百十五話 うちの学校では禁止されています
『不死病の森』、数十年前からこの森で死んだ者は例外なくアンデッドと化してしまう事からその不名誉な名前が付けられ、元々この森に住み着いていた獣人族を始めとする生物は自分達の住処を捨てる事を余儀なくされ……以来この森には近づくだけでも怖気の立つような不気味な瘴気を常に発する場所であった。
そんな森の空気が、ある瞬間から一掃される。
肌にまとわりつくような瘴気が払われて、森林特有の爽やかな空気に戻って……未だに彷徨っていたアンデッド、ゾンビやスケルトンたちも空気と共に静かに倒れ伏していく。
それはこの森をアンデッドの巣窟にしていた魔法が消滅した事を意味し、同時に犯人が仕留められたという事の証明でもあった。
この森にかけられていた忌まわしき魔法『呪法結界』が消滅したのだ。
「終わったみたい……さすが恐怖の都市伝説、手がかりも情報も何もないのに犯人を見つけちゃうんだから。もういいよ“モモハ”ちゃん」
『「適当な感じに繋げないでよ……もう……」』
「ん~?じゃあコノハと神楽で“コノラ”ちゃんにする? 何か怪獣っぽいけど……」
『「それもちょっと……」』
九つの尾を持つ金色の美しい巫女は“神楽百恵”とも“稲荷神コノハ”とも似た笑顔で苦笑して見せる。
そして終わったという事に安堵しつつ、虚空に手をかざして光の文字を生み出した。
それはこの世界の物にとっては馴染みのない文字の羅列だが、日本人にとっては非常になじみのある50音のひらがなで、更にその上部には“はい”“いいえ”の二つと、中央には鳥居の絵が描かれている。
『「まさか私がこれをやる日が来るなんて思いもしなかったけど……」』
「はは……だけど確かにカグちゃんが一番知っている知識の中で一番手っ取り早い召喚魔法陣ってこれだろうからね」
『「だからって……複雑な気分よ。“コックリさん”で呼び出したのが“都市伝説”の一節って……私今、物凄い不敬な事してんじゃないの? ヤの付く人とか軍事国家にイタ電してる気分なんだけど…………」』
二つの人格が混在した状態であるのに、この事に付いて思わずため息を吐いたのは“神楽”の人格だった。
というのも神楽百恵は多少軽そうな見た目はしていても真面目で信心深い方、喩え都市伝説やらオカルト的な事が好きでも遊び半分に“彼ら”の領域を荒らすマネは絶対にしない矜持を持っている。
当然友人が軽い気持ちで心霊スポットにでも行こうとすれば全力で止めるし、寺社仏閣でのマナーもキッチリと守る方。
だからこそ……一部の思春期女子がハマりやすいと言われる“コレ”も手を出す事は絶対にないと思っていたのだ。
それは単純な心理、怖いから不用意に遊び半分に、自己本位に利用する事はしてはいけないから…….
ただ……それこそが最も大事な事なのをアマネは“前の世界”を通じてよく知っていた。
「呪いは怖い、簡単に手を出してはいけない、自分の思い通りには行かない……まずその事を理解出来ないとね。それが出来ないヤツがこんな森を作っちゃうんだけど」
人は安易に強力な力を手にすると自分の力と勘違いしたがるモノ、それがどういう力で誰のモノなのかも見ずに……不用意に使い続けた力が同時に墓穴という名の穴を掘り続けているとも気が付かずに……。
『「そんなの当たり前じゃないの? どんなに強い力だって自分の力じゃないのに使って当然なんて……恥ずかしいじゃん」』
「それが言えるって事は……残念だけどカグちゃんにはやっぱり召喚士の才能があるよ」
『「え~~?」』
しかし姿形のワリに全く“虎の威を借りる”気のない狐の発言にアマネはクスリと笑う。
礼儀を弁える……人であろうと、亜人であろうと、生者であろうと、死者であろうと、神であろうと呪いであろうと……本能というよりは人間性でそんな当たり前な事を弁える親友の姿はやはり美しい。
そんな親友にアマネはシメの指示を出した。
「さ~それじゃあ仕上げよ。送還のやり方は知ってるよね?」
『「ほんと……まさか私がこれを言う日が来るとは思わなかったわ……」』
気乗りしないとばかりに金色の巫女が虚空の文字に向かって手をグルリと回すと、次の瞬間に上部の鳥居のマークがゆっくりと“開き”始める。
そして開き切ったのを見計って金色の巫女声が『不死病の森』だった場所に響いた。
『「お戻りください……」』
大抵のホラー作品で遊び半分にコレをやった女子高生が最後に霊に憑りつかれるという最後の文言……金色の巫女は不安全開でその言葉を口にした。
その瞬間“呪法結界”消滅に伴い正常化した森にさっきまでとは違う種類の“嫌な気配”がし始める。
それは絶対的な闇……抗う気など起きない、出来る事なら見る事すら危険なのが本能的に分かってしまうのような混じり気のない純粋な闇の存在……それらが順次魔法陣に向けて帰ってくる。
わたしメリー……今、むこうに帰るの……。
黒電話を持った金髪の女性がニタリと嗤い帰って行く。
中々楽しい“コ”たちでした……。
小さな箱を持った血まみれの日本人形のような少女がフフッと嗤い帰って行く。
“本日はお呼びいただき誠にありがとうございます。借りを返すつもりでしたが、むしろ頂いてしまったようでもあります……。またのご利用お待ちしております”
見た事も無いのに何故かどこかで見た事があるような電車が虚空の鳥居へと帰って行く。
途中車両の窓から『不死病の森』を眺め、泣き叫ぶ中年の男性を乗せたまま……。
金色の巫女は自分が呼び出した『恐怖』が帰って行くのを一々青い顔で見送る。
それこそが彼らにとっての最大の敬意であると知る事も無く……。
しかし金色の巫女は今帰還していった都市伝説たちの数が合っていない事に気が付く……彼女が呼び出した都市伝説は『理不尽な
後一節の都市伝説……テケテケがまだ帰ってきていなかった。
『「あ……あれ? アマッち、召喚したのに帰ってこないなんてあるの?」』
「ううん……召喚された側は召喚者によって来ているから、よっぽどの契約違反的な事でもしない限りは……お?」
しかし他の3節の都市伝説たちから遅れる事数分後、再び強大な闇が森に出現したと思うと、猛スピードで地を這い虚空の鳥居に飛び込んでいった。
ザザザザザザザザザザザザザザザ……………
それはもう……陸上と言うのに某サメ映画の如き勢いで。
『「う、うわああ!?」』
「わひゃ!?」
ケケケケケ……悪い悪い……ちょっと遅れた……ケケケケケ…………。
悪びれた風も無く、最後まで不気味な嗤い声を残しながら……。
突然の登場からの突撃に驚いた金色の巫女は思わず尻もちをついて、そのままの勢いで同化が解けてしまう。
神楽の姿に戻った女子高生は驚きの表情のまま、これまた驚いた表情の子狐コノハを抱えていた。
「なんなのよもう! 最後の最後まで怖過ぎでしょ!! 私はもう怖い話は語るだけで沢山よ!!」
『それは本当に同感なのです……あれは最早魔神や邪神に匹敵する脅威なのです』
声を張り上げる事で何とか体の震えを誤魔化そうとする二人だったが、そんな二人の目の前で未だに虚空に浮かぶ光文字にコインを模したような黒い影が現れて……50音のひらがなを順番に移動し示していく。
まるで“コックリさん”を真似するように……。
マ・タ・イ・ツ・テ・″・モ・ヨ・へ・″
『またいつでも呼べ』……日本でも屈指の有名都市伝説からの友好的なメッセージに、さすがに“無忘却の魔導士”アマネも顔を引く付かせた。
「う、うわ~凄いねカグちゃん……貴女本格的に都市伝説から気に入られたみたいよ? 任意に神にも匹敵する連中を呼べるだなんて……どうする? 本当に
「はあ!? じょ、冗談じゃないわよ! 私は人外のお友達はこの子だけで良いの!! 召喚士なんて真っ平、私は女子高生で沢山なのよ!!」
冗談交じりに言ってみるアマネだったが、神楽はコノハをギュッと抱きしめたまま血相を変えて答える。
そんな親友の答えにアマネは、迷わずに手の平に集中していた魔法を発動させた。
「ま……その通りなのよね。人知を超えた力はお話の中だけでいいのよ」
「う……え……?」
『あ、あれ……急に……ねむく…………』
パチンと指を弾いた瞬間、神楽とコノハの二人はその場で意識を失い座り込んで……小さく寝息を立て始めていた。
完全に眠りに付いた二人を確認してからアマネは溜息を一つ吐いてから、少しだけ声を張り上げる。
「もう来てるんでしょスズ姉……こっちは終わったわよ!」
館を焼き払った事で森の中に出来上がった真っ黒いサークルの中心でアマネがそう言ってからしばらくして……彼女の丁度背後の辺りから異世界ではあまり馴染みのないド、ド、ド、というエンジン音と共に、黒のライダースーツを着込んだ女性が姿を現した。
言わずと知れた喫茶“ソードマウンテン”の一人娘にして看板娘……剣岳美鈴である。
あら気付いてたの? という顔で出て来る姉貴分にアマネは呆れた表情になった。
「来てるんなら早く出てくれば良いのに……」
「何か盛り上がってるから邪魔しちゃ悪いかな~って思ってさ~」
そう言いつつ美鈴は眠りに落ちた神楽とコノハをしげしげと見つめる。
「しっかし……凄いもんだね、さすがは天音ちゃんの親友と言うべきか……。神魔召喚だなんて向こうの世界でも実現したヤツは見た事ないのに……出来てもせいぜい獣魔止まり、実際この娘は召喚士として超一流の才能があるな」
「スズ姉……言うまでもないけど……カグちゃんにこっちでの事は……」
「分かってる、心配しなさんな……彼女はこっちでの出来事は記憶ごと力もしっかりと修正封印もしておくから。むこうではせいぜい“寝坊した”彼女が妙な夢を見た……って感じに落ち着くさ」
親友が望みもしないのに力に振り回される事を望まないアマネは、その事を“再確認”して少しだけホッとする。
「ただ……神様であるコノハちゃんの方はそうも行かないけど……その辺はしっかりと話を合わせて置いてよね」
「……彼女もカグちゃんが不要な力を持つ事を望んでないし、本人だってノーセンキューなんだから、大丈夫でしょ」
そんな事を言いつつ美鈴はテキパキと眠ったままの神楽を後部座席に乗せて、コノハは落ちないように背中のザックに首だけ出して背負う。
そして颯爽とエンジンを吹かすと呼応するように空間に裂けめが生まれ、空間を渡る穴が広がって行く……。
「……じゃあ彼女をホテルに送るから、最後の一人を見つけるまで敷地内で待機していてちょうだい。発見次第君らには『夢渡り』で飛んでもらうから」
「分かった。なるべく早くお願いね……」
アマネがそう言うと美鈴は少し意地の悪い笑顔を浮かべる。
「別に無事なら早くなくても良いだろ? しばらくは彼氏と一緒に温泉地を堪能してればいいじゃない?」
「う……え~っと……」
「あはは、じゃあ先に帰ってるよ! 夢ちゃんによろしく~」
あからさまな揶揄いの言葉にアマネが言葉を詰まらせ……その反応に満足したのか美鈴はそのまま愛車を急加速させ、次元の穴へと突っ込んでいった。
そして直後に次元の穴は閉じて、森には静寂が訪れる。
さっきまでは呪法結界のせいで不気味な空気の流れていた森だが、術が解けた事でアンデッドになっていた者たちは全て解放されて遺体になった。
つまりこの森には現在目に見えて動く生物が何もいないという事になる。
しかしそれもつかの間の事……正常に戻った森ならば自然と生き物が戻ってくるだろうし、それに数十年前に故郷を追われた獣人族だって帰って来る事だろう。
これは新たな始まりを意味する静寂……決して悪い事では無いのだ。
だが……森にとっての新たな門出の静寂の中、一人無忘却の魔導士アマネは困ったように頬を掻いて呟く。
「彼氏との温泉地巡りだったら良かったけどさ……」
彼女はここに至るまで、計算通りに状況を動かしていた。
ユメジの覚醒によるアンデッドの無力化、神楽とコノハの合同魔法による召喚術……全て彼女の手の平の上であったと言っても過言では無いだろう。
ただ……彼女はたった一つ忘れていた事があった。
彼女にとって最強の敵が目を覚ましたのだという事を……。
それは前の世界で“無忘却の魔導士”として恐れられた自分が絶対に敵わないと思った存在……自分の全てを許してしまい、相手の全てを自分の物にしてしまった唯一無二の男。
今回の手順で必要だったからとは言え……苦手な分野を押し付けてしまった負い目もあるし……今回“嫁”としては“旦那”に対してかなり分が悪い事もあり……。
このまま日本に戻った場合……前の世界からの目標である『ゆっくりとした幼馴染同士のピュアな恋愛』と言うのが『速攻』になってしまう……という事を彼女は危惧していた。
「タイムリミットは夜まで…………かな?」
少しだけ顔を赤らめたアマネは何とも自信無さげな事を空に向かって呟いた。
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