第二十一話【帝国中央との開戦】
生体戦車に搭乗し、地中に布陣した辺境騎士達は、兵員約六十。
帝国中央の最新ボウガンを装備し、塁壁から遠隔攻撃を担う弓兵部隊が約五十。
そして敵はついに辺境城の間近に迫り、地面にぽっかりと出来た黒い影の中から黒ずくめの人形兵達と、それらに抱き抱えられた中央の騎士達が飛び出す。
その様子を、僕とウルリナとユンナは城のバルコニーから見下ろしていた。
「タミヤ、お前はまだ戦場に出なくていい。お前は私達の切り札だからな。出番が来たと私が判断するまでは、この特等席で戦闘を見物していてくれ」
僕に待機命令を出すと、ウルリナは塁壁から身を乗り出して戦線を眺めやる。
すでに開戦までは秒読みであり、隊長格らしき中央の騎士が僕らに一応の降伏勧告を行っている。が、しかし……あんなものは、あくまで建前でしかない。
僕らが降伏の意思を示さないのを見ると、いよいよ隊長騎士が交戦の合図を行い、ついに戦闘が始まった。
戦いの始まりと同時に濛々と砂塵が湧き上がり、断末魔の悲鳴が響き始める。
「先手必勝。まずは私達のターンだ。さすがに驚いているようだな、奴らも。ユンナ、お前の生体戦車部隊が上げてくれる戦果は上々のようだ」
「でしょう~? 私自慢のお手製改造ホムンクルス達ですから~!」
バルコニーから見下ろした地上では生体戦車部隊が安全な地中から、搭載された火炎放射器、炸裂弾、飛び出し仕込み刃などで、一方的に黒ずくめの人形兵や中央の騎士達に攻撃を仕掛けて攪乱していっていた。
戦力では百人強のこちらに対し、向こうの兵数は千を越える。
しかし開戦してからずっと僕らが優勢のまま、敵を確実に圧倒しているのだ。
それだけ生体戦車達が兵器として有効なのだと、目の前で実証されていた。
「こりゃ確かに僕が出る必要はないな。けど、搭載された魔導兵器を使う度に、搭乗者の血液を代償として払わないといけないなら、長期戦を望むのは厳しいか……」
「それに関しては、私も悪足掻きをしてみました。予め輸血用の血液製剤を内蔵してありますから、少なく見積もっても、一時間はリスクなしで戦闘可能ですよ~」
満面の笑みのユンナの説明を聞きながら、僕は弓兵部隊の方へと視線をやった。
敵よりも辺境城の三階に位置するバルコニーと言う高台に陣取った彼らも、中央の騎士達を目掛けてボウガンの矢を放ち、射殺していっている。
地の利も確実にこちらにある。兵力差以外の点では僕らが上回っているのだ。
「速攻で決めろ! 余力を惜しんでいては、数で劣る私達はその時点で負けだ! 今の内に削れるだけ、敵の兵力を削っておくんだ!」
弓兵部隊の背後で指揮を執りながら、ウルリナは油断することなくそう叫ぶ。
食料の備蓄の量を考えると、長期に及ぶ籠城戦になれば勝ち目がない。
それが分かっていたからこそ、彼女は短期で勝負を決めるつもりなのだ。
つまり六鬼将達が率いる主力部隊を誘き寄せて、討ち取ろうと言うのである。
「よし、どうやら初戦は僕らの勝利みたいだな。奴ら、退却していくぞ」
そう、中央の強襲部隊は甚大な被害を出し、じりじりと後退していっていた。
だが、ここまで圧勝できたのは、敵にとっての誤算があったからだ。
助っ人として現れたユンナが敵の接近を教えてくれたのと、そして強力な生体戦車達を提供してくれたと言う、二つの幸運が僕らにとって追い風となってくれた。
しかし恐らく同じ手は二度も通用しないだろう。
次に来る時には、奴らも何らかの対策をしてくるはず。
「皆、ご苦労だったな。見張りは立てたままで他全員は一旦、城内に戻れ。次の襲撃に備えて、今の内に食事と休息を取っておくんだ。生体戦車達は、外に置いたままにしておいてもいい」
ウルリナは戦いを終えたばかりの部下達を労うように、微かな笑みを湛えて眼下で戦っていた生体戦車部隊と、弓兵部隊にそう言い放った。
しかし彼女本人は自らの肩を抱いて座り込み、その場から動こうとしなかった。
部下達に休息と食事を済ませておくように指示を出してから、一言も発することなく、眼下の平原を見下ろしながら沈黙している。
いや、彼女の後ろに立ってみると、その肩は僅かに震えていた。
「ウルリナ、もしかしてずっと気を張ってたのか? 本当は怖くて仕方がなかったのに……」
「あ、ああ……このことは誰にも言ってくれるなよ、タミヤ。私だって普通の人間で、女なんだぞ。当たり前だ、怖いんだよ……負ける可能性が高い戦いを挑んで、平静を保っていられる程、私は強くなんてないんだ」
珍しく人前で弱音を吐いたウルリナが、そこにはいた。
心なしか体の震えは、さっきより大きくなっているように見える。
そんな本来の姿を晒してくれた彼女を見て、僕もその隣に腰を下ろすと、意を決して自分が戦っている動機を、正直に打ち明けてみようと思った。
なぜ僕が彼女とガナンの提案を受けて一緒に戦おうと言う気になったのか、彼女に比べればあまりに個人的で下らない理由を。
「じゃあ、僕も打ち明けるよ。僕は自分の国じゃ物書きなんてやっててね。面白い作品を書くことが、人生を賭けてでも、打ち込む価値のある生きがいだったんだ。だから、元の世界に未練がないって訳じゃないけどさ。好奇心を刺激する未知で不可思議なことで満ちている、この異世界が楽しくて仕方がなかったんだ。面白そう、それが僕が君達に協力しようと決めた理由なんだ……」
ウルリナは僕の方を見る。唇を噛み締め、その目には涙を浮かべているが、彼女にとっては文字通り命がけである戦いに、面白そうだと言う酔狂な理由で参加している僕に怒っている様子はなかった。
「……そうか。物書きを生きがいに出来るくらい、お前の国は平和だったんだな。この辺境では、楽しみを持つ余裕もない。私がもっと小さかった頃は、してみたかったことはあったはずなんだがな……」
ウルリナが顔を俯け、自嘲気味にそう言った。
そんな弱々しい彼女の姿を見るのはガナンが死んだと知った時以来だったが、
「じゃあ……じゃあさ、ウルリナ。戦いを終わらせたら、君を僕の国に招待するよ。人間同士や
「タミヤ……本当にまるで殿方みたいだぞ」
ウルリナはようやく顔を上げると、その表情を僅かに綻ばせて言った。
すでに涙は止まっており、彼女は決意に満ちた普段の毅然とした表情に戻ると、背筋を直立させてすくっと立ち上がる。
「みっともない姿を見せたな。泣き言は、もう終わりだ。いずれそう遠くない内に、また中央の連中がやって来る。あるいは先に来るのは
僕もまたウルリナに続いて立ち上がると、城の北側を、南部領の方向を見た。
中央の連中が今度は本腰を入れて侵攻してくるであろう、平原の向こうを。
もしかしたら次こそは、僕の出る幕がやってくるかもしれない。
そんな時が来た時の覚悟を決めると、僕は隣のウルリナに言った。
「けど、ちょっと小腹が空いたよな、ウルリナ。それにここじゃ風がちょっと寒い。腹が減っては戦は出来ぬと言うし、僕らもまずは腹ごしらえといかないか?」
「ああ、そうだな。だが、限りのある食料だ。量は計算して食べねばならないな」
僕らは笑顔を交わすと踵を返し、城内の食堂に向かって歩き出す。
風が少し出ている事もあり、話し込むには空気も風も冷えすぎていたのだ。
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