第百七十一話 ホテルマンの最終目的

 図らずも妙な親近感を覚える兄ちゃんの背中を追いかける形で、俺は温泉へと入る。

『相愛の湯』は男女の入り口が別で入浴する場所も別、そこから通路になっていて中心部でお相手と合流する形になっていた。

 お湯をかき分けザブザブと進んで行くと……もうすでに天音の姿があった。

 どうやら俺の方が遅かったみたいだが、気が付くと天音の傍に一人少し年上の……年頃はスズ姉と同じくらいの女性がいた。

 その女性はどうやらさっきの兄ちゃんのお相手のようで……自然と天音から離れたかと思うと、本当に自然とそこに収まるかのように兄ちゃんに寄り添って肩を抱かれる。

 そして湯けむりの向こうへと消えて行った。


「……あ、やっと来たんだ夢次君」

「今の人は?」

「ん~~~~? 初めてあった人なんだけど……あえて言えば先輩……かな?」

「う!?」


 天音に近付いて一緒にいた女性に付いて聞いてみるが、なんとも曖昧な事を言われる。

 ただ、それを言うなら俺がさっきまで話していた人もそんな感じだった。

 良く分からないけど他人には思えない……自分より先の事を知っている何者か。

 が……あの人たちが何者かなど、俺の目の前に現れたこの世の奇跡を前にはどうでも良い事になってしまう。

 湯着……それは混浴と言う特殊浴場において倫理を守ると言う掟のせいで科せられる、いわゆる拘束具。天使の、天女の美を覆い隠さんとする憎むべき鉄壁のカーテンなのだが…………何という事でしょう。

 そのような無粋を生みだす宿敵であると思っていたのに……お湯につかった事で体に張り付き、その肢体を勿体ぶって見せる演出と、更にタオルで髪をまとめて頬を赤らめる天音のコントラストが得も言われぬ何か込み上げる感情が……。


「…………かわいい」

「ふえ!?」

「あ…………いや!? 可愛いと言うか綺麗と言うか……や、そうじゃない! 水着よりも隠れてるのにむしろエロいとか……あああいや違う! その……」


 思わず口から本音がこぼれる。

 今までなら劣等感や自信の無さが防壁になって絶対に漏れ出る事の無かった素直な本音が……告白が成功したせいか、それとも天音の“味”を知ってしまったからなのか思った傍からポロポロと。

 しかし肌を露出しない為の湯着だと言うのに、お湯につかって体に張り付き中身は見せないのに“線”はむしろ強調してくれていて……。

 うおあああああ!? もっと気の利いた事言えんのか自分!? 褒めてんのかセクハラしてるのか分からない事を口走って!?

 俺がそんな風に百面相していると、天音は更に赤くなって照れ笑いする。


「あ、あははは……何かおかしいね~」

「え? な、何が??」

「私たちってさ……つい十年ちょっと前までは普通に一緒にお風呂入ってた仲だったのに、今は色んな違う意味が出来ちゃうんだよな~ってね。昔は二人でお風呂でふざけてあそぶだけだった男の子が今はエッチな目で見てるだなんて……」

「う……」


 天音はちょっと意地の悪い目になって俺の事を揶揄い始める。

 はい、その通りです……完全に百パーセント邪な目で見ておりました。

 ただ、不意にそんな事を言われて……天音の顔が幼い時、一緒に風呂入っていたあの頃にダブって見える。

『ユメちゃん、お背中流してあげる』

 元気良く、素っ裸の彼女がそう言っていたのは何時の事だったか……似たようなシチュエーションに戻って来たと言えば良いのか、途端に恥ずかしくなってくる。


「……でも、何だな……。幾ら幼馴染で幼児だったとしても、二人だけで風呂に入れてたとか……今考えると随分大胆な話だよな」


 ぼんやりと思い出される記憶では俺たちが一緒に風呂入っている時に同伴者がいなかった気がする。

 両親は元より一つ上の兄貴も妹の夢香も含めて……そう考えると雑な感じがする。

 しかし俺が当時を何となく思い出していると天音は小さくため息を吐いた。


「あ~~~多分それ、お母さんたちの策略よ。ギリギリのタイミングまで一緒にお風呂入ってた幼馴染って感じを演出する為の……」

「演出……って」

「思春期になってからその事を思い出して恥ずかしさに悶えるように……そして最終的には幼馴染同士でくっつけようって……」


 そこまで言って天音は恥ずかしくなったのかお湯の中にブクブクと沈み込んだ。

 その仕草は可愛いけど……俺も似たような心境になっていた。

 つまり世に言うお隣同士で幼馴染同士をくっつけようとする策略が昔から実行されていて……俺たちはその策略にまんまと乗せられたという事になるのか?


「今この場にいる時点で……完っ全に手の平で踊らされてない? 俺ら……」

「……悔しい事にまんまと乗せられちゃったのは否定できないね。幼馴染と男女の仲になっちゃうのも、初恋もファーストキスすらぜ~んぶお隣の男の子になっちゃったんだから」

「……え? は、初恋もって……」

「……いくら幼い時でも“結婚する”って宣言してファーストキス奪った男の子が特別にならないワケ無いでしょ?」

「…………」


 ハッキリ言って舞い上がっていた。

 色々と俺だけだと思っていたけど、初恋それすら一緒だったとか……ハッキリ言っておとぎ話ですらあり得ない話じゃなかろうか!?

 俺自身は自覚があった。

 初恋から数えても一人の女性しか見る事も想う事もしなかったそれは最早純愛じゃない……深く醜く独りよがりな執着心。

 そんなのは俺だけの感覚なのだと思い込んでいたのに……。

 そう言いつつ天音は静かに近づいてきて、体を俺に寄せて来る。

 湯着越しとは言え天音の柔らかな感触がダイレクトに伝わってきて、しかもほんのり赤くなった顔も近付いて…………俺の手は意識せずに彼女の肩を抱いていた。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど……ここまで来るのに両家の策略どころか天音の親友たちやら俺のタチ連中やら、挙句に『夢の本』なんてチートアイテムの手助けを借りた結果と言うのが何とも……悔しいな」


 結局ここまで、天音と付き合うところまで来れたのはメチャクチャ運が良かっただけ。

 後押ししてくれる人も要素も状況すら味方してくれた結果が今なのだから……そう考えると自分のヘタレ具合が何とも情けない。

 ……そう言いつつも腕に収まる天音を手放す気はさらさら無いけどな。


「でも……それでもちゃんと言ってくれたのは貴方よ? 誰から強要されたワケじゃ無く、自分の心に正直に従って私の事を自分だけの女にしたいって言ってくれたのは……」

「あ……天音……」

「私なんて一度自分から離れちゃったのに、ずっと貴方が想い続けてくれていたから……そのおかげで、また一緒にいられるんだから……」


 そう言いつつ、上気した天音の顔が自然に近付いて来る。

 幼少期に一緒に遊んでいた風呂とは全く違う……むしろその事実がより一層興奮を誘ってしまう。

 そして自然と重なってしまう唇…………もうコレで何度目になってしまったのか……。

 ここまではオッケーなハズ…………実に十何年かぶりのお風呂での遊びは……実に危険な火遊びの様相になり出していた。

           

                

                

                



 ……と思っていたけど、やっぱり混浴とは言えここは公共の場。

 他の利用者がいないワケも無く……こんな時間だと言うのに『相愛の湯』へと訪れた男女のカップルと目が合った。

 何となく……その生暖かい瞳から“ごゆっくり”とか“お邪魔しました”的な気遣いを感じるけど……さすがにそれ以上のオイタが出来るほど俺たちは猛者ではない。

 せいぜい二人並んで温泉に腰を下ろす……本来の健全な入浴スタイルに移行するのがせいぜいだった。


「あはは……なんかもう、私たち色々とダメになってない? 典型的な色ボケって言うかバカップルって言うか……」

「確かに…………俺が言うのも何だけど、ちょっと落ち着こうか」


 なんかもう色々と飛ばし過ぎな自覚はある。

 色々と接点も多かったとは言え、俺達が付き合いだしたのはついさっきだと言うのに順番とか素っ飛ばして肉体関係から始めようとする落ち着きない自分がいる。

 そして段々と理解して来た事が一つ……それはまるで思い出したかのように確信して来た事だが、天音はもしかして強引に攻められるのが…………?


「もう明日から学校なのよね……」


 しかし何か大事な心理に辿り着こうとした所で天音が声を掛けて来た。

 学校……何故かその当たり前の事実が物凄く久しぶりに感じるのは何故だろう?

 その原因は分からないが……少なくとも明日からの学校が俺たちにとって今までと違う意味を持つ事は確実だ。

 なにせ俺たちはもう幼馴染じゃないから……。


「ねえ……夢次君だったら何がしたい? 晴れて彼氏彼女になって初めての学校になるんだけど、私ね……ちょっとベタな事してみたいんだけど……いいかな?」

「ベタって言うと……カップルとして良くあるシュチュエーション的な?」


 全く同じような事を考えていた事に驚きつつ応えると、天音は嬉しそうに頷いた。


「一緒に登校とか、お弁当作って来たよ~とか……同じ委員会で居残るとか……」

「帰りに待ち合わせて一緒に帰る……とか?」

「うん、そんなの……典型的高校生カップルのヤツを一通りに」


 二ッと笑うその顔は悪戯っぽくもあり……さっき思い出した幼児期の彼女を彷彿させる可愛らしさが見え隠れする。

 そして普通に同調できる当たり、俺もそんなベタなやり取りをやってみたいというのを否定できない。


「別のヤツはともかく……登下校は今までも一緒だった気もするけど?」

「……なら少しでいいから腕組んで歩くとか……ま、待ち合わせで…………とか」


 何か別の変化を付けたいのだろうか? 待ち合わせの件で“照れつつ”指を唇に当てる天音の仕草が……たまらん。


「ダメだコレ……全部やってみたいと思える辺り……もう相当なバカップルだよな……」

「ね~~、揃って爆殺される側になっちゃったかな?」


 そう言ってコテンと俺の肩に頭を乗せる天音は気持ちよさそうに瞳を閉じている。

 カワイイし、興奮するし……なのに心から落ち着く俺の、俺だけの彼女を抱いたまま俺も温泉と天音の心地よさに身を委ねて……徐々に瞼が重くなって行き…………。


                ・

                ・

                ・


 カシャ、カシャ……


 ん? 今の音って……明らかなシャッター音??

 混浴とは言え風呂場でそんな音がするのは犯罪行為しか浮かばないけど……あれ?


「あ……起きたんじゃない?」

「む~出来る事ならもっといいアングルで撮りたいところでしたが……広告のコンセプトとしては……」

「いや私はこっちの方が良いと思いますよ? プールの時より“事後感”が半端ないじゃないですか!」

「そこが悩ましいんですって夢香さん。一応カップルをターゲットにしたものですけど、大人の階段駆け上った感が露骨なのはちょっと……」

 

 俺が“目を覚ました”時、真っ先に目に飛び込んできたのは昨晩天音の説教食らっていた神楽、神威、夢香のやらかし三人娘……。

 嬉々としてスマフォを構えていた三人が俺と目が合った瞬間に「「「あ」」」って顔になった。

 …………というか、ここはどこだ?

 寝ぼけた頭で周囲を見渡すと、そこは畳敷きの休憩室であり……周囲には他の利用客もチラホラと……。


「カムイ温泉ホテルの休憩室……か? ここ……」


 いつの間に俺たちは帰って来たんだろうか?

 しっかりと浴衣を着ている辺り気を失ったワケでも無いだろうが、混浴に行った事自体が夢だったのだろうか?

 ……もしかしたら俺が告白した事も含めて?

 不意にそんな不安が脳裏を走り、思わず体を起こそうと思うと……すごく不快感の無い、なんとも言えない重量感が俺を押しとどめる。

 腕枕状態で瞳を閉じる天音がいて…………。

 ホテルの人が気を利かせてくれたのか、俺たちは二人揃って毛布にくるまって完全に抱き合う格好で眠っていた。

 俺の手も、天音の手もしっかりと互いの体をホールドし合ったままで……さっき神威さんが夢香に言っていた言葉の意味が分かりまくる。

 確かにこの“事後感”は高校生カップルとしてはマズい感じがする。


「…………おはようございます」

「「「おはようございます!!」」」


 もう俺は開き直って天音の体を更に抱き寄せて三人に声を掛けると、三人は何故か揃って敬礼をする。

 天音の説教の影響だろうか?

 しかしその中で神威さんは俺と天音の腕を見て……メチャクチャいい笑顔に変わる。

 それはもう、これ以上ないくらいの揶揄い材料を見つけたとばかりに。


「夢次さん、その腕に付けたお揃いのバンドは……『相愛の湯』の記念品ですよね?」

「え……!?」


 そう言われてようやく気が付いたが、いつの間にか俺たちの腕にはお揃いの小さく『相愛の湯』と書かれたバンドが巻かれていた。

 それは『入浴記念』にカップル限定で貰える代物で、どうやら混浴に二人で行った事は夢じゃ無いようだった。

 神威さんは眼鏡を光らせて、今しか無いとばかりのどや顔で言い放った。


「夕べはお楽しみでしたか?」

「アンタ……今回の作戦、究極的にはそれ言いたかっただけだろ?」


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