第六十八話【陥落する東部領】
今まで僕は二度、魔人タイプの
一度目はグランロウ、そして二度目は帝都でのアガレスと言う名の
そして現在の三度目、こいつはかつての二体よりも明らかに強力な個体だった。
「こいつらは一体、どんな条件で生まれてくるって言うんだっ? こんなのが次から次へと現れたなら……僕だって対処し切れないぞ」
「ふふん、どうした、タミヤ。動揺しているようだが、流転者ともあろう者がこれしきの敵に怖気づきでもしたか?」
グレセェンが僕の方を見ながら小馬鹿にしたように、せせら笑う。
だが、目には強い光を秘め、見ただけで分かる。あの圧倒的な戦意は、かつては大将軍まで務めた、帝国でも指折りの武人だけが放つものだと。
さっき僕が倒した六鬼将のフィガロと比べても、レベルが違っている。
「これしきの敵ってな……。じゃあ、お前ならこいつに勝てるって言うのかよ?」
「現にさっき一度、倒した。その後に肉塊のような形態となり、部下達を取り込むことで復活したがな。それをもう一度、繰り返せばいいことだ。今はこいつに止めを刺せるお前がいるのだからな」
言うや否やグレセェンは刀を横に構えると、床を蹴り、瞬時にして加速して、その姿が掻き消えた。
その動きに辛うじて反応したグゥネス伯が振り下ろした大剣を掻い潜って、この男は跳躍しながら、その首筋に斬撃を叩き付けた。
「きさ……きさまぁ! 私はグゥネスっ、東部領の王だ。下賤な分際でぇえっ!」
グレセェンに一息に頸動脈を断ち切られたグゥネス伯が、吠え猛る。
そして苦悶に顔を歪めながら、大剣を対峙するグレセェンへと振り下ろすが、何とこの男は片手でその剣身を掴んで受け止めてしまったのだ。
「さあ、動きを止めてやったぞ。今の内だ。やれ、タミヤ」
「あ、ああっ……それじゃ、いくぞっ!!」
下段の構えから全身に黒紫色の波動を纏わせて、僕は駆ける。
突進から斬撃に切り替えた僕は、グゥネス伯の第二の顔がついた腹部に横殴りの一撃を叩き込んだ。
重量感抜群の巨体に力負けして村正が弾かれつつも、僕はそのまま斬り抜ける。
「くそっ、タイミングは抜群だったけど、日中時の僕じゃこれしきが限界か。攻撃力不足を補うために、何か方法を考えないとなっ」
僕が振り返ると、そこにはグレセェンによって追い打ちをかけられ、胴体や頭部に幾つもの刀傷を刻まれたグゥネス伯が今も抵抗を続けていた。
一人と一体が激闘を繰り広げている中、僕もまたそこへと飛び込んでいく。
「もう一度、お見舞いしてやるよ! 僕の最高奥義っ、『牙神・冥淵』をなっ!!」
グゥネス伯が僕の叫びに反応し、今度は僕の方へと血走った視線を向けてくる。
二本の太く長い足に支えられた巨体の奴は完全に僕と対峙すると、両の手に握った大剣二本を同時に僕の真上から振り下ろしてきた。
しかし間近にいるグレセェンはそれを止めることなく、お手並み拝見とばかりに笑みを浮かべながら、ただこちらを傍観したままだ。
「ちぃっ……このっ!!」
僕は突進を中断して、大剣の二本同時攻撃を頭上にて村正の剣身で受け止めた。
だが、しかし。途轍もない力が僕へと襲い掛かり、両足で踏ん張る床が大きくひび割れ、陥没し始める有様だった。
「ぐ、ぐぐぐぐっ……何て、馬鹿力だよっ」
ますます強くなる剣圧が村正を通して僕へとかかり、次第に耐え切れなくなる。
そしてついにはフィガロとの戦いで受けた傷口が開いて、聖騎士甲冑の下で出血し始めたのが分かった。
「どうした、タミヤ。流転者の力、とくと見せてみよ。中央に喧嘩を売ると言うことは、あのネルガルとも一戦交えることになるのだぞ。あまり私を失望させるな」
「簡単にっ……言ってくれやがって」
腕を組み、こちらを見据え。あくまで手を貸すことをしないグレセェンだったが、僕もこいつに借りを作るのは御免だったので、むしろ好都合だと言えた。
そんな時、ふと僕に圧し掛かっていた力が軽くなる。いや、完全に消えた。
グゥネス伯が二本の大剣を持ち上げ、僕の村正から離したからだ。
――次の攻撃が来る。僕はそう判断した瞬間、横っ飛びに躱していた。
たった今、僕が立っていた場所に大剣が叩きつけられ、石造りの床の破片が四方に飛び散る。更に安心する間もなく躱した先へと、もう一本の大剣が真一文字に振るわれるが、それも僕が屈んで回避したことで虚しく空を切った。
「っ……血が、止まらない。フィガロ戦でのダメージが響いて……くそっ」
そんな極限状況にあって僕は満身創痍で、ぎりぎりの戦いを強いられていた。
負傷は聖騎士甲冑が癒してくれるが、この激戦の最中ではそれにも限界がある。
幸い目は霞むことなく見えているものの、いつあの大剣を避けきれずに、まともに受けたとしてもおかしくはないのだ。
「……それでも、やるしかないか。僕とあいつとじゃ体格が雲泥の差だけど、このミコトの肉体のお陰で、今までどんな強敵との戦いからも生き残ってこれた。今回だって、頼りにさせてもらうさ」
僕が死中に活を求めようとしていた時、グゥネス伯の巨体が掻き消えた。
巨体を震わせながら、真上へと飛んだのだ。跳躍し、廊下の天井を砕きながら、僕に向けて全体重を乗せた大剣の振り下ろしを仕掛けてくる。
床の破片が激しく舞い上がり、飛び退いて回避していた僕の額を僅かに掠めた。
一撃でも奴の攻撃が直撃すれば、致命傷は免れない。
だが、そんな状況の中にあって、僕は葉巻を取り出すと口に咥えていた。
「貴様……戦闘中に何をしているのだ。血迷いでもしたか?」
「いや、至って冷静さ。クシエルがくれたこの葉巻、落ち着くんだよ。これからこの化け物を仕留める訳だけど、しくじらないよう一種のおまじないみたいなもんだ」
グレセェンからの批判を軽くかわし、僕は葉巻を燻らせながら攻撃対象を見据えて、ゆっくりと確実に牙神・冥淵の構えを取った。
そして僕と向かい合うグゥネス伯もふた振りの大剣を中段に構えながら、城全体に響き渡るような絶叫を轟かせる。
「ギギャ、グルルゥ……私はぁ、東部領の支配者っ、グゥネスなるぞ! ルロオオオオオオオオオオオォォッ!」
「五月蠅いんだよ、馬鹿でかい声出しやがってっ。来るなら、さっさと来い!」
本来なら、僕にとって膝が笑う程の怪物。文字通り、絶望が具象化した存在だ。
だが、だからこそ、勝機を見出すには冷静さが必要になってくる。
僕は動揺を抑えながら、グゥネス伯の巨体のある部分に目を走らせた。
(よし、確かにあるな。あそこを狙いさえすれば……)
勝機を見出した途端、グゥネス伯から大剣が振り下ろされ、床が激しく砕かれる。
そして続け様に、今度は真横にもう一振りの大剣が襲いかかってきた。
それらを潜り抜けつつ、タイミングを見計らって、僕は必殺の最高奥義をこいつの巨体のある一点へと叩き込んだ。
「ルロオオオオオオオオァァァ……ッッ!」
予想した通りに絶叫し、後退りするグゥネス伯。
さっき僕が最高奥義を命中させた腹部の古傷を狙って攻撃したのだが、それは確実に効果を上げていた。腹の硬質の皮膚が砕け、煙が上がっているのだから。
そして僕がこいつに与えた古傷は、今の横っ腹だけではない。
今度はそこへと第二撃を加えるべく、僕はよろめくこいつに向かって跳躍した。
「止めだっ! 二度と立ち上がるんじゃないぞ、この化け物っ!」
悶えて腰を屈めているグゥネス伯に、僕は頭上から渾身の一撃を叩き落とす。
今度もタイミングは抜群だった。必殺の気迫を込めて叩きつけた一撃であったが、しかしそれは鈍い音と共に押し返されてしまい、僕は驚きに目を見開いた。
「ま、まさか……失敗したのかよっ!?」
「愚かしい! 私は、私は……グゥネス! 王、王なのだぞっ!」
そのまま奥義を押し返された反動で吹っ飛ばされた僕は、壁に叩き付けられる。
血反吐を吐き、僕は戦々恐々として、グゥネス伯に視線を向けたのだが……。
だが、意外にもそこにあったのは床に蹲って、ただオウム返しのように自身の名を叫んでいるだけの奴の姿だった。
「……っ。そうか、それもそうだよな。僕の最高奥義を同じ箇所に二度も受けて、平然としてられる訳がないか。それじゃあ、そろそろ決着をつけるぞ、グゥネス伯」
すでにグゥネス伯には絶望が具現化したかのような、あの威圧感はない。
むしろ最後の力を振り絞って自身の名を誇示する姿は、哀れでさえあった。
僕は立ち上がると、この戦いを終わらせるべく、村正の切っ先を床に蹲っている奴の頭部に向けて突き付ける。
「ふふん、及第点だな。戦力として、合格と言うことにしてやろう」
腕を組んで僕らの戦いの行方を傍観していたグレセェンが見守る中、僕は村正に黒紫色の波動を纏わせた上で、大上段から一気に振り下ろす。
頭蓋骨が砕ける音がして、その一撃は完全に頭に食い込むように叩き込まれた。
もはや叫び声を上げることもなく、
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