第三十三話【不吉の予兆と希望の光】

「よし、抜けたぞっ!」


 ようやく地下洞窟の逃避行から脱したウルリナが、喜びの声を上げる。

 ウルリナ達は無事に蜘蛛達から逃げ切り、ついに中央領の土を踏んだのだ。

 ユンナも安心したのか、生体戦車の内部で満面の笑みを浮かべており、二人はそのまま地中を疾駆させていった。


「帝都に行くのは久しぶりだな。私が士官学校で学んでいた時以来だ」


「私は神官をしてた頃に、神殿に身を置いていた時以来ですねー。当時、お世話になってた神官長はもういらっしゃいませんけど、これから私達が行おうとしていることを思えば、その方が気が楽かもしれません」


 ユンナの言葉に、ウルリナは少し押し黙る。

 今、彼女は反逆者として帝都に行くのだと、改めて再認識していたのだ。

 だが、自分が生まれ育った辺境領を焼き払い、罪もない人々を殺して回った現帝国の上層部には、せめて一矢報いてやらねば気が収まらない、と彼女は思う。

 勿論、自己満足なのはウルリナも分かっていた。

 しかし、それでも彼女は自分の気持ちを止められなかったのだ。


「……本当に反逆者だな、私達は。帝国に暮らす人々ではなく、自分達のことしか考えていない。だが……今更、引けるものか。奴らは民達と父の仇、私から多くのものを奪っていった。だから、せめてタミヤだけは、私達の手に取り戻させてもらうぞ」


 これから自分達が帝都で成すべきこと。

 まだ見ぬ目的の鍛冶屋のことに思いを馳せながら、ウルリナは突き進んだ。

 出会った当初は、タミヤを得体の知れない女と思っていた彼女だったが、生死を賭けた戦場で共に轡を並べ続けたことで、その蟠りも今ではなくなっていた。


「タミヤ、待っていろ。今度は私がお前を救ってみせる」


 タミヤのあの強さに何度も助けられて、今ではウルリナにとって彼女は勇気を与えてくれる、なくてはならない存在になりつつあったのだ。

 だから、今度は自分が助ける番だと、彼女は強く心に刻み込み、先を急いだ。

 だが、空には暗雲が立ち込めており、今にも激しく降ってきそうな雲行きは、まるで彼女達の今後の運命を暗示しているかのようだった。



 ◆◆



 ここは帝国のすべての中心、帝都ギルダン。

 その中央部にある、レイク湖上の小島に建てられた宮殿のとある寝室のベッドの上で、長いブロンドの髪の女性が物思いに耽っていた。

 そして彼女のすぐ側では髪も瞳も燃える様に赤く染まっている、六鬼将の一角である少女の姿をしたメフレが木製のおままごとセットで、遊んでいる。


「悪い予兆を感じますね。何か良くないことが、帝国に差し迫っている……そんな気がしてなりません」


 女性は誰に言うともなく呟いたが、それが聞こえていたのかメフレが聞き返す。

 だが、彼女の目は相変わらず狂気を宿していたものの、至って真剣だった。

 女性のその言葉をただの気のせいで済ませることは出来ない、説得力のあるものとして受け取っているかのようであった。


「陛下あぁぁ、また予言ですかぁ? お父様も南部領に行っちゃいましたしぃ、何か問題でも起きたら、洒落になりませんんよぉっ」


「いえ、大丈夫ですよ。私には希望もまた見えているのですから。今はまだ小さいですが、いずれはユーリティア大陸全体を照らす可能性を持った希望の光です。ですから、メフレ。貴方にお願いがあります。その希望を探し出して、ここに連れてきてください」


 放たれた女性の言葉に、メフレはいよいよ目を丸くした。

 残る護衛である自分までここを離れては、彼女を守る信用に足る強さを持った者が誰もいなくなる。

 が、しかし……彼女と主従関係にある以上、その命令には従わねばらならない。


「いいですけどぉぉ! 目星はついているんですかぁ、陛下ぁ? 雲を掴むような話だったら、あたしちゃんだってお手上げですよぉっ!」


「心配はいりません、私には感じるのです。その希望の光が今、この帝都に向かってきているのが。そして朧げながら、私にはその者達の容貌の輪郭も見えています。ですから、貴方の天の才器を使いさえすれば、探し出せるはずです」


 女性は手近にあった紙とペンを取ると、すらすらと紙面に絵を描き始めた。

 しばらくして出来上がった似顔絵をメフレに渡すと、それを見た彼女は元々、狂気に満ちていた笑顔をより歪めさせた。


「へえええぇ……この二人がそうなんですか、陛下ぁ! ずいぶん可愛らしいお嬢ちゃん達ですねええっ! まあ、新しい流転者って言うのも女の子らしいですから、別に驚きはありませんけどぉっ!」


 メフレは狂笑を浮かべたまま、とことこと歩きながら寝室を出て行こうとする。

 そして出口の扉を開ける前に、女性の方を振り返って一礼すると、名残惜しそうに彼女に別れの挨拶を述べた。


「では、行って参りますねえぇっ、陛下ぁ! あたしちゃんがいない間、くれぐれもご用心なさってください。何しろ、鬼将の護衛が誰もいなくなる訳ですからねぇぇ」


 メフレが退室していくのを、女性は無言で見送った後、再び視線を下に戻す。

 そして誰に言うともなく、独り言ちた。


「希望の光、のはずです。それも……恐らくは流転者とも関わりのある。ですが、彼女らはこの帝国に対して、良い感情を抱いていない。しかし、それでも……。メフレ、頼みましたよ。彼女らを傷つけることなく、私の元へ連れてくるのです」


 寝室の窓の外。何もない大空に向かって、女性は憂いを帯びた瞳を向ける。

 そして彼女はそっと目を閉じると、考えを巡らせた。

 今、自分が感じ取っている希望達は個の強さとしては、確かにまだ心許ない。

 しかし、共に死線を乗り越え、お互いを信頼し合ってきている、と。

 ならば、強いが故に鬼将達の誰もが不要と判断した、あれを教えてみようかと、そう決意していたのである。

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