第十七話【それぞれ動き始める、帝国六鬼将】

 帝都ギルダン。ここはガスタティア帝国中央部にある政治、経済、文化の中心。

 ここには五つの正規軍が控え、地方に武力と尊敬の象徴として存在していた。

 何しろ城門を一つ突破するのに正規軍をいくつも相手にしなければならず、それ故にここは難攻不落の要塞としても知られているのである。

 その帝都の真ん中にある、レイク湖上の小島に建てられた宮殿にある寝室で、一人の長いブロンドの髪を伸ばした女性がベットの上に寝そべり物思いに耽っていた。


「いよいよ魔種ヴォルフベット達が本格的に動き出しましたか……。では、私達も一刻も早く、神託が告げた流転者の捜索を急がねばなりませんね」


 その女性は上半身は裸であるが、胴体がある部分には機械が神経のように繋がっており、下半身はベットの毛布に隠れているために見えず。

 更に彼女には無数のチューブが接続されていて、それらを介して多様な色のカプセルから栄養を補充しているようであった。


「心配ないですってば、陛下ぁ。南に向かったあの三人なら、決してしくじったりしませんからっ。流転者のことも、魔種ヴォルフベット達との戦いのこともですねぇぇえ!!」


 女性のすぐ側から少女の声がした。

 ベットの下からひょっこりと現れた少女は、まだ十歳もいっていない幼さであったが、彼女の表情からは狂気というのか、何か怨念のような雰囲気が感じられた。


「メフレ、私のことはいいですからバージバルの所に戻りなさい。しばらく一人にさせて欲しいのです」


「駄目ですってば、陛下。そのお父様からの命令で、あたしちゃんは陛下の護衛をしてるんですからあああ。けぇどどどっ、どうしてもそうしろと言われるなら部屋の外で、見張りをしてきますねええええ……!」


 メフレと呼ばれた少女は狂笑を浮かべながらひょこひょこと歩き出し、女性に言われるがままに扉を開けて外へと出ていったのだが……。

 その後姿を見送っていた女性の目には、微かに哀れみが混ざっていた。


「……狂気ですね。魔種ヴォルフベットとの融合がこんなにも人を苦しめて、変えてしまうものなのでしょうか。精神が歪められると言うのは……惨いものです」


 メフレが退室したのと同時、彼女の背後に何者かの気配だけが現れた。

 だが、女性は動じることなく、後ろの気配に向かって話しかける。


「待っていましたよ、それで首尾はどうでした?」


 女性の問いに背後に控えている気配は口を閉じたまま、思念を送ってくる。

 だが、その姿は霞んだように透けていて、外見は分からなかった。


(ようやく見つけました、陛下。南方界外の遥か奥地にその存在を確認しました)


「ご苦労でした。神託の流転者のこととは別に、これでまた私達にも勝機が出てきたと言うことですね。表に立つのはネルガル将軍ら他の鬼将達に任せて、貴方は引き続き裏で潜伏していてください」


(御意のままに。陛下のそのご英断に敬意を表します)


 女性の言葉に応えるように、背後に控えていた者の気配が消えていった。

 だが、その思念は少なくとも男の声だった。深く、そして低い声。

 女性は彼を見送る様に一瞥を投げかけると、また物思いに耽り始めた。


「ネルガル将軍、クシエル、フィガロ、メフレ、バージバル、そして……。この帝国の存続のため、そして人類が生き残る未来のために。貴方達、六鬼将の力をどうかこの私に貸してください。頼みましたよ、皆さん」


 彼女の胸中には帝国の未来を憂う慈愛と、そしてこれから成すことのために犠牲となる人々を、心の底から悲しみ憐れむ気持ちが満ち満ちていたのである。

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