第六十四話【肉を切らせて見出した反撃の糸口】

 グスタブルグ城下街を見通せる街道沿いから、僕は集結した兵を見やった。

 ここに集ったのは、グレセェンが従える東方騎馬民族と、彼が大将軍の地位を追われた際に一緒に中央を離れた騎士達。

 そして僕とウルリナとユンナとガナンらの辺境騎士達との混成部隊だ。

 今ここに総大将であるグレセェンの指揮下に入っているその総戦力は、一万四千に達している。


「この戦い自体は、普通に考えれば圧勝になるだろうな。精鋭を揃える僕らに対して、グゥネス伯側にはもうまともに戦える人間の戦力は残ってない。唯一の懸念は、六鬼将のフィガロがどう動いてくるかってことか」


 僕は自ら軍勢の先頭に立って今まさに進軍を始めようとしている、グレセェンを見やりながら、呟いた。

 だが、不気味にもグスタブルグ城下街は沈黙を保っており、何らかの対抗策を打ち出そうとしている様子は見られなかった。


「考えるな、タミヤ。フィガロのことはグレセェン殿に伝えてある。私達は今、彼の指揮下にあるんだ。私達にとっても負けられない戦いだが、今回は彼の駒として、命令通りに戦えばそれでいい」


 僕の隣で戦列に並ぶウルリナが、僕の心を見透かしたように釘を刺す。

 そしてそれはユンナとガナンに対しても、念を押した言葉だったのだろう。

 同様に僕らの近くで作戦開始の合図を待っていた二人も、彼女の言葉に頷いた。


「良し、全軍出撃だ! 敵を粉砕し、再起不能な打撃を与え、城下を制圧せよ!」


 その時、ついにグレセェンから全軍に攻撃命令が下った。

 僕もウルリナもユンナもガナンも、すぐに頭を切り替えて武器を取ってグスタブルグ城下街へと進軍していく。


「お嬢っ、あまり私から離れないで欲しい! 戦場では何が起こるか予測はつかないが、私の目の届く範囲でなら敵からの攻撃をこの身を盾として守り切れる!」


「肝に銘じておこう! だが、私とて守られてばかりでいるつもりはない。お前こそ無理はするなよ、ガナンっ!」


 グレセェンと側近の騎士達は余程の自信があるのか、自ら先陣を切って城下街に雪崩れ込んでいき、その後を僕らも続いていく。

 だが、驚くべきことに、城下街では人々は普段通りの生活を送っていたのだ。

 その場違いな人々の姿を見て、面食らった僕だったが、すぐに異変を感じ取る。

 一般の人々の中に混じっていたグゥネス伯が抱える騎士達の姿が、異形のものへと変わっていったのだ。


「っ!? う、嘘だろ……っ! こいつら、すでに人間じゃなかったのか!?」


 その姿は邪鬼だった。天狼の秘薬を口にしたことで、化け物となった元人間。 

 タイミングを合わせたかのように、一斉に異形化した彼らは僕らに牙を剥いた。

 だが、グレセェンはそんな邪鬼達には目もくれず街中を走り抜け、陣容の後方にいた東方騎馬民族らが矢を射ち放って、交戦状態に突入する。


「グレセェン大将軍に続け! グゥネス伯の首を討ち取るのだ!」


 戦場となった城下街のあちこちから怒声が飛び、僕らの側は凸字陣を敷いて、中央突破の構えを見せた。

 敵前に躍り出たガナンが雷神の槌を振り下ろし、雷撃を放って邪鬼を怯ませる。

 その後に僕とウルリナはそれぞれ村正と黒剣を一閃し、邪鬼達を一体一体、確実に斬り払って城を目指して駆けていった。


「ぎ、ぎがぁぁっ!?」


 そして突然、邪鬼達の喉元が斬り裂かれ、血を噴出して地面に崩れ落ちていく。

 恐らく姿を消したユンナが、急所を狙って息の根を止めて回っているのだろう。

 邪鬼達は数が多いとはいえ、その行動は統率はされておらず、中には敵味方の区別がなく、暴走している個体すらいた。

 この調子でいけば勝利は目前なのは明らかだったが、あまりに事が上手く行き過ぎていることに、僕が一縷の不安を覚えていた時……。


 ――そいつは現れた。


 突如、放たれた無数の衝撃波が、僕の後方にいた東方騎馬民族らの脳天を次々と貫いていったのだ。すぐさま僕は、攻撃がやって来た方向に目をやる。

 城下街の中央突破を図る僕らの前に立ち塞がるように現れたのは、あの男。

 またしても帝国六鬼将の一角、飛び越えのフィガロだった。


「あ、あいつ……またっ!」


 しかもフィガロが現れたのは、僕らの陣容の中心部分。

 そのことにより、すでに城の間近まで突き進んでいたグレセェンとその側近騎士達、そしてその後に続いていた僕らとで軍勢が分断された形となってしまう。

 だが、それにも関わらず、あの男を見た途端に僕の戦意は昂ぶり始めていた。


「誰も手出し無用だ! あいつとは、僕が相手する! 皆は先に向かってくれ!」


 僕はその一声で味方からの援護を制止すると、単身であの男の前へと向かう。

 そして村正を片手に下段の構えを取ると、相変わらず無感情の彼と対峙した。


「また会えたな、フィガロ。この街のあの騎士達の有様は、お前らの仕業か?」


 僕からの質問にフィガロは頭を掻きながら、答え難そうな素振りを見せた。

 この男も城下街で暴れ回る邪鬼達の姿を見て、嫌悪の表情を見せていることから察するに、罪悪感を感じているのは間違いないだろう。


「……この街の惨状は、クシエルが残していった負の遺産だ。『天狼の秘薬』は元々、あの男の考案で開発されたものだからな。内乱が燻るこの地で、街自体を実験場として使っていたのが、あの男だった」


 答えるや否や、フィガロは刺すような殺気を剥き出しにし、僕へと拳を向けた。

 その顔からはすでに雑念は消え、プロの暗殺者そのものの顔に変わっている。

 スイッチを切り替えたこの男からは、もう鬼気迫るオーラしか感じ取れず、僕の中で緊迫感が否応なく増していく。


「……いくぞ、手加減は出来ん。お前一人に、時間をかけてはいられんからな」


「ああ、本気で来いよ、フィガロ。次こそ、お前の不可視の攻撃を破ってみせる」


 僅かにフィガロが動いたと、思った瞬間っ。

 気が付いた時には、突き放たれた彼の拳から衝撃波が飛び、僕の頬を掠めていく。

 いや、当たらなかったのは、僕が身を捻って回避した結果だ。

 即座に僕も反撃に転じて、村正の切っ先を彼に向けながら、駆け抜けるっ!


「……無駄だっ」


 案の定、またもや空間に溶け込むように消えていく、フィガロ。

 だが、僕も何度もやられておいて、今回は無策で挑んでいる訳じゃない。

 村正を腰の鞘に戻すと、その柄を握って居合の構えを取った。


「来い、フィガロ。次に姿を現した時が、お前の殺しの技が敗れる時だ」


 感覚を研ぎ澄まし、どこからの攻撃にも対応出来るように僕は備える。

 そして……刀身ではなく、全身から黒紫色の波動をバチバチと煌めかせた。

 そうやって攻撃の瞬間を待っていた緊張の時、ついにあの男の拳が前方から出現したかと思うと、衝撃波が放たれるっ……!


「今だっ……見せてやるよ、フィガロ! 僕の覚悟をっ!!」


 その刹那、僕は村正を抜き放つと共に、その姿は残像を残して掻き消えていた。

 しかし動きの軌道は、至ってシンプル。ただただ一直線に、突き進んだのだ。

 それも突き放たれた衝撃波を避けることなく、標的までの最短距離を!


「な、にっ……!? お、おおおああっ……」


 何もない空間から、フィガロの動揺した声が漏れる。それもそうだろう。

 防御を捨てて、攻撃のみに専念した僕の斬撃は、彼が別空間に逃げ込む暇を与えないスピードで、その拳を斬り落としてしまったのだから。

 堪らずにその全身を完全に空間から現し、拳を失った彼は、右腕の切断面を押さえながら苦悶の表情を浮かべていた。


「……肉を切らせて骨を断つ、とはな。こんな方法で、俺の技を破るとは。ぐっ、おおあぁ……っ」


「はあっ、はあっ……我ながら無茶な方法だったと思うけど、こんなリスクでも犯さないと、お前を倒せる気はしなかったんでね」


 衝撃波をまともに受けた僕もダメージは甚大だが、フィガロの方はそれ以上。

 戦果としては、上々だと言えるだろう。

 狼狽する彼に対し、僕は村正の切っ先を向けながら続け様に言い放った。


「降参しろ、フィガロ。その傷じゃ、このまま続けてもお前に勝ち目はないぞ」


「……ふふ、生憎と任務をそう簡単に放棄は出来ん。俺には……まだ、やるべきことがある……っ」


 そう言い残すと、フィガロは身を翻して、またもその姿を消してしまう。

 僕は攻撃に備えて、その瞬間を待ち続けたが、一向に現れる気配はなく……。

 まさか……と思い、僕は戦闘態勢を解いた。


「もしかして、あいつ……っ! 逃げたのかっ?」


 十数分の間、攻撃が来ないことで、ようやくそれを悟った僕は、辺りを見回す。

 戦場となった城下街の戦いの激しさは増しており、邪鬼や東方騎馬民族、そして巻き添えを食った一般人達の死体が転がる惨状が広がっていた。

 ウルリナもガナンもユンナも、もうこの場に姿はない。先へ行ったんだろう。

 もしこの劣勢を覆すべくあの男が動いたのだとしたら、その向かった先は……。


「そうか、城かっ? 指揮官のグレセェンを暗殺してしまえば、あいつの復権を求める東方騎馬民族達は目的を失うことになる! もしフィガロの奴が、そう考えて動いていたなら……っ!」


 最悪の想像に辿り着いた僕は、焦りからグスタブルグ城の方向を振り向く。

 グレセェンの生死には関心がないが、城にはウルリナ達も向かっているのだ。

 悪い予感がして、僕は負傷を押してありったけの力で城へと走り出していた。

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