第百十三話 都市伝説からのおもてなし
「アア……アアアアア……」
「ウウウ……オオ……」
迷宮内部に解き放ったアンデッドたちが彷徨う通路をゾル・ビデムは縫うように進んで行く。
通常の人間であればそんな事は不可能で速攻で餌食になってしまう所だが、使役者の死霊使いには襲い掛かる事は無い。
なのでゾルは自らの安全を確保するために、なるべくアンデッドたちを多く配備したエリアへと急いでいた。
「くそ……何故我がこのような屈辱を……」
口を吐いて出て来る悪態だが、それはエルダーリッチとして全く自らが傷つく事は無かった数百年で死を克服した“つもりになっていた”ゾルにとって肉体を持ち久々に蘇る恐怖を誤魔化そうとするものでしか無かった。
「さっきの声の主がどうやって迷宮最奥の神殿まで来たかは知らんが、ここまでのアンデッドの群衆を盾にすれば足止めくらいは可能であろう……」
ケ……ケ……ケ…………
「!?」
ケ……ケケ……
しかし恐怖を誤魔化そうと呟いた独り言を否定するように、過敏になっていたゾルの耳に何やら不吉な声のようなものが聞えた。
通常このダンジョンは、いたとしてもアンデッドしかいない為聞えるのは精々うめき声か這いずり回る音くらいなもの。
明確な声何て自分以外に発する事が出来るモノは一人もいないはずなのに……。
「く……常闇よ、我に遠く暗闇を見通す瞳を……」
気のせい……そう思いたくても『自分以外の声』と感じてしまった以上軽視する事は愚策……そう考えたゾルは慌てて迷宮内部に配置した魔法陣から全域を見渡す事の出来る闇魔法『暗き瞳』を発動、瞬時に日本でいう『管理室のモニター』のようにダンジョン内部全ての箇所に設置された魔法陣からゾルの元に映像が届けられる。
そして……彼はさっきまで自分が封印されていた神殿の映像に奇妙なモノを見つけてしまった。
最初ゾルはそれを自分が使役したゾンビ、アンデッドだと思っていた。
しかしソレは地面を這いずるように“上半身だけの体”を両手で動いて……向こうには見えていないハズなのに……まるで見えているかのようにニタリと嗤ったのだ。
紅く裂け吊り上がった口元は不気味の一言で、振り乱すボサボサの髪から見え隠れする血走った瞳は明確に自分の事をターゲットにしているのは誰に確認するまでも無くゾルには理解できてしまった。
そしてそれはさっき自分の背後にいたモノとは違う存在で、しかしさっき背後にいた自分ではどうする事も出来ない存在と同等である事も……闇の魔力に傾倒していた彼自身には一番理解できる事だった。
だからこそ……その上半身だけの存在が口にした一言に、心臓を掴まれるような思いをする事になる。
『足…………ちょうだい……』
「ひい!?」
『ケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!』
映像に写った“ナニか”の不気味な笑顔に腰を抜かしそうになるが、そんな暇はゾルには無かった。
何故ならその上半身しかない“ナニか”はまるで虫や爬虫類の如きスピードで移動し始めたのだ。
手だけで走るその様、その音で名付けられた『地を這う最速(テケテケ)』なんてコミカルな擬音は立てずにザザザザと這いずるような音を立て絶えず嗤いながら……。
ケケ……ケケケ……………ケケ………
そしてその声は魔法陣の映像からではなく遠くの方から、“自分がここまで来た通路”から確実に自分に近づいて来る事が分かる程ハッキリと聞こえ始めていた。
『ケケケケケケケケケケケ…………!!』
「お、お前ら! ゾンビ共は通路に配備して時間を稼げ!! 体を盾として我を守るのだ!!」
既に通路には20体を超えるゾンビたちが彷徨っていて、死霊使いの命令にノロノロと通路を塞いで行く。
魂を遺体に封じられてしまったゾンビは基本本能でしか動かないが、死霊使いには唯一アンデッドを使役する術が伝わっていたのだ。
ゾルはその秘術を自らの欲望の為に利用しアンデッドを“逆らわない替えにきく便利な兵隊”として長年一方的に、あくまで道具として信用していた。
心を封じられた自分の使役するアンデッドは全て自分の意のままに動くのだと……。
だが……そんな自分勝手な信用は、高速で追ってきた『テケテケ』が通路の先に現れた瞬間、いともたやすく崩れ去る事になる。
道を塞いでいたゾンビの群れが、あろう事か塞ぐどころか一斉に壁によって……道を譲ったのだった。
「は……は?」
ゾルにとってそれは『自分の手が勝手に動いた』くらいの衝撃で……まるで本当の王に対して花道を作られたかのように、ゾンビたちの先にいる『テケテケ』と目があった事にしばらくの間気が付けなかった。
『ケケ……ケケケケケ…………』
「は……はは……ははは…………」
『ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ』
「ひ……ひひひ……な、何なんだよ……お前は……お前らは!?」
『足……ちょうだい…………ケケケケケケケケケケケ!!』
「く、くるなあああああ!! ウワアアアアアアア!!」
ゾンビの花道を一直線に飛び掛かって来た『テケテケ』に叫ぶことしか出来ないゾル・ビデムの意識はその時点で途切れた。
*
あれぇ? 何で“片方”だけなの~? 両方でも良かったんじゃないの~?
ケケ……それじゃあ面白くない…………恨みと憎しみ……私たちはそれらに誠実であるべきだからねぇ……ケケケケ……。
ああ~~な~~るほど……みんな自分でやりたいものね~。
そう言う事……ケケケ……。
うふふ……じゃあ次は三番目だね~。
…………『末代への贈り物』……もうスタンバイ済み……ケケ……。
*
「……は!?」
何やら人外のモノによる明らかに聞かせるつもりの、実に不穏な内緒話が終わった瞬間ゾルは目を覚ました。
そしてドッと流れ出す冷や汗……しかしそんな事に頓着する暇も無くゾルがまず疑問に思った事があった。
「い……生きている? 何故??」
気味の悪い笑い声を上げて迫り来る上半身だけの“ナニか”……それも最初に現れた背後の声と同じく自分では到底及ばない存在である事はプライドだけは高いゾル・ビデムであっても最早疑いようも無かった。
にも関わらず、自分が今生きている事が不思議でならない。
周囲を見渡してもあの化け物は姿も気配も感じる事は出来ない……ゾルは助かったのか? と一先ず安堵の溜息を漏らす。
しかし……立ち上がろうとした時強烈な違和感を覚え、尻もちを付いてしまう。
「な……なんだ!? 足が……右足が……」
立ち上がろうとする右足に全く力が入らない……ゾルはその事実に“テケテケ”の言葉を思い出して背筋が凍り付く。
足をちょうだい……あの化け物は確かにそう言っていた。
「ま……さか……右足の機能を持って行かれた……?」
片足が使い物にならなくなった……その事実に衝撃を受けるゾルであったが、自分が今現在右足の機能だけを奪うような輩に追われている事を思い出し、左足だけで何とか立ち上がる。
右足を引きずるようにすれば移動する事は遅くても可能だったから……。
が……それがこれから自分に降りかかる恐怖への布石である事に、彼はこの時点では気が付く事は出来なかった。
「アアアア……」
「アアアアアアアア…………」
「ん…………何だ?」
ゾル・ビデムは本来自分の封印した肉体を守るつもりでこの迷宮を作り、そして自分を追う何者かに対抗するべく大量のアンデッドを迷宮内部に配備した。
当然だが、自分の周辺には守らせる目的でワザワザ合流したゾンビたちが彷徨っていた。
そしてそのゾンビたちは死霊使いの秘術で使役した自分に対しては絶対に服従であり、敵対行動をする事はあり得ないハズだった。
そんな大量のゾンビたちが一斉に男の方を向いたのだった。
まるで目覚めるのを待っていたかのように……。
ひさびさの
「「「アアアア……アアアアアアアアア…………」」」
「な……何だ? 我は貴様らの主であるぞ? 何ゆえに我に向かって来る……何故我を捕食するかのように囲んでいるのだ!?」
「「「「ウオアアアア……アアアアアアアアアアアアア!!」」」」
「バカな!? アンデッドが、我の操り人形どもが反旗を!??」
その事実に気が付いた所でもう遅かった。
何しろ男は自分を守るつもりで『アンデッドたちの中心に』ワザワザ自分で飛び込んでしまったのだから……囲まれているのは正に自業自得。
しかもこの状況において彼の右足は満足に動かないのだ。
「ウソであろう!? こんな状況、ワシは傍観する立場であって参加する側では!!」
「「「ウオアアアアア!!」」」
「ひ!? ひいいいいいい!! 来るな来るなああああああ!!」
突如としてゾンビの群れはゾルを捕らえようと、そして捕食しようと数に任せて襲い掛かってくる。
しかしどんなに腐っていても名門の死霊使いで闇の魔導士、ゾルは自らの魔力を駆使してゾンビたちの猛攻を防いでいた。
「バカモノ!! 我は貴様らの主だぞ!! 貴様らは只の道具で操り人形であるべきなのだぞ!!」
「「「「「「「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」」」」
「おのれええええええ!!」
当然ながらアンデッドがまともな言葉を発する事が無いのはゾル自身が一番知っているハズなのに、この状況を信じたくない男は必死に魔法をゾンビたちに放つ。
闇の魔力で吹き飛ばし、黒い鎖で動きを封じ、闇の刃で切りつける…………。
しかしゾンビの数は減る事はなく、むしろ後から後から増え続けている。
ダンジョン内部に解放してしまった全てのアンデッドが自分の元に殺到しているのだから、まさに自業自得の極み……バカ丸出しである。
何とか集団の隙間を作って逃走を図るが満足に動かない右足のせいで、ゾンビに対して唯一のアドバンテージである動きの遅さが全く弱点になってくれない。
既に何か所か噛みつかれ、それでも足を引きずりつつ何とか鉄の扉の小部屋に辿り着いたゾルは扉の向こうからドンドンと叩くゾンビにビクつきつつ、壁を背に座り込んでしまった。
「な……何故だ……何故我がこんな目に遭わねばならん……。至高の存在たる我が、呪術王であるこの我が…………」
うわ言のように呟くその言葉は恐怖に彩られても後悔も反省も無い。
自分だけは蚊帳の外にいなければいけないと言う、どこまでも自分勝手な発想でしか無かった。
そんな男が逃げ込んだ小部屋だったが……何故かその部屋の中心に一つの箱が転がっていた。
「……? 宝箱……では無いな。こんな箱を置いた覚えは無いのだが……」
迷宮を作った自分が知らない何かがある……最早それだけでゾルにとっては警戒対象にしか成り得ない。
しかし警戒していたからと言って……どうにもならない事がこの世には存在する。
警戒はしていた、目も放していない……にも拘らず小さな箱はゾルが不意に瞬きをした瞬間に上の蓋が開いていた。
当然誰もいないのに、触ってもいないのに…………。
「え…………今蓋が開いて…………」
そして驚いたゾルは思わずもう一度瞬きをしてしまう。
目を開けたその時…………ゾルは声にならない何かを口から漏らした。
「…………!? !!……!?」
血まみれの少女が自分の視界を全て占めるほど“顔を近付けて”立っていたのだから……。
『おじさま……“コ”を、とらせていただきますね…………』
眼前に突如現れた血まみれの少女に呼応するように、背後の箱から溢れ出て来る赤黒い無数の手……まるで箱からあふれ出した流血がそのまま動き出したかのように……それらは一斉にゾルへと殺到する。
「ひひゃ……ひいいいいいいいい!?」
そして無数の手のたった一つがゾルの腕に触れた瞬間、形容しがたいおぞましさを覚えたゾルは立てこもっていたはずの鉄の扉を開き、外へと転がり出た。
当然待ち構えていたゾンビたちと対峙する事になるのだが、部屋にこのままいるよりはゾンビたちと対峙した方がまだマシである……そんな判断で。
「「「「「「アアアアアアアアアア!!!」」」」」」
「く、厄介な……しかしあの化け物に比べれば…………」
獲物が自分から出てきてくれた事でゾンビたちは一斉にゾルの元へと殺到……右足の自由が利かないゾルは殺到するゾンビたちに手をかざして“今までと同じように”闇の攻撃魔法を放とうとする。
……が、ここでゾルにとってあり得ない事態が起こっていた。
いや、起こったではなく起きなかったが正しい。
自慢の闇魔法が一切発動しなかったのだ。
「…………え?」
威力が低いとか魔力切れとかそんな感じではない。
最初からそんなモノは無かったのだと言わんばかりに……ゾル自身に備わっていたはずの闇の魔力の一切が、無くなっていた。
「は……はは…………ははは…………待ってくれ……ちょっと待ってくれるか……? 我は今……片足が利かんのだぞ? それなのに攻撃手段が無いなど…………」
「うあ……あああああ……」
「あああ…………あああああ…………」
アンデッドの唸り声は封じられた魂の絶望の叫び……しかしこの時のゾンビたちの唸り声はどことなく嬉し気にゾルには聞こえた。
コイツなら食い殺してもイイ……そんな風に……。
道具であり意のままに動く人形、気に入らない相手を一方的に攻撃出来る兵隊であり、自分の意識を移せる身代わり……この世で最も好きに出来る赤子の如き存在。
巨大な化け物よりはマシであると判断したアンデッドたちよりも、自分が容易に劣る存在に追い落とされた瞬間であった。
「ま……まて…………待ってくれ…………なあ?」
「「「「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」
「まて!! 止めてくれ!! ヤメ……うわああああああああああ!!!」
*
あははは! さ~すが“コトリバコ”なるほど今回は『子』じゃなくあの人の『故』を取ったのね~。
あの方の力は全て故人の憎しみによるもの……取り上げて然るべき場所へお納めするのが正しい形でございましょう?
ケケケ……流石は呪いの最高峰…………憎しみに対する配慮を弁えている……。
あのおじさんはそんな当たり前な事を知らなかったみたいね~。呪い何て軽々しく口にするもんじゃないのに呪術王とか……。
動きを奪われ、力を奪われ、自分が軽視した……いえ、見ようともしなかった闇の真実をコレで少しは知る事が出来たのでは無いでしょうか……。
さて……それではメリーさん、テケテケさん、そろそろお開きにしてお待ちくださっている方々にご馳走を届けて差し上げましょう……。
そうね~そうしましょうか。
もしもし……私メリー……うん、今血まみれで半狂乱に泣き叫びながら必死に逃げてるとこ。
そろそろ到着して貰ってもいいかしら……第四都市伝説『死へのカウントダウン』を。
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