第3章 家族なのに

第24話 衣替え

 昨日届いたばかりの、サックスブルーのカーディガンに袖を通す。

 無駄に大きな胸が、少しは強調されない気がした。

 カーディガンの丈は長めなので、ヒップラインを隠すカバースカートも目立たない。

 紗衣はロッカーを施錠し、鍵は胸ポケットに入れた。

 暦は、すでに6月。紗衣が青木クリニックに入職して、3か月目になる。先輩スタッフとは、とても打ち解けた。

「おはようございます」

「おはよう、鈴村さん。カーディガン、似合うね」

「通販で買いました。色違いで、ミントグリーンも」

「可愛いね。ズボンの上に履いてるのは、スカート?」

「はい。前職から使っています。お尻が目立たないんです」

「若い子は何でも着こなしちゃうわねー」

 6月からクールビズだということで、事務スタッフはジャケットなしで仕事をする。紗衣も数日遅れでクールビズデビューだ。

 カーディガンはいつもの通販サイトで購入。

 アンクルパンツの上に履いたブラックのカバースカートは、あるのとないのとでは大違い。

 いいなー、と、女性スタッフにカ-ディガンの裾をつままれていると、後ろからカバースカートを大きくめくられた。

 振り返れば、スカートから手をぱっと離される。

 ミッドナイトブルーのスクラブに身を包んだ彼が涼しい顔で佇んでいた。

「おはようございます」

 耳に心地良い声と甘いマスクにだまされてはいけない。スカートめくりをしたのは、この彼だ。

 望月くんが? 嘘でしょ?

 にわかにざわつく女性スタッフを静かにしたのは、院長の青木雅哉先生だ。

「おはようございます。ミーティングするよ」

 事務スペースで輪になって、ミーティングが始まる。

 紗衣は見てしまった。挨拶ついでとばかりに、青木先生が望月涼太の臀部を軽く叩いた瞬間を。

 臀部を叩かれた彼は、何事もなかったかのように、保坂育美事務長からの連絡事項に耳を傾ける。

「朝一番に受診予定のかたが1名いらっしゃいます。星野ヤスエ様。介護度が出ており、特養の入所待ち。呼吸がしづらい様子で鼻が詰まっているのではないかというご家族様のご意見で、アレルギー検査をすることになりました。ご家族様は付き添いに来られず、ケアマネさんが立ち会うそうです。介助とかの対応を、鈴村さん、お願いできる?」

 あ、はい。

 紗衣はメモを取りながら、気の抜けたような返事をしてしまった。

「今日の検査室の担当は、望月くんだったわね。星野ヤスエ様は、鼻腔に経管栄養のチューブを入れているから、気をつけて」

 かしこまりました、と彼は明瞭に答える。

 その他、業者による点検など細々した連絡があり、ミーティングは終了した。

「望月くん、なんか変わったよね」

 誰かが、ぼそっとこぼした。

「以前は、自分から見えない壁をつくっていたのに」

「鈴村さんが来てからじゃない?」

「やっぱり?」

「きっと、鈴村さんが妹みたいで可愛いんだよ」

「かもしれないね」

 違う。

 紗衣は、喉の奥で否定した。

 妹ではない。

 可愛くもない。

 紗衣は一応、長女だ。

 11歳年の離れた弟を、意図して傷つけて実家を出た。



 ――ごめんね、琢磨たくま



 可愛い弟の無邪気な顔が泣きそうに歪む瞬間を、紗衣は今でも覚えている。



 ――私は、琢磨の本当のお姉ちゃんじゃないんだよ。

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