第七十七話【帝都の地下へと続く道は】

 帝都での戦況は加速し始めていた。

 グレセェンの肉体から放たれた分身体の数々に、精鋭の中央騎士達と言えども苦戦は免れることは出来ず。

 文字通りその身を貪り喰われるか、鞭のように振るわれる細長い腕に兜ごと頭蓋を砕かれて、甚大な被害を出し、街並みの破壊行為をも許してしまっていた。


「こっちだ! ついて来てくれ、タミヤっ。中央騎士共がグレセェン殿の体の一部に気を取られている間に、一気に駆け抜けるぞ!」


 ラグスの道案内の元、僕らは血生臭い戦場と化した帝都を走り抜けていく。

 途中、何度か分身体と鉢合わせることもあったが、彼の天の才器である額の第三の目で割り出した安全ルートは的確だった。

 僕らに意識が向いていない個体の側だけを通り抜け、ついぞ交戦することは一度もなく、レイク湖の小島へと続く大橋の前に辿り着いた。


「ついにここまで来れたけど、地下へ向かうための階段がどこにあるか僕にも分からないんだ。ラグス、お前の天の才器で調べるのは出来そうか?」


「俺の天の才器は『写像』だ。一定範囲内の地図を、瞬時に第三の目でマッピングすることが出来る。そんな階段が本当にあるなら、見つけられんことはないと思うが……試してみるか」


 ラグスの第三の目が数回、瞬いて閉じた。恐らく彼がたった今、明かしてくれた天の才器の特性によって、周辺の地図を作り出しているんだろう。

 そしてやがて答えが分かったかのように、僕の方を真剣な眼差しで見て言った。


「確かに、地下へ続く道らしいものはあったようだぜ。だが、こいつは……。まさかあんな場所にあったとはな。しかも深部までは、どういう訳か俺の天の才器でも見通せないときている。地下階段があるのは……湖の中みたいだぞ、タミヤ」


「湖の中だってっ? じゃあ、水に潜らないといけないってことか」


 ラグスが告げた地下階段の位置は、僕が予想すらしていなかった場所にあった。

 だが、水中であれば中央騎士や分身体達も追ってこれないかもしれないと、前向きに考えることにして、僕は彼に先導を頼んだ。

 どうやらすでに彼はどこまでも行くと腹は決まっているらしく、その頼みも快く引き受けてくれると、小島へと続く大橋を走り始め、僕もそれに続いた。


「ぉおおおぁぁぁ……ぁおおぁぁあ……っ!」


 が、そんな僕らの背後から、さっきから何度も聞いた亡者達の叫びが轟き渡る。

 振り返ると、分身体が数匹こちらに向かって追跡してきているのが見えた。

 それもかなりの移動速度だ。足を止めれば、すぐに追いつかれてしまうだろう。


「くそっ、グレセェンの奴! もう敵と味方の区別もつかないのかよ!」


 僕が苛立たし気に、吐き捨てるように言い放ったのは、焦りがあったからだ。

 何しろ小島まではもう少し、ほんの少しの距離まで来ているのだから。

 ここまで来て、もう誰にも邪魔をされたくはなかった。


「おい、タミヤ。体力は残しておけよ、これから水中遊泳しないといけない上に、地下では何が待ち受けているか分からないんだからな。まだ距離はあるが、今から湖に飛び込むことにする。俺から離れずに、信じてついて来るんだぜっ!」


 そんな焦り気味の僕にラグスは振り返ると、大橋の欄干から身を乗り出して、迷うことなく湖に飛び込んだ。水面が小気味よい音を立てて、波紋が広がっていく。

 小島までまだ距離があるにも関わらず、そうせざるを得なかったのは、疲れ知らずの死したる分身体達が、猛烈な勢いで近くまで追い縋ってきていたからだ。


「行くしかないってことかっ。ああ、分かったよ。一か八かだけど、お前の道案内を頼りにしてるからな、ラグス!」


 僕は最後にもう一度だけ、背後の分身体達の方を振り返ると、僕も急いでラグスの後を追って湖へと飛び込む。

 奴らが本当に湖の中まで追ってはこられないかに、望みを賭けての選択だった。

 水温の低さが傷に染みて痛んだが、そんなことを気にしている余裕はなく、僕は戦々恐々としながら、しきりに水上の様子を確認しながら泳いだ。しかし……。


(……奴らが追って、こない? 振り切れたのか……?)


 いくら警戒しながら待てども、分身体達が湖の中に入ってくることはなかった。

 それを見てついに僕は、逃げ切れたことに胸を撫で下ろすと、意識をラグスの後を追うことに集中させ、水中を泳ぎ進んでいった。

 そしてやがて僕らの眼前に見えてきたのは、狼のような模様を刻んだ、巨大門。

 その門は、高さにしておよそ九メートル、幅は六メートル程もある。


(あれが地下へと続く入口か。けど、あんな巨大な門をどうやって開けるか……)


 門には取っ手はついていたが、試しに僕とラグスの二人がかりで押してみても、ビクともしない程、果てしなく重い。

 鍵はなく、押しても開かないなら、もう残る方法は破壊するしかなかった。

 僕とラグスは顔を見合わせて、お互いの意思の一致を確認すると、距離を取ってから己の武器である村正と曲刀に気を纏わせて、門に向かって突撃した。


(いくぞ、『牙神』っ!!)


(唸れっ、我が愛刀『小狐丸』よっ!!)


 それは僕らの振るった奥義が、門に炸裂した瞬間のことだった。

 門自体には傷一つつくことはなく、むしろ攻撃は失敗に終わったはずが、なぜか軋みを上げながら開き始めたのだ。

 巨大な門が重低音を響かせながら、左右へと、確かに開け放たれていっている。

 向こう側はまだ見えないものの、今度は僕が手で少し力を入れただけでも、さっきは開かなかった門が簡単に押せてしまった。


(これは、まさか……っ。もしかしたら……ここにいるのが僕だと認識して、導いてくれてるのか、女神ユーリティアが?)


(さあな、俺には分からん。だが、せっかく望みが叶って、通り道が出来たんだ。行くんだろ、タミヤ?)


 僕は勿論だと肯定の返事をすると、更に門を押してゆっくりと開門させていく。

 すると、向こう側にはどこまで続いているのかも分からない、広くて長い通路が待ち受けていた。

 いや、正確にはその入り口付近の壁や柱には精巧な彫刻が施され、荘厳な雰囲気を醸し出しており、通路と言うよりは広さから言って多目的ホールのようだった。


(……さいとう……タミ、ヤ君……。はやく、キテ。……ワタシは、ココだよ……)


 その時、僕の脳内に直接響くような誰かの、女性らしい声がした。

 僕は慌てて周囲を見回してみたが、誰の姿も見当たらない。


(……サイトウ、タミ……や、君……たみや……)


 またも声が響き、今度こそ僕は確信する。

 この聞き覚えのある声は、これまでに二度、夢に出てきた彼女のものであると。

 それは相変わらず人の心を安心させる声色だったが、ただ今回のは弱々しく、そしてノイズが混じったような声だった。


(女神、ユーリティア……。やっぱりお前なんだな)


 そのことだけは引っかかりはしたが、僕はこの先にいるのは彼女だと確信し、声に導かれるままに地下へと続く通路を、最奥に向かって遊泳していく。

 その途中にも、声は絶えることなく響き続け、僕らを急かしているようだった。

 だが、その度にこれから向かう場所に、いよいよ僕がこの異世界にやってきた真相が待っているのだと期待を抱かせ、好奇心で胸の高鳴りを抑えきれなかった。

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