第六十一話【それは偶然の出会い】

「良かった……目を覚ましたんだな、タミヤ。心配させないでくれ」


 いつの間にか気を失っていたらしい僕が、ゆっくりと瞼を開けた時。

 最初に目に入ったのは、僕の顔を心配そうに覗き込むウルリナの姿だった。

 しかし起き上がろうとすると、脇腹を始めとして体の随所が痛み、顔を顰めた。


「ぐっ……僕はどのくらい眠ってたんだ、ウルリナ? それに他の皆はどこに……」


「無理をするな。お前は丸三日間、意識がなかったんだぞ。ガナンや部下達とはフィガロとの戦いの後に、燃え盛る炎の壁で分断されて逸れてしまったが……心配ない。あのガナンとユンナがいれば、みすみす皆を全滅させたりはしないさ」


 僕はその説明を聞いて、自分達が良くない状況に陥っているのだと知る。

 ……が、ウルリナと二人だけの状況で僕が取り乱す訳にはいかないと、今すべきことの優先順位を頭の中でまとめ始めた。

 この場から生き残るため、僕がまずどうしても知っておきたいと思ったこと。

 それは一先ずは現在いる居場所と、自分達の怪我の具合だった。


「ここはどこか分かるか、ウルリナ? 見た所、洞穴の中のようだけど。それとお前の方こそ、体は大丈夫なのか?」


「ああ、ここはお前を抱えて逃げる途中で見つけた、身を隠すのに手頃な洞窟内だ。三日前から私達は、ずっとここに身を潜めている。お前も、そして私も、まずは安静にして、体力と傷を癒す必要があったからな」


 ウルリナはそう言って、イブニンググローブを外して腕を見せてくれた。

 そこには火傷跡が残っており、他の場所にも火傷を負っているのが分かった。


「酷い火傷だ、ウルリナ。痕が残らないといいんだけどな。それにしても……ぐぅっ……痛いっ。東方騎馬民族の連中もフィガロの奴も、よくもやってくれやがってさ。けど、今度こそは……負けてやるもんかよっ」


「ああ、それは理解出来るが、今だけは安静だ、タミヤ。傷が癒えるまではな」


 僕は体を動かすと激痛が走ってしまうため、確かに当分は動くのは賢明とは思えず、すぐにまた横になる羽目になってしまった。

 そんな僕を見かねたのか、ウルリナは治癒の霊水ヒールポーションを差し出してくれると、僕はそれを受け取り、礼を言ってから一気に飲み干す。

 そうすると、やがて効果が現れたのか、少しは痛みが和らぎ始めた。

 痛みが失せ、落ち着きを取り戻した僕は、改めて自分の体と周囲を確認してみたが、僕は甲冑を着ていなかった。しかも村正とセイブザクイーンも見当たらない。


「なあ、僕の装備はどこにあるんだ、ウルリナ。ここにはないようだけど」


「ああ、それなら心配ないぞ。あいつらなら……」


 僕がウルリナに疑問を投げかけた、その時。

 光が差している洞窟の入口付近から、誰かの足音と翼を羽ばたかせる音が、こちらへと向かってくるのが分かった。

 そしてここへと駆け寄ってくるその二匹は、何とあの犬と子竜だったのだ。

 二匹は嬉しそうに鳴き声を上げながら僕の胸に飛び込んでくると、甘えるように僕の体にすり寄らせてくる。


「お前らっ……良かった、お前らも無事だったんだな。安心したぞ、こんな敵地でお前らまでいなくなってたら、本当に絶望的だった。これで、また僕は戦える」


「ああ、まだ私達は運命に見放された訳ではない。今が踏ん張り所だろう」


 二匹の無事に安堵する僕だったが、時刻はすでに昼を過ぎているのだろう。

 生理現象である空腹を誤魔化すことは出来ずに、腹の虫が鳴ってしまう。

 それを聞いたウルリナは軽く笑いながら、所持していた簡易食を渡してくれた。

 僕らはささやかな食事を済ませて、ようやく顔に赤みが差し始める。

 それからしばらくは無言のまま身を寄せ合って、ただ無為な時間だけが過ぎていったのだが……そんな中、彼女は何かを思いついたように、立ち上がった。


「少し外の様子を確認してこよう。ガナン達が気付いてくれることを期待して、洞窟の入り口付近の壁に目印として私の名を刻んであるが、実際に誰か人が来ていないかこの目で見ておきたい」


「分かった。じゃあ、僕も一緒に行くよ、ウルリナ。ここにいたって、特にすることもないからな」


 さっきから休息を取ったためか、治癒の霊水ヒールポーションが予想以上に効果を発揮してくれたためか、今の僕はどうにか歩き回れる程度には痛みが引いていた。

 僕の申し出をウルリナは快く承諾してくれると、僕らはいよいよ動き始める。

 敵に見つからないよう用心深く洞窟外への道を進んでいった僕らは、近くに気配がないことを確認した後に、外に飛び出していったのだ。


「……やっぱり誰もいないみたいだな。敵がいないのは有り難いけど、ガナン達が通った様子もまったくなしか」


 念のため護身用に持ってきた村正の鞘を片手に持ちながら、人が近寄った痕跡がない外の様子に、僕は安堵すると同時に肩を落とす。

 やはり僕らは助けを待つより、まず傷を癒やしてから、こちらからガナン達を探しに向かった方が良いのだと、再び洞窟内に引き返そうとしたのだが……。

 そんな時、草むらがかきわけられる音がして、そこから一人の男が現れた。


「おや、先客がいたか? しかもどうやら負傷しているようだが」


 虚を突かれた僕は驚きを隠すことも忘れて、その男から目が離せなかった。

 僕に気配すら感じさせずに現れたのは、高貴な佇まいをしている男。

 が、その顔立ちはどこか高慢そうな印象を受け、また肉体は相当に鍛え上げられているのが嫌でも伝わってくる。

 その身には一目で腕の良い鍛冶屋の作だと思われる朱色の甲冑と、腰には僕の村正と同様に刀と思わしき武器を下げていた。


「……おい、私が聞いているのだぞ。早く答えたらどうだ?」


「ああ、すまなかった。私はウルリナ・アドラマリク。そしてこちらはタミヤ・サイトウだ。訳あって戦いに巻き込まれ傷を負ってしまい、ここで休んでいた所だ」


 ウルリナからの名乗りを聞いても、男は値踏みするように僕ら二人を睨め回すと、鼻でせせら笑った。

 そして男は肩から下げたバッグから、水色の液体がなみなみと入った小瓶を掴んで取り出すと、それを僕らに見せびらかすように差し出す。


「こいつは魔導技術の粋、如何なる外傷をも立ち所に治癒する究極の神水エリクサーでな。これをお前達に恵んでやっても構わんぞ。ただし、条件があるがな」


「有り難い話だけど、言い方が少し引っかかるな。その条件って言うのは?」


 僕からの問いかけに男は、再び笑う。

 その笑い方に不快なものを感じて、僕はこの男とは仲良くなれないと思った。

 それを知ってか知らずか男は僕らに冷たい目を向けると、質問に答えてくれた。


「私の妾になれ。そうなれば、私達は赤の他人ではなくなる。この高価な究極の神水エリクサーをくれてやるのも、吝かではない。これでその火傷の傷跡を癒すがよかろう」


「ふざけてんのか、おっさん。そんな条件を、僕らが吞める訳……」


 僕が抗議の言葉を言い終えようとした、まさにその時。

 そう、それは一瞬のこと。僕が瞬きをした、ほんの刹那の間のことだった。

 だが、それだけの間にこの男は僕の首を掴み、力任せに持ち上げていたのだ。

 僕は抵抗するも抗えず、呼吸が難しくなり、やがて声にならない声を漏らす。


「火傷の痕は残るぞ? これは私からの慈悲だと思った方がいい」


「ふざ……けっ……」


 僕が苦し気に声を発するのを見て、ウルリナは迅速に毅然とした行動を取った。

 腰に差した黒剣を抜剣すると、男の喉笛に黒塗りの刃を突き付けたのだ。

 彼を見る視線は怒りに満ち、全身からは突き刺すような殺気を迸らせている。


「この外道が。タミヤの言う通りだ、そんな要求は呑めん。さっさとタミヤを放して、この場から立ち去れ」


 自分に殺意と非難の目を向けるウルリナを見ても、男は薄く笑う。

 そして僕を掴んでいる手とは反対の手で持っている究極の神水エリクサーを一息に口に含むと、僕に口づけをして口移しでその液体を流し込んだ。


「ん……っ! んんんぅっ……!」


 一滴も残さず究極の神水エリクサーを僕の口内に流し込んだ男は、ようやく顔を僕から放すと、僕を地面の上へと放り捨てた。

 首絞めから解き放たれた僕は、地面に四肢をつけながら何度も咳込んでしまう。


「この私が一度、恵んでやるといったのだ。私の善意をそう無下にしないことだな。もう一本、そっちの赤目の女の分もあるが、どうする?」


「そんなもの、私には不要と言ったはずだっ! 早く立ち去れ、外道がっ」


 きっぱりと拒絶の言葉を言い放ったウルリナを、男は小馬鹿にするように笑う。

 そこへ無数の足音が聞こえ始めると、この場に屈強そうな騎士達が遅れてやってくる。そして僕とウルリナを見て剣に手をかけた彼らを、男は手で制止した。


「構わん。ただの負傷した無力な女達だ。邪魔したな、女共。私はもうこれで行くが、用があるならいつでも訪ねてくるがいい。そうそう、名乗りが遅れたな、私はグレセェン・ダローラだ。今の帝国の連中から言わせれば、私は反乱分子らしいがな。ふふふふっ」


「なっ…、グレセェンだって……!?」


 グレセェンを名乗った男は、またも僕らに高慢そうな笑みを見せると、現れた騎士達と共にこの場から立ち去っていった。

 その後姿を見送っていた僕らは、図らずも目的の人物と顔を合わせていたこと。

 そしてその出会いが最悪な印象から始まったことに、ただの偶然とは言い切れない運命の悪戯を感じていた。

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