百十一話 金色の九尾

 更に激しい炎は全てを瞬時に燃やし尽くして行き、数分もしない内に森の中にポッカリと黒いサークル状な何もない空間が出来上がる。

 その中心で私たち三人は何事も無く、火傷どころか焦げ跡一つも付けずに立っていた。

 あくまでも館の範囲のみ、森への延焼は一切出さずに目標のみを焼失させる……相変わらず私の獄炎は優秀ね。


「う……わ……半端ないねアマッち。幾ら何でも館ごと焼失させるとか……」


 一仕事を終えて額を拭う私にカグちゃん、コノハちゃんの二人は呆気に取られたような……むしろ呆れたような顔になっている。


「さすがに、これならあの骸骨野郎も倒せたんじゃ?」


 その威力のすさまじさにそう思っても不思議じゃないとは思うけど……生憎カグちゃんの希望的観測はハズレだった。


「ううん……取り合えず周囲一帯のアンデッドとか成りうる死体は焼失したからしばらくは出てこれないだろうけど、多分ヤツは今もどこかで私たちの事を見てるよ」

「ええ!?」

『ほ、ほんとうです!? 何も感じませんですが……』


 慌てて周囲をキョロキョロ見回す二人だけど、影も形も見当たらない。

 特に神通力まりょくを感じる事には人より長けたコノハちゃんは自分に何も感じられない事がショックのよう……。

 しかしまあ……見つけられないのも、感じないのも当たり前の事なのよね……。

 

「どこ見てもいないわよ? さっきヤツのやり方をパソコンに例えたけど、今やってるのは分かりやすく言えば盗聴に盗撮みたいなもんだから」

『……盗聴と……盗撮です?』

「…………うわ……そう言う事……」


 私の説明に箱入り稲荷神のコノハちゃんはいまいちピンと来なかったようだけど、カグちゃんの方は同じ日本人の感覚で理解できたみたいね。

 さっきよりも嫌悪感で顔を顰めさせているから……。

 

「コノハちゃんも何度か見た事あるでしょ? 電話っての。遠く離れた場所にいる人とでも話が出来たりする……あれは特殊な電波を飛ばしてそこにいないのに相手と話せるって代物なんだけどね?」

『あ!? 分かります分かります、モモちゃんがいつも触っている光る板です! お姉ちゃんと夢次さんが抱き合ってた時に“けっていてきしゅんかん”とか言ってカシャカシャ音出してたヤツ!!』


 納得顔で何やら物凄く気になる証言をする子狐…………ちょっとそっちで顔を逸らしてらっしゃる方? その件については後程詳しく聞かせていただきましょうか……。


「詳しい方法は端折るけど、向こうはどっか遠い場所からこっちの音声や映像だけを見れるように、位相のズレた空間に分体を飛ばしているんだと思うよ。ゲームのアバターを画面の前でコントロールする感じに……」

「うえ……ますますキモイ……。人前には絶対に出ないクセして一方的に人の事を覗き見て、尚且つ自分は一切傷つかずに人の事を平気で傷つける……絶対に根暗よねコイツ……」


“前の世界”でも似たような輩はいて、その時にユメジが私に分かりやすく日本人向けに例えて説明してくれた内容の丸パクリなんだけど……喋っている内に自分でもムカムカして来た。

 これは“前の世界”でユメジが私に分かりやすく例えてくれた説明で、一言で言えば目に見えないカメラが常に見ているようなモノ……。

 アンデッドを操作すればここにいるように見せる事も出来るからタチがより悪い。

 電話やパソコンを壊しても本人は何とも無いし、電波を見て攻撃する事も出来はしない。


「でも、それならどうやって本体ってのを見つけるワケ?」


 このままでは泣き寝入りになるんじゃないかと思ったのか、カグちゃんはイラついた顔で尤もな質問をしてくる。

“前の世界”ではこういう場合は知識や人脈がモノを言った。

 こんな姑息な事を可能にする闇魔法の使い手なんてそんなに多くは無いのだから、仲間内でも世界の情報に明るい冒険者の武闘家や王国騎士出身の重戦士が情報を集め、闇の魔力探知に秀でた魔剣士が探知する……そんな方法で主犯を見つけていたのよね。

 要するに、今の私たち自身に直接手を下せる手段は残念だけど今のところ無い。

 無いのだけれど…………。


「な~にを言ってるのかな? こういう姑息な輩を追い詰める事が出来る存在ってのを……カグちゃんは誰よりも一番知ってるじゃない?」

「……へ?」


 間の抜けた声で自分を指さすカグちゃんに私は大きく頷く。


「魔法ってのは大いなる思い込みだってのは言ったよね? だからカグちゃんが受け取った膨大な魔力を通じて『コノハちゃんは強いんだ!』って想いが具現化して今のコノハちゃんはこんな強くて美しい『金色の獣』の姿になってる」

「え、ええ……確かにそう聞いたけど……」

「魔法の経験も碌に無いのにそんな事が出来たのは、カグちゃんの一番の才能がその辺にあるからよ。自分とは違う存在、神や精霊に対して敬い、尊敬し、畏怖して奉る……自分が思い通りに出来るなんて思わずに対象を神格化させる強烈なファンの心……」


 私はカグちゃんと再会してから彼女とコノハちゃんのたった数か月の期間とは思えないほどの強さに、一体カグちゃんの魔法の適性はどこにあるのか……観察していた。

 元々契約関係にあるコノハちゃんは直通で魔力と『神格化』が適応されていたのだろうけど、私はこの手の連中を“前の世界”でも見た事がある。


「自分とは違う存在に気に入られる気質で、その存在を神格化して“お願い”が出来る獣使い《テイマー》最強の称号……召喚士サモナーよ」

『「さもなー?」』


 またもや同時に小首を傾げる女子高生と子狐……むう、一々可愛い……。


                 *


 男はイラ立っていた。

 自分が死を克服して『エルダーリッチ』を名乗ってから早数百年……こんな感じのイラ立ちは初めての事だった。

 元々男は高名な死霊使い《ネクロマンサー》の家系であり、親兄弟もこぞって王家に仕え『墓守』としても職務を全うしていた。


『死者の旅立ちを悔いなきモノにする……我々の仕事はそんな誇り高いモノなのだ』


 一族に生まれた男は毎日のように一族の理念を聞かされて育ってきたのだが、男はその理念に準じて国家に仕え続ける事が気に食わなかった。

 死霊使いの力は戦場ともなれば死ぬ事も無い軍団を率いて圧倒的な戦力で敵国を一方的に蹂躙することすら出来る、死者を操る最強の力。

 国ですら陥落させ天下を手中にし、自分達こそが支配者にすらなれる圧倒的な力を持っていると言うのに……何故国家の墓守としてのみ生きねばならないのか……と。


 そんな歪んだ虚栄心を燻ぶらせていた男が一度でもその野望に火を付けた時……男が嫌っていた国家も、一族も、そして墓守としても理念も全て消え去る事になった。


 数百年前にとある王国があったとされる場所は、今では草木一つ育つ事の無い不毛の大地が広がっている。

 生者どころか死者アンデッドすら存在しない……そんな何も無くなってしまった場所でその男は自らの肉体を“石化”させる事で肉体の時間を封印、ただ一人だけ死を克服したつもりになってこの場所から意識だけを飛ばして『エルダーリッチ』として恐怖を振り撒いていたのだった。

 人の恐怖も不幸も絶望も全ては他人事、負の感情は全て自分の力になるとしか考えない、日本人で言えば『ゲームを楽しんでいる』ような感覚で数百年の長い時を何の痛みを負う事も無く過ごして来ていた。


 というのに……最近唐突に現状根城にしている『不死病の森』に金色に輝く獣使いが現れてから何もかもが上手く行かなかった。

 当初は久々に嬲りがいのある敵が現れたと思っていたのに、その獣使いが二人の仲間を連れて来てから全てが悪い方向に傾いた。

 策を弄して一気にスコルポノックを襲う予定だった数千のアンデッド軍団は一瞬にして無力化され、思い通りに隷属しようと考えていた魔導士は殺す事も出来ない憑依体で、更に『エルダーリッチ』の体を一瞬にして焼き尽くす圧倒的な魔力を持っていた。

 自分ではどうしようも無い存在……この数百年そんな者は一人もいなかったと言うのに……更に魔導士は自分が何者で、どういう方法で襲っていたかも的確に言い当てた。

 しかし死霊使いゾル・ビデムはそれでも慌てる事無く魔導士と金色の獣使いの姿を腹立たし気に見ていた。

 位相のズレた場所から映像を見ているだけの今であれば、こっちから何も出来ない代わりに向こうからも何も出来ない。

 数百年間一度としてその優位性が崩れた事が無い男は『この二人をどうすれば使役できるだろうか?』とかそんな悠長な事を……。

 ただ、そんな余裕のある態度が魔導士の発した一言で崩れる。


「な~にを言ってるのかな? こういう姑息な輩を追い詰める事が出来る存在ってのを……カグちゃんは誰よりも一番知ってるじゃない?」

「……へ?」


『……なんだと?』


 目の前の魔導士は強力な魔力を秘めていて強がりやブラフを言うようには見えない、にも拘らずに『ズレた位相から見ている者』を追い詰めると……確かにそう言った。

 男は実に数百年ぶりの感覚を一瞬味わっていた。

 死の恐怖など、とうに克服した自分が二度と味わう事が無いと思っていた感覚を。


 それから二人の会話を注意深く聞いていた男だったが、知っている者同士でしか分からない会話をしていて、その内容はサッパリ理解できなかった。

 だが金色の獣使いが納得した、とばかりに体を小さくした獣を肩に乗せ目を閉じた時……男は信じられない光景を目撃する事になった。

 使役していると思っていた金色の獣と獣使いが徐々に魔力を同調させて行き、遂には二つの存在が『同化』して行く……。

 存在の異なる存在との同化……そんなもの長い年月を過ごしてきた男でも見た事が無かった事なのに、魔導士は当然とばかりに頷いている。


「オッケーそんな感じよ。二人の目的、気持ちを一つにしてカグちゃんは自分の想像力をコノハちゃんに委ねて、コノハちゃんはカグちゃんの想いを具現化するのよ」

「同じ気持ち……」

『同じ目的……』


 そして眩いばかりの光が放たれたと思うと、次の瞬間には金色に輝く特殊な衣装に身を包んだ金色の『九つの尾』を持った女性が姿を現した。


『「呪術王を名乗り死者を弄ぶ外道に裁きの鉄槌を!!」』


 その姿は神々しいと評するしかない程に圧倒的な存在感で、男は数百年ぶりに自分が感じている感情の正体を自覚した。

 圧倒的な存在を恐れる感情……恐怖を。


『!? バカな、何を恐れると言うのだ……我はこの場にいるワケではない。仮にこの者がどれほど強くとも恐怖を感じる必要など……』


 そうやって自分の優位性を思い出して平静を保とうとする男だったが、目の前で展開される光景に更に驚愕する。

 圧倒的な神々しい魔力を放つ『九つの尾』を持つ存在が虚空に生み出した穴……そこから溢れ出る禍々しい何か……聖属性では断じてあり得ない力が現れようとしていた。

 自分と同じ……しかし明らかに自分を遥かに凌駕している闇の魔力の“何か”が。


『「呪いの力を乱用し、自らを王と言って憚らない不届き者へ……是非とも教えてやって下さい…………本当に恐ろしい……呪術の力を……」』


ズズズズ…………


『「さあお願いいたします…………第一都市伝説“理不尽な追跡者”」』

『!? マズイ!!』


 男は本能的に位相のズレた場所であろうと、この場面を見ているだけでやばいと感じた。

 そして長い時間自分の意識を置いていた位相から意識を自分の体に、実に数百年ぶりに戻す。


本体意識覚醒ログアウト!!』

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