台湾から調達して組み立てればいい。著者がやっていた、パソコンの組み立てと同じことを韓国がやりだした。パソコンのコア技術は、殆どアメリカが持っている。その一角を掴んだサムスンは、半導体メーカーとして、地位を固めて行った。新しい製品、スマートホンでは、世界のサムスンとして名をはせた。


 90年代当時、台湾のパソコン技術は、日本より3世代進んでいた。台湾は、アメリカの部品工場。その部品を買って組み立てると、日本のパソコン製品より3世代進んでいるうえ1/3の値段で作れる。著書が、パソコン組み立てに夢中になったわけが分かってもらえると思う。当時、パソコンを組み立てては、ちょっと使って、状態が安定してくると、それを欲しいという知り合いに30万で売って、また組み立てる。知り合いは、日本のパソコンで言うと60万ぐらいするハイスペックなパソコンを手に入れてほくほく顔。自分も20万の部品代で、30万を手に入れてほくほくだったのだ。それも、日本と台湾のパソコン世代間が縮まってきて、この遊びは終わった。


 日本の技術が、やっとアメリカに追いついたときには、もう、日本は、韓国の部品工場になるしかなかった。コア技術を韓国に譲渡してしまったのが敗因だ。それに、今でもそのままなのだが、国の通信における岩板規制。政、官の利権。オールドメディアの既得権益のため、日本在住の企業は、世界に通じる製品を日本で組み立てられない。技術があってもできなかった。皆さん知っているだろうか。日本で製品化すると、その製品は、世界の追従を許さなくなる。日本人が一番品質にうるさい。というか、それを使いこなせるから評価できる。そして良い製品になっていくわけである。


サムスン崩壊

 ここまで長々と書いたが、今のサムスンが置かれている状況は、2000年ごろのDRAMが安くなった時と似ている。そのころ秋葉原で、DRAMが安くなったのは、アメリカの性せいだ。直接的には、台湾がそうした様に感じた。マザーボードやDRAMの規格がどんどん変わるのだ。マザーボートなどの規格が変わるのは、Win中心だったから。これが、価格暴落の理由。日本が抱えた在庫は、暴落する。このとき日本で、いい製品を作っても、意味がなかった。今回のサムスンの件は、あの当時の日本とはちょっと状況が違う。秋葉原のベンダー店に行けば分かる。現在では、パソコンの部品を買って組み立てるより、出来合いのパソコンを買った方が安くなっている。その状況を鑑みると、メモリ安は、台湾発(アメリカ)ではない。だとすると、中国になる。サムスンというか韓国は、中国にはめられたのだ。


 韓国の技術は、お世辞にも、最先端とは言えない。確かに、フラッシュメモリはそうだったかもしれないが、それも賞味期限が来たようだ。韓国は、売れる製品開発をしていただけで、その先の技術開発が出来ていない。韓国と同じ技術を手に入れた中国は、韓国よりコスト安の製品をバンバン作る。お得意の産業スパイで、韓国の技術は、入手を終了させている。同じように日本からもそうだろうが、日本と同じことをやってみると、大惨事が起こる。フッ化水素など、工場は爆発するし、大勢人が死ぬ。それも良質の技術者がそうなる。中国としては、韓国は、崩壊させたいが、そんな理由で、部品供給国の日本とは、仲良くしたい。


中国が半導体を安く大量に流している。これが、現在、サムスンが崩壊している理由だ。


 サムスンの崩壊は、今始まったことではない。日本の規制より1年も前から始まっている。サムスンの営業利益の推移を見ればわかる。ちょうど1年前だ。韓国は、日本の規制で、やっとフッ化水素などの自国開発を始めた。それも、もう遅いかもしれない。韓国は、日本を怒らせた。自国開発を今からやったのでは、間に合わない。日本を怒らせただけで、韓国の生活水準は、現在の2/3に落ちる。勢いがつくとそれ以上か。日本とは、仲良くしておくべきだった。しかし、71年も反日をしているのだ。それこそ、無理な話だろう。70年間積み上げてきた反日は、一長一短では治らない。一度、国全体で、反省すべき時が来たのだ。初代大統領を選んだのは、韓国国民。文在寅を選んだのも韓国国民。民主国なら、人(政府)の性にするな。韓国国民には、ちゃんと歴史を直視してほしいと願う。


 サムスンがこれからどうなるか。アメリカと中国に潰される。経済戦争をしている米中共通の敵が韓国とは皮肉だね。潰す実行国は、日本になるのかな。今のところ優遇を止めるって言っただけだけど。こんな状態になって韓国は、やっと日本に、一国と認められた。やっと対等国扱いだよ。味噌っかす国卒業おめでとう。

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