第92話 素材回収

 ワイバーンの討伐を終えて集まる一行。


「珍しく蒼真さんが苦戦してましたね」


「なんか今までの難易度10の魔獣モンスターより強かった気がするな」


「蒼真と千尋が戦ったワイバーンは他のよりも圧倒的に強いと思ったわ」


「体もすっごく大きいですもんね!」


 そう、千尋と蒼真が戦ったワイバーンは他のワイバーンに比べて体の大きさが二倍近くある。

 今日戦ったワイバーンの中でも最も古くから存在する個体なのだろう。


「たぶん千尋君が戦ってたのはS級魔獣に相当するんじゃないかな? あの強さなら間違いないと思うけど」


「S級魔獣ってなんですか!?」


「あれ? 聞いた事ない? 冒険者のクエストにはならない上位の魔獣だよ。S級からA、B、C級まであるんだ。この前話した超級魔獣はそれとはまた別格だけどね」


「じゃあオレが倒した個体は何級くらいだろうな?」


「蒼真君が戦ったのでA級くらいだと思うけど。まぁ限りなくS級に近いとは思ったけどさぁ」


「B級C級はどれくらい強いのかしらね?」


「んー、そうだな。さっきみんなが倒した色の綺麗なワイバーンはC級魔獣って言っていいんじゃないかな?」


「それは何を基準に決まるんだ?」


「朱王様が各国の魔獣研究者とともに定めています。難易度10の強さに幅があり過ぎるのではないかと、各国と話し合って決められた上位魔獣の階級です」


 アイリは朱王の部下、しかも本部に所属する幹部という事で一般には知られていない情報も持っている。


「まぁその朱王さんが言うのなら納得!」


「上位魔獣とかいい話聞けたな」


 このパーティーなら今後も上位魔獣と戦う機会もあるだろう。

 本来役所からはクエストを発注されない、放置された魔獣が上位魔獣だ。

 人的被害を予想される場合には王国の騎士によって討伐される事になるだろう。

 これまでは幾度か朱王が各国を訪れた際に討伐しており、もちろん王国からの依頼という形で報奨金も受け取っている。






 倒したワイバーンから素材を回収しよう。


 まず必要なのは飛行装備の翼だ。

 使用するのは翼と骨格となる部分。

 強度が充分であれば翼の皮だけでも問題ないが、ワイバーンではどうだろう。


 普段朱王は飛行装置を腰布として巻いている。

 最古の魔竜ヴリトラの翼皮を加工した飛行装備だ。

 ヴリトラの素材は強度、硬度、耐火性、耐熱性、耐衝撃性、耐刃性、他にも様々な耐性があり、魔力を流せばその分耐性も上昇する。

 魔力を流せば強度と硬度が充分なヴリトラの素材は骨格を使用する事なく飛行装備として使用する事が可能。

 しかし飛行装備としてはまだ不十分と考える朱王。

 翼として使用する事ができる腰布だが、飛行する為に複数の魔法を重ねて使用している。

 今後は特殊な魔石を組み合わせて、魔力を流すだけで自由に飛び回れる用に改造するつもりだ。




 まずは最初に回収した若いワイバーンの翼から処理する事にする。

 朱王は車に備え付けてあったミスリルのダガーを強化してワイバーンの翼の飛膜部分を切り落とす。

 飛膜は飛行の為に使われる膜状の部分で、皮膚のひだのようなものだ。

 切り落とした素材は加工が必要だが、まずはその性能を確かめる。

 強化の魔力を流し込み、強度と硬度を確認する。

 硬度があれば骨を使わなくても翼として使えるようにできる。

 ワイバーンの飛膜は柔軟性があり、強度も耐刃性や耐火性などもあるようだ。

 ただ若干硬度が足りない。

 まぁこれも予想通りだ。

 次に骨を包んでいた部分の皮を剥ぎ取って確認すると、強化の度合いで硬度も充分となる事がわかった。

 骨を使わずに表皮を加工して橈骨とうこつ指骨しこつを作る事にしよう。

 もう一枚の翼も同様に皮を剥ぎ、綺麗に折り畳んで袋に詰める。


 今度はミリーの倒した赤いワイバーンの翼を根元から斬り落とす。

 翼を斬り落とされたワイバーン、もとい巨大な鰐を魔石に還す。

 体の本体が魔石に還ると魂か何かが魔石に還るような状態となるのだろう、切り離された体の一部は素材として残る。

 素材に地属性魔法を流しても魔石に還る事はない。

 素材となる飛膜と表皮を剥ぎ取って魔力を流して確認する。

 さすがに上位魔獣にまで育ったワイバーン素材は強度、硬度ともに充分だ。

 通常のワイバーン素材よりも耐刃性が高く、魔力で強化されていない皮でもかなりの強度を保つ。


 ワイバーンの素材が飛行装置に使える事が判明した為、素材を全員で剥ぎ取ることにする。


 残りの十六体を一体ずつ素材を剥ぎ取ろう。


 まずは剥ぎ取るのが楽な若いワイバーンの素材から回収する。

 すでに息耐えたワイバーンの翼とはいえ、魔力を込めたミスリルの刃物でなければ切る事はできない。

 飛膜を綺麗に切り取り、肉から皮を剥いでいく。

 両翼とも皮を剥ぎ、袋に詰めて完了。

 他の八体もどんどん剥いでいく。


 次に鮮やかな緑色の個体。

 上位魔獣となったC級のワイバーンだ。

 ミスリルダガーを強化して一気に切るが、若いワイバーンに比べてかなり切りにくい。

 魔法で切り落とそうかとも思ったが、素材をボロボロにするわけにもいかない。

 丁寧に交代で剥ぎ取り作業を行った。

 

 同じように紫色、薔薇色、黒と橙色のワイバーンも素材を剥ぎ取った。


 今度は蒼真が倒したワイバーン。

 蒼真の風刃でも斬る事のできなかったA級魔獣。

 死体となった今はどれほどの強度があるのかわからない。

 蒼真が強化したミスリルダガーで飛膜を切りつける。

 しかしダガーは飛膜の表面を撫でただけ。

 それならばと全力の強化で飛膜を切る。

 ギ、ギギィ…… と切断することに成功。

 ふぅ、と一息つく程に力も入れた。

 飛膜を一枚切り取って、ウズウズしているアイリにダガーを渡す。

 全力強化で飛膜を切る。

 腕力が足りないのか途中で止まってしまう程に強度のある素材。

 リゼと二人掛かりで強化して切り取った。

 素材の剥ぎ取りに苦戦するメンバーから、得意気にダガーを受け取る千尋。

 やはり強化は地属性だよねーとダガーを当てて切り込む。

 ギ、キギギィィ…… やはりまともに切れなかった。

 このままでは地属性を得意とする自分の名が廃ると、別に名は廃らないと思うが、リクとシンの同時強化で飛膜を切る。

 ズザァァァァアと飛膜が切れる。

 パァッとすごく嬉しそうな表情をする千尋は一応平静を装っているつもりだ。

 全員にバレバレだが気付かずに作業を進めていく。

 リゼは身悶えしていたが。


 そして最後に千尋が倒した純白のワイバーン。

 S級魔獣ともなるのだが、強度はA級魔獣とそれ程違いはなかった。

 巨大さと戦闘能力の高さはA級魔獣を上回るようだが。


 全て剥ぎ取ったら肉は…… 物凄く固そう。

 七体ものワイバーンから素材を剥ぎ取ったミスリルダガーは、刃こぼれで使い物にならない程。

 他の魔獣が食べに集まるかもしれないので、とりあえず穴を掘って埋めることにした。

 穴を掘るのはやはりこの方。

 穴掘り名人が穴を掘る。


「誰の事!?」


 …… 千尋が穴を掘り、残った骨つき肉を埋めて素材の回収も終了。




 蒼真から魔法の洗剤をもらって手を洗い、レジャーシートを広げて弁当を並べる。

 今日は荷物が運べなかったのでテーブルや椅子はない。

 剥ぎ取った素材を入れた袋は車のルーフに固定した。


「今回はオレもレベルが上がった気がするよー!」


 肉団子を頬張りながら嬉しそうに言う千尋。


「え!? もしかして私だけレベル8のままなの!?」


 リゼは苦戦する事はなかった為、レベルが上がった感覚は全然しない。

 蒼真の戦ったワイバーンもかなり強い個体だったのだが、上級精霊であるランもいる。

 下級魔法陣を発動して倒したとはいえ、精霊魔術だけで充分戦える魔獣だった為レベルは上がらないだろう。


 勇飛達は少し考えるものがあった。

 レベル10にもなっていないゴールドランク冒険者の千尋達。

 これまで何度か他のゴールドランク冒険者に会った事があるが、それほど強いと感じる事はなかった。

 しかし目の前にいる千尋達は、自分達パーティーで一人に挑んだとしても勝てるとは思えない。

 ここ数年強くなろうという努力をしてこなかった事が悔やまれる。

 千尋達パーティーに出会って新たな力を得た今、確実に強くなったと言える。

 しかし努力次第ではまだまだ強くなれる事を知った。

 そして今後訪れるかもしれない魔族との戦争。

 それは人間族の国で最も東に位置するクイースト王国は最前線となる事を意味する。

 まだ死にたくない、負けたくない、守りたいものもある。

 それなら強くなるしかないだろうと自分の意思を固める事となった。


 無言で考え込みながら弁当を食べ終え、大量のお菓子を渡されて食べる。

 そして水筒に入ったジュースを飲みながらも考える。

(強くなるた…… 甘くてうめぇ!)考えがまとまらなくなった。




 くつろぎながらお菓子も食べ終わり、片付けをして帰る事にする。

 車に乗り込み、朱王が運転して帰る。

 後部座席ではいつものように映画鑑賞だ。

 朱雀には悪いが帰りもまた朱雀丸でお休み頂こう。

 帰りも考えがまとまらずに映画を観る勇飛達だった。




 役所でワイバーン討伐の報告だ。

 大きな魔石をゴトゴトと受付の作業台に並べる。

 合計十七個。

 その中でも一際大きい魔石はS級とA級魔獣の魔石だ。

 今回は受付の女性も叫ぶ事はなかったが、驚愕の表情で所長を呼びに行った。

 表情の豊かさが受付嬢の採用条件なのかもしれない。


 千尋とリゼ、朱王とミリーは朱王邸へと先に帰る。

 素材のなめし加工を業者さんへと依頼する為だ。


 所長室へと案内され、説明を受けるのは蒼真とアイリ、勇飛パーティーだ。

 千尋達が車で帰ったが、それ程距離もないので帰りは歩きでいいだろう。


 所長の話では難易度10として討伐されたのは十体。

 他の七体は魔石を研究所に送って結果を待つとの事。

 報酬は国から出る為後日となる。

 十体分の報酬6,000万リラを受け取って帰る事にする。

 勇飛が金額に震えながらも報酬を受け取り、歩いて朱王邸へと向かう。




 先に邸に着いた四人は、この国の一流の革職人の店をカミンに案内してもらう。

 カミンを車に乗せて向かい、貴族街にある一流革職人のお爺さんに素材を一翼を残して全て渡す。

 素材の質に驚いたお爺さん。

 素材の一部を貰えればお代は要らないとの事でそのままお願いした。

 鞣し加工に半月程かかるとの事で、色の指定は後日また伝えに来る事にした。


「ん? 色の指定? あの色じゃないの!?」


「色は全部青白くなるよ。それを染色して素材にするからね。みんなで好きな色を考えようか」


 それならどんな色でも選べるので楽しみだ。

 飛行装備は朱王のように腰布として装備するので自分に合った色で作る事にしよう。

 今後、超級魔獣の素材も手に入れるつもりだが、もしかしたら要らないかもしれない。


 まず素材は決まった事だし、次のステップに進む事にしよう。

 朱王は素材の加工のみで飛行装備としているが、誰もがそれだけで飛ぶ事ができるわけではない。

 特殊な魔石を買い集めてミスリルのバックルに埋め込もうと考える。

 このクイースト王国は魔法の国。

 特殊な魔石も研究所に行けばあるだろう。

 そこで魔石の組み合わせを変えながら、簡易的に作った飛行装備で実験をしようと考える。

 簡易的に作る飛行装備は、一翼だけ残した若いワイバーンの皮を魔法で強制的に鞣し加工して素材として使う。

 状態のいい素材にはならないだろうが、飛行装備として使うだけなら問題ないだろう。

 あくまでも実験用だし、実験が終わったら研究所に提供するつもりだ。


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