第41話 お紗衣ちゃんのお料理教室

 ――お父さんです。紗衣、元気でやっているか?

 琢磨がプレゼントをくれました。

 お父さんは元気が出ました。

 今日の夕飯は、クリームシチューです。



 スキンヘッドのカツラをかぶった父の写真が、メールに添付されていた。

 笑ってもらいたいのだろうか。笑えない。

 変な父親。

 お願いだから、一日でも長く生きて。そう願う紗衣もまた、変な娘だ。

 変な家族。

 紗衣は考えに考えて返事を送った。



 ――頭からキノコが生えていなくて、安心しました。



 7月26日。航の月命日。

 航の好きだったクリームシチューを夕飯にするのは、紗衣も同じだった。

 エアコンをつけてクリームシチューを食していると、果歩からメールがあった。



 ――お紗衣ちゃん、お料理教えて!

 薫ちゃんにお料理つくりたいの!



 果歩が切実にメ-ルを打つ姿が思い浮かび、紗衣は思わず微笑んでしまった。

 薫と仲睦まじく見えた果歩。素直な彼女のために力になりたいと、紗衣は思った。



 7月28日。日曜日の昼食後。

 紗衣は初めて果歩の部屋にお邪魔した。

 同じ間取りのワンルームなのに、紗衣の部屋を違って華やかだった。

 インテリアがあるのはもちろん、木目調のカラーボックスに本が並べられている。多くは漫画だ。

 紗衣はほとんど漫画を読んだことがない。大学時代に友人からすすめられて読んだことはあるが、シリーズを読み終えるほど熱中した作品はなかった。それに対して、小説はむさぼるように読んだのだが。

「よろしくお願いします」

 果歩にぺこっと頭を下げられ、紗衣もつられて頭を下げた。

「教えられるほど上手ではないけど、こちらこそよろしくお願いします」

 ふたりでキッチンに立ち、紗衣は持ってきたものを並べる。

「今日つくるのは、玉ねぎのだし漬けと、鶏ハムです」

 果歩の常備品を知らないので、紗衣は材料も道具も自分のものを持ってきた。

 玉ねぎ、鶏むね肉、塩、ガーリックパウダー、酢、顆粒だし。タッパー、菜箸、計量スプーン、スライサー、ボウル、サランラップ、ホーロー鍋も。同じアパートなので、多少重くても気にならなかった。

「まずは、玉ねぎのだし漬けをつくります。玉ねぎを薄くスライスします」

 さすがの果歩でも、包丁とまな板は持っていた。

 果歩は慣れない手つきで玉ねぎの皮を剥き、先と根元を切り落とし、半分に切った玉ねぎをスライサーで薄切りにした。目に涙を溜め、しみるのを我慢している。玉ねぎ1個でも、しみるものは、しみる。

「玉ねぎに塩をもみ込み、5分ほど置きます」

 スライスした玉ねぎは、ボウルで塩をもみ込み、冷蔵庫に入れた。

 果歩は水道水で手を洗い、目元をティッシュペーパーで拭いた。

 5分の間に、包丁とまな板は洗っておく。

「タッパーに、酢、顆粒だし、お水を入れ、ふたをしないで電子レンジで加熱します」

 規定の量の材料をタッパーに入れ、電子レンジで加熱。果歩はワット数の設定がわからず、紗衣が勘で操作した。

 その間に5分経ち、水分の抜けた玉ねぎを手で絞る。

「加熱した“だし”に玉ねぎを混ぜ、冷まして完成です」

 果歩は「できた」と小声で達成感を露わにした。

「では、次は鶏ハムです」

 次の瞬間、果歩がしゅんとなったのが、紗衣には見えた。まるで、膨らんだ風船がしぼんだようだった。

「難しそう……頑張る」

 薫ちゃんにお料理をつくりたい。

 それが、果歩が紗衣に話してくれた理由。

 恋の力は大きい、と紗衣は思った。

「始めに、お湯を沸騰させます」

 紗衣が持ってきた鍋で、たっぷりの湯を沸かす。

「次に、鶏むね肉に下味をつけて、お寿司みたいに巻きます」

 鶏むね肉は、厚みが均一になるように包丁を入れて切り開き、平らになるようにマグカップの底で叩く。本当は、ミートハンマーがあれば良いのだが、あいにく紗衣も持っていない。

 塩とガーリックパウダーを鶏むね肉に刷り込み、ラップでくるくる巻く。ラップは空気が入らないようにしっかり巻き、ほどけないように両端をしばる。

 果歩は鶏むね肉を切り開くことにも、巻くことにも苦戦していた。

「お湯が沸騰したら、鶏むね肉を10分茹でます。その後は、お湯が冷めるまで余熱で火を通します」

 湯の中にラップごと鶏むね肉を投入し、果歩は壁の時計をちらっと見た。

「余熱って、どのくらいやるの?」

「5時間は蒸らすかな」

「ご!」

 果歩は謎の反応を示したが、「夕飯には食べられるね」と言い直す。

 鶏むね肉を茹でる10分間で、調理器具を洗い、ごみを片づけた。

「以上で終了です。お粗末様でした」

「とんでもない。ありがとうございました」

 握手とばかりに両手を差し出され、紗衣が応じると、千円札を握らされた。

「果歩ちゃん、お金なんて要らないよ!」

「駄目だよ! 材料を買うのに、お金がかかったんでしょう?」

「玉ねぎは職場で頂いたもので、調味料とかは持っていたものだよ。鶏肉は200円しなかったし」

「レッスン代だと思って受け取って! 教えてもらえて、本当に嬉しかったから」

 果歩は譲らない。紗衣は仕方なく千円札を受け取った。

「じゃあ、もう少しだけ、レッスンをやろうかな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます