第百六話 不死病の森探索ツアー前編 (天音サイド)

『哀れな死者の魂を開放して最後の想いを、言葉を残す事が出来る貴方の夢による浄化の方が優れているに決まっているではないですか!』

『死に際なんか碌な思い出も無いだろ。自分が既にアンデッドになっている事実を突きつけて必要の無い苦痛を与えるより苦痛も無く成仏させられる聖魔法の方が正しいだろ!』


 前の世界……ユメジが『夢葬の勇者』だった時、パーティーの中でアンデッドに対して唯一『浄化』の術を持つユメジと『聖女ティアリス』の二人はよくそんな言い争いをしていた。

 曰く、どちらの浄化手段がアンデッドにとって正しいのかという事なのだが何時もその議論は平行線だった。

『聖女』の名を冠したティアリスは字の通り聖魔法を得意として、その浄化の光でアンデッドを一瞬にして浄化消滅させる。

 反対に聖魔法どころか基本的に『魔力』の扱いが得意じゃないユメジは『夢の本』を利用してアンデッドになってしまい封印されていた死者の魂を『死期覚醒』で解放覚醒させて自我を取り戻させ、そして『夢枕』で“向こう”から近しい人に迎えに来てもらうという……どちらかと言えば霊媒師のようなやり方を取っている。


 ただ、その議論が平行線を辿っていても仲間である私たちは特に止める事もなかった。

 だって互いに相手の方が正しいと言いあっているのだから、ケンカと言うよりは褒め殺し合い…………弊害があるとすれば若干私は間に入れ無くてちょーっと妬けるくらいだ。

 そればかりはいくら魔力が高かろうと『浄化』が出来る者にしか共感できない悩みなのだろうから仕方が無い事なんだけど。


 これについては外野から見ても一長一短、どちらの意見も正しく……そして時と場合によるとしか言えない。

 相当ひどい目にあった人に対して“その瞬間”を思い出させる事無く涅槃に導くならティアリスの聖魔法が、どうしても伝えたい事がある、どうしても成さねばならない最後の使命があると言うならユメジの方法が有用と言うだけだろう。

 明確な答えなどない……それは本人たちが一番理解している事だった。


 アンデッドの浄化については聖魔法を扱う聖職者の人たちが一度は必ず思い悩む通過儀礼のようなもので、その精神が高潔であればあるほど、自らの使命に思い悩むものらしい。

 一度ティアリス自身が『自分たちの行いが本当に正しいのか……』と零していた事もあったから、聖職者として最上位の『聖女』であってもその悩みとは一生涯付き合って行く事になるんだろう。


 ただ……これだけは言える事がある。

『アンデッドキラー』と呼べる二人であったがどちらもアンデッドの呪いを断ち切り、向こうに送った人々からは感謝されていたという事を……。


                 ・

                 ・

                 ・


「コノハちゃん後に!」

『任せてなのです! 狐火!!』

「「「ギョオオオオオオオオ…………」」」


 神々しい炎に包まれ浄化消滅していくのはゾンビ化してしまった狼や熊……瞬間的にアンデッドから解放する。

 その姿は遠い遠い、もう二度と会う事のない友人『聖女ティアリス』を思い起こさせる。

 正統派美少女のティアリスとギャル系美女なカグちゃんでは姿形は全く違うのに妙なくらいダブって見えるから不思議。

 考えてみればティアリスだって腐敗した教会上層部に反旗を翻そうとしていた熱いひとだったものね…………同じ立場なら絶対にカグちゃんもやらかしたと思うし……。


「類は友を呼ぶ……とは言うけど、この場合は私の友人は……って事になるのかな?」

「何か言った?」

「あ……ううん何でも……私の友達は色々強者だよな~って」

「は、は、は~もっと褒めたまえ!」

『わ~い! お姉ちゃんに褒められたのです~』


 嬉しそうに言うコノハちゃんの顎のあたりをモフモフ撫でてあげる様は危険地帯であるはずの『不死病の森』にいると言うのに余裕すら感じられ……まさに『金色の獣使い』と言うにふさわしい。

 

「でも友達と言えば……カムちょんの方はどうなってるかな? あの娘もこっちに飛ばされてんでしょ?」

「うん、残念ながらまだ発見されてないけど……」

「私はコノハちゃんっていう頼れる相棒がいたからこうして無事だけどさ……」


 カムちょんこと神威愛梨は現在も捜索中なのだが、今のところスズ姉から発見の連絡は無い。

 自分だって転移当初からアンデッドに囲まれるハードモードを経験しているのだから、カグちゃんが心配するのは最もな事。

 しかし私は今のところ生死についてはあまり心配していない。

 コレが『神崎天音』の状態だったら違ったのだろうけど、『無忘却の魔導士』である現状では友人二人が“二人の女神”から緊急処置で付いた転移特典がどれほどのものなのか、ある程度の予測は付く……おそらく命の心配はないくらいの“何か”は手にしている。

 ただ……だからこそ別の心配はあるのだけれど……。


「異世界転移にチート能力……あの娘にとって劇薬になってなきゃいいけど」


 私がボソリと言うとカグちゃんの表情がピシリと固まり一筋の汗が……そして数秒間考えてから何とか口を開く。


「だ……大丈夫じゃない? 幾らあの娘だって時と場合くらい考えるでしょ? 身の危険があるこんな時くらい自重する分別は……」

「あると思う?」

「…………………」


 私の言葉に笑顔のまま口を閉ざすカグちゃん……うん、分かってて言ってたね。

 そんな事、あの娘が絶対にしないだろうな~って。


「ねえアマッち……あの娘に特典が付いたとして、どんなのだと思う?」

「そうね……カグちゃんの例で考えると“自分に合った特性を強化”って感じだとおもうのよ。カグちゃんの最大の強みはコノハちゃんって稲荷神との繋がりでしょうし、獣使いって括りで強くなったんじゃないかな?」

「私の強み……ね」


 そう言いつつコノハちゃんの顎下をモフモフするカグちゃん……ちょっと羨ましい。

 なので私もご相伴にあずかる事にする…………わあ、フワフワのモコモコ……。

 

「こういう方向性で勝負に来られたら私には勝ち目が無いわ……コノハちゃんのモフモフ感……プライスレスよ」

「イイでしょ~。でもこの子はうちの子ですからね」

『ふ、二人とも、くすぐったいのです~~~』


 調子に乗りコノハちゃんの全身を撫でまわしていると困ったように抗議の声が……そして大きかった姿をいつもの子狐形態へと戻ってしまう。

 ……すみません調子に乗りました。

 でも今の姿も愛らしくて、抱きしめてしまいたくなる。

 まあこれ以上は嫌がられるだろうから自重しましょう……うん。

 この辺はカグちゃんも同意見だったようで、コホンと咳ばらいを一つ入れる。


「そ、それでカムちょんがそんな流れで自分の強みを強化されるとしたら、どうなるのか想像できる?」


 誤魔化すようにそう聞かれたのだが、生憎私も想像は付かない。

 見つからないって事では無く、正直想定が出来過ぎて判別ができないのよね……。


「どうだろ……多分だけど転移特典として『膨大な魔力』は宿っていると思うけど、だからって魔法を駆使しているかどうかは分からない事だし……」

「……と言うと??」

「魔法何て物は本人のイマジネーションによるからね~。本人が具体的にイメージ出来るかどうかで8割方魔力の使い方は決まっちゃうワケだし……」


 この辺は“前の世界”での受け売りだけど、おそらくこっちの世界でもあまり変わりは無いでしょうね……現状私が魔法を使えているのだから。

 ただカグちゃんとしては初耳だったようで、私のそんな話に興味津々に食いついて来る。

 ついでにコノハちゃんも……。


「アマッち詳しいね~。その魔法の知識も転移特典の一つなの!?」

「え……あ~~まあね」

『お姉ちゃん凄いのです! お母様に神通力の使い方を教わっているみたいなのですよ!」


 前にも異世界転移した事があるから……などと説明したところであまり意味は無いでしょうから……私は彼女たちの勘違いを特に訂正もしない事にした。

 さすがにあの世界での出来事を公表するのは『今のアマネ』でも抵抗が……。

 私は誤魔化すように魔法についての話を続ける。


「普通は手から炎を出すとか、何もないところに水を出すとかイメージ出来ないでしょ? それが出来るようになる為には“自分は手から火が出せる”と信じ込む必要があって、本来ならその思い込みが出来るようになるまでに何年もの年月が必要になるのよ」


 この辺は日本人である私も最初のうちは苦労した事……ユメジが危ない目に遭う寸前、切羽詰まった状況になってようやく炎が出せたのだったから。

 逆に言えばその思い込みが出来る人ほどの見込みは早かったりするのよね。

 ハッキリ言って、カムちょんはその辺才能バリバリだと思うけど……説明していくとカグちゃんの表情が少々険しくなっていく。


「……つまり私はその辺思い込む事が簡単にできる、手から炎が出せるって夢見がちな方って事になるのかしら?」


 険しい……と言うよりは若干恥ずかしいようね。

 気持ちは分からないでも無いけど……カグちゃんは転移当初からアンデッドを浄化するほどの術を使いこなしていたからね。

 私は苦笑しつつ首を振って否定してあげる。


「カグちゃんの場合はどちらかと言えばコノハちゃんに対する想いが強いからだと思うわ。まだ子供でも稲荷神である彼女であったらこんな事が出来るだろう……って感じに」

「あ……あ~~~確かにそう言われればそうかも……」

『ええ!? モモちゃんそんな事思っていてくれたですか!?』


 私の見解にむしろコノハちゃんの方がビックリしてしまった。

 元々自分に自信がある方ではないコノハちゃんは、自分がそんな風に頼りになると思われているとは考えてなかったんでしょうね。

 でも彼女は神楽家の守護神、見た目の割に信心深い方であるカグちゃんが心理的に敬っていないハズはないもの。

 カグちゃんは納得したようでしきりに頷く。


「……確かに我が家の守り神様だもの。あらゆる厄災から身を守ってくれる最高の神様だもの。ゾンビくらい軽く蹴散らしてくれる……くらいは思ってたわね」

『モ、モモちゃん……』

「わ……こ、こら……」


 どうもコノハちゃんにとってこの言葉は琴線に触れたみたいね。

 カグちゃんの肩に乗っかるとそのまま頭にヒシッと抱き着いてしまう……むう、うらやましい……。


「ただ、逆に言えば今のカグちゃんは“コノハちゃんを通じて”力を発揮しているって事になるから……完全に使いこなしているワケじゃないのよね」

「使いこなしていない? 今まさに使っている『狐火』とかの事?」

『そんな事無いと思うです! カグちゃんから神通力を貰ってるから『狐火』とか本当なら私がまだ使う事の出来ない稲荷神の術が使えるのです!!』


 コノハちゃんは自分たちの力にチャチャを入れられたように感じたのか、ちょっとムッとした様子を見せる。

 そんな姿も愛らしいけど、私はコノハちゃんのマイナス査定に耐え切れず、すかさずフォローを入れた。


「ああ~違う違う、そう言う意味じゃなくて今はあくまでカグちゃんとコノハちゃんに魔力を込めるコンビプレイの段階って事。ただそれでも十分強いけど、多分二人の戦い方には先があるのよ」

『「先?」』


 主と肩に乗った守護神が揃って似たような顔で小首を傾げる。

 何だろう……種族すら違うのに姉妹にすら見えて色々と負けた気分になるけど。


「今の状態はカグちゃんが“弾丸”でコノハちゃんが“銃”だけど、それを“電流とブースター”の関係に昇華出来れば……つまり……」

「ふむふむ……」

『な、なるほどです……』


 そんな感じで魔法や魔力に関する講義をしつつ私たちは『不死病の森』の奥へと進んでいく。

 当然その間にも襲ってくるアンデッドがいて、それらを軽く蹴散らしながら……。

 私は得意の魔法で力押で倒すだけだけど、カグちゃんコノハちゃんのコンビは『狐火』で一撃で消滅させ、更に森広がる薄気味悪い瘴気を『狐の嫁入り』で浄化していく。

 危なげない姿に私は自分の初心者時代を考えると、少し複雑な気分……。

 ただ、それとは別に気になる事もあった。


「さっきから動物系のアンデッドしか見ていない気がする……」

「そう言えば……いつもよりも人型のアンデッドが襲ってこないね。さっきから出てくるのは狼とか熊とか昆虫とか…………でもそれがどうかしたの?」

「……ちょっとね」


 足の多いのは本当に勘弁してもらいたいけど……私はアンデッドの本拠地に向かっているのに動物系のアンデッドしか出てこない事にある予感がしていた。


「これは…………やっぱり保険を残しておいて正解だったパターンかな?」


 そして冒険者たちによる『不死病の森』の命がけの探索で齎された情報を元に、主に樹木に付けられた目印を辿る事数時間……薄暗い森の中に唐突に、何の脈絡も無く非常に大きな館が姿を現した。


「なに……この館は……」

『おっきいのです……』

「…………」


 まるで三文ホラーの如く山の中にある、最初からそう言う風に作ったとしか思えないような不気味な雰囲気を醸し出す館。

 私は“魔力感知”で魔力の流れを読み取りこの館がどういう物で、そしてどういう役割を“森全体に”齎しているのかを理解する。


「森全体を覆っている呪法結界……その中心部にあるわね、この館」

「呪法結界って……もしかして数十年前から森で死んだ人はアンデッドになってしまうようになったっていうヤツの?」

「ええ、原因でしょうね。ほぼ間違いなく」


 私はカグちゃんの質問に即答しつつ、さっきから肌で感じる冷え冷えとした薄気味悪い魔力に一瞬鳥肌が立った。

 カグちゃん、コノハちゃんも何かを感じたのか顔を顰めて体を震わせているし……。

 これは……いるわね間違いなくこの中に。

 元凶である何か、アンデッドの親玉に収まっている諸悪の根源『エルダーリッチ』が。

 そうこうしていると薄気味悪い館の扉がゆっくりと開いて行き……その何も見えない漆黒の内部をさらけ出す。

 漏れ出す冷気に館と言うよりは誰も入る事のない洞穴のようにも見えてしまう。


「ご招待……ってことかしらね」



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