第六十七話【黒き者への転生】

 とうとう僕は、六鬼将の一角を崩した。

 だが、まだ危機的な状況は去った訳ではなく、最悪なことにそのフィガロは僕らに置き土産を残していっているのだ。

 そう、あのユンナに顔色を変えさせた恐るべき破壊力を秘めた、魔導兵器を。


「……もう時間がないっ。けど、この空間にお前が来てくれたお陰で、打開先は見つかってくれたよな。さあ、頼む」


 僕は子竜に対して、そう言い放った。

 さっき子竜が戦闘中に僕に伝えようとしていたことがあり、僕はそれを察した。

 それはこの状況において最後の希望であり、そのために子竜はこの空間へやってきたのだろう。言われるがままに子竜は腹を膨らませて、拳大の何かを吐き出した。

 大きく膨張し、覆われていた氷状の物質もほとんど溶けていたそれは、爆発寸前のあの「呪核弾」だった。


「幸いこの空間はフィガロが死んでも、残ったままだ。この爆弾の爆発は、きっとこの別空間が引き受けてくれるはず。よし、それじゃ脱出するぞ」


 僕はフィガロに引きずり込まれた、元の空間が顔を覗かせている切れ目に向かって走り、子竜と一緒に飛び込んでいく。

 そして通り抜ける寸前、「呪核弾」が弾けて光り、爆発するのが見えた。

 間一髪で僕らは、脱出に成功したのだ。

 しかしそのことで安堵したのと同時に、今まで堪えていた痛みと疲労が僕の体に一気に襲い掛かった。


「あ、うああああっ! がっ、ああああっ!!」


 激痛で床の上でのた打ち回る僕は、意識を喪失するのだけは辛うじて耐える。

 治癒の霊水ヒールポーションの手持ちがない今、自然回復を待つしかないと判断した僕は、聖騎士の甲冑が負傷を癒してくれるのを辛抱強く待つことにした。

 なぜなら、まだ戦いは終わりではないのだから。

 さっきグゥネス伯が見せた異様な肉体の変化と、今も城全体が不定期で揺れている状況が僕にそう確信させていた。


「タミヤ……どうやら、お互いに生き残れたらしいな」


 そこへよろよろとした足取りで僕に近づいてきたのは、さっきフィガロに敗れて床の上で気絶していた東方騎馬民族のラグスだった。

 額からは第三の目は消え、僕と同様に受けたダメージが響いているのか、体を引き摺り辛そうにしている。


「ああ、お前も生き残れたみたいだな。僕の方はフィガロを倒し、爆弾も処理した。だから後はグゥネス伯をどうにかすれば、この城下街は落としたも同然だ」


「……大したもんだな、タミヤ。だが、グゥネス伯の相手は、あのグレセェン殿だ。あの人に心配は無用だろうが、さっきから城の揺れが収まる気配がない。戦況がどうなってるか知らんが、臣下として駆けつける必要がありそうだ」


 僕もラグスもコンディションは万全とは言えないが、その意は同じだった。

 僕は体を無理やり立ち上がらせ、彼は床に落としていた曲刀を手に取って、今やらなくてはいけない目的に向かって動き始める。


「それじゃ行くか、タミヤ」


「ああっ」


 フィガロと戦っていた大広間を後にして、僕らは最上階の城主の間を目指す。

 その最中も大小様々だったが、城の揺れが収まる様子はない。

 それは戦いが現在進行形で続いていることを、僕らに否が応でも理解させる。

 しかしそんな時のこと。小竜が僕らを導くように、羽ばたきながら僕らの先を飛んでいっていたのだが、ふと子竜はその動きを止めたのだ。その瞬間……っ。


「っ!? おい、避けろっ!!」


 なぜと言う疑問ではなく、僕とラグスは即座に危機感を感じ取っていた。

 事実、突如として天井が崩れて巨大な足が、廊下の床を踏み砕いていたのだ。

 咄嗟に床を蹴って後方に飛び退いていたため、直撃は免れたものの、僕らは現れたその足の持ち主を目の当たりにすることになる。

 そいつは両手にそれぞれ剣を手にし、鎧を思わせる硬質の皮膚を持った、頭部以外の腹部にも第二の顔がある身長五メートルはあろう戦士風の怪物だった。


「……何だって言うんだよ! 魔種ヴォルフベットなのか、こいつは!?」


 僕が最初に抱いた疑問だったが、図らずもこの化け物が発した叫び声がこいつの正体が誰なのかを物語っていた。

 ただオウムのように、同じことを繰り返し口から絞り出しているのだ。

 そう、自身の名と力を誇示するかのように。


「私はあ……私は東部領を支配する王っ……グゥネスなのだ! 神に選ばれし、王! 下賤なる者共めが……王にひれ伏すがいいぃ!」


「じゃあっ……まさかこいつが、グゥネス伯の成れの果てだって言うのかよ!?」


 戦闘体勢に入るため村正を下段に構えた僕だったが、それより一瞬早く天井からもう一人の人物が降り立ち、手にした刀を一閃していた。

 逆袈裟に放たれたその斬撃は、力任せにグゥネス伯の剣を弾き返すと、更に前面に踏み込み、体勢が崩れた隙をついて胸に刀を突き通した。


「グ、グレセェン殿っ!」


「ラグスか、そっちの首尾はどうなっている?」


 現れたその男は、グレセェンだった。

 今の一振りを見ただけでもその技量は凄まじく、身体能力も並外れている。

 この男が超一流の使い手なのは、疑いようはない。

 だが、その男の斬撃を受けてさえ、この化け物となったグゥネス伯は動きを止めることなく、僕らに対して再び攻撃に入ろうとしていた。


「はっ、六鬼将のフィガロはタミヤが倒しました。奴が持っていた『呪核弾』もすでに処理しており、後はグゥネス伯を倒しさえすれば……俺達の勝ちです」


「ご苦労だった。だが、こちらは厄介な状況だ。グゥネスはどう言う訳か、転生してしまったらしいのでな。魔種ヴォルフベット……それも不死身体質の魔人タイプに」


 人間が魔種ヴォルフベットに転生。まさかのグレセェンの言葉に、僕は耳を疑った。

 一時期帝国に身を置いていた僕も、そんな技術は聞いたこともなかったからだ。

 だが、だとすれば超一流の使い手であるこの男に、グゥネス伯の成れの果てを倒せない理由も腑に落ちた。

 なぜならこいつを殺し切れるのは、流転者であるこの僕だけなのだから。


「タミヤ。間者に探らせた情報によると、お前は魔人タイプの魔種ヴォルフベットに対抗出来る特殊な力を持っているそうだな。なら、私に力を貸せ。こいつに止めを刺す」


 自分に対し命令するグレセェンを見る僕の目が、険しくなる。

 ウルリナにあんな恥をかかせた男に協力するのは、本来なら死んでも嫌だった。

 しかしグゥネス伯を倒さなければ、今もこの城にいるはずのウルリナ達の命まで脅かされるとなれば話は違ってくる。


「……ああ、分かった。仕方ないけど、ここはお前と手を組んでやるよ」


「異なことを言うものだ。私達は、すでに協力関係にあったのではなかったか?」


 グレセェンに自分が仲間だと思われていることに、僕は胸が悪くなった。

 だが、打倒帝国のため、ひいてはウルリナ達のため、この男は利用価値がある。

 そう打算的に考えた僕は、村正を下段に構えて行動で自分の意思を示した。


「じゃあ、いくぞ、グレセェン!」


「うむ、私の後に続け。グゥネスの止めは、お前に任せる」


 僕らが仕掛けようとする前、痺れを切らしたかのようにグゥネス伯は轟音と共に、最大速度で剣を振り下ろし、こちらに襲いかかってきた。

 が、それに対抗すべく、グレセェンが居合の構えから高速で刀を斬り放つ。

 その抜刀術が易々とグゥネス伯の剣を打ち払ったのを見た後、僕もまた続けて勢いよく疾駆していく。


「喰らえっ、グゥネス伯! 僕の最高奥義をっ!!」


 駆けていく僕へと迫る、グゥネス伯が横薙ぎに振るう巨大な剣。

 僕は体を沈めてそれを避けてから、跳んだのはそのすぐ直後だった。

 ぎりぎりの交錯の中、僕が相手に繰り出した挨拶代わりの洗礼は、黒紫色の波動を伴って大上段からその頭部に叩き込まれる。


「グルゥオオオオオッ! 私は、東部領の王っ……なるぞ!」


 僕の最高奥義は確かに直撃したが、むしろ僕の方が押し返された程だった。

 巨体故の途轍もない重量感に僕はこの敵の並々ならない強さを察すると、改めて死闘となりそうな予感を感じ取っていたのだ。

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