第76話 朱王邸

 朝日を浴びて目を覚ます。

 白いレースカーテンから差し込む日差しは、朝日の鮮烈な眩しさを柔らかくする。


 辺りを見回すとうっとりとする様な綺麗で可愛らしい部屋。

 白い天蓋カーテンとフリルのついたベッド。

 ミスリル製の銀色のシャンデリア。

 天井は白と空色で塗り分けられ、壁面は純白に鈍色の花柄が彩られる。

 鈍色の洋服棚とソファや椅子。クッションは空色のものが置かれている。


 お姫様が住むような華やかでロマンティックな部屋だ。


 洗面所で顔を洗って歯磨きをし、部屋着のまま中庭に出る。


「おはようございます、千尋様。お飲み物は何をお持ちしましょう」


 すでに起きていたカミンが問いかけてくる。


「おはようカミンさん。じゃあコーヒーをお願いします」


「はい。少々お待ちください」


 一礼して去っていくカミン。


 千尋は中庭にあるテラスで魔力球の操作を始める。

 今日も一つ増やしたいができるだろうか……

 現在魔力量1千ガルドの魔力球を三十八個維持しているが、日によってはうまく作れない事もある。

 やはり個数を増やすごとに難しくなり、無意識下とはいえコントロールしている事に変わりはない。


 魔力操作で集中する千尋に気付かれる事なくコーヒーを置いていくカミン。

 一礼して去っていく。




 しばらくして起きてきたリゼ。

 今日は少し早起きしたので千尋に声を掛けずにコーヒーをもらう。

 すでに千尋のコーヒーは冷めている。

 代わりのコーヒーをお願いしてミリーやアイリの目覚めを待つ。




「おはようございます! リゼさん! 千尋さん!」


 ミリーとアイリが起きてきて挨拶をする。

 千尋は名前を呼ばれた事で意識を覚醒させる。


「おはよう皆んな」


 笑顔で挨拶を返す千尋は女性陣から見ても可愛らしい。

 なんだか嬉しそうな表情から、今日も魔力球を一つ増やせたのだろうと思われる。


 カミンからミリーとアイリもコーヒーを貰って今日はどうするか話をする。


「今日はこの邸で遊ばない? プールもあるし…… でも水着がないか。まずは買い物かな?」


「朱王様が商人を呼んであると言ってましたよ。水着や装備以外の私服を買おうとの事です」


「わぁっ! 私プールなんて初めてです!」


「私も何年振りかしら! ザウス王国ではプールなんてなかったもの」


「朱王様のお邸には全てプールが付いていると言ってましたよ」


「朱王さんの邸ってここだけじゃないの?」


「各国にお邸があります。全て国王様方から頂いたお邸だそうですがどこも凄いお邸のようです」


 朱王はゼスの邸には二ヶ月に一度訪れるので、アイリ達幹部もよく報告に行っていた。

 ザウス王国ではクリムゾン隊員達が使用していた為、訓練を見る際に一緒に宿泊した。

 やはりゼス同様大きな邸だったが、大勢住む為に改装されたのか部屋数が多かった。


 とりあえず今日は商人から水着と私服を購入し、プールで遊ぶ事にした。




 いつものようにミリーが朱王を起こしに行き、蒼真を千尋とリゼ、アイリで起こしに行く。

 もちろん魔力鍵がかかっていて開けられないので、マスター鍵となるカミンが部屋の解錠をする。


 蒼真の部屋に入った千尋は衝撃を受ける。

 千尋の部屋とは違い可愛らしい部屋ではなかった。


 白に金の装飾は壮麗かつ豪華な部屋、バロック様式を彷彿とさせる美しい部屋だった。

 家具にもアンティーク家具を多数そろえることで豪華な部屋に。

 ミスリルのシャンデリアにより部屋は華やかさで溢れ、ベッドテーブルを備え付けて煌びやかなだけではなく機能面も充実。

 壁や天井などにも細かいデザインが加えられて美しく煌びやかな部屋となっていた。


「な、なんで……」


「どうしたの千尋?」


「オレの部屋と全然違う……」


「私の部屋も違うわよ? 千尋の部屋が見たいわね。蒼真を起こしていきましょう」


 寝ている蒼真をアイリが覗き込む。

 普段はキリッとした蒼真も寝ている時は少し幼さもあり少年のように見える。

 とりあえず頬をツンツンして起こそうとする。

 パチっと目を開く蒼真。


「…… おはよぉ」


 再び目を閉じる蒼真。

 二度寝しようとしたのでアイリはツンツン連打で起こした。




 千尋の部屋に入るリゼとアイリ。

 確かに可愛らしい部屋。

 千尋に似合いそうなお姫様部屋だ。


「ね、なんか可愛らしい部屋だよねー。部屋変えたい」


「ねぇちょっと千尋。ベッドに寝てみて!」


 リゼに促されるままベッドに潜り込む千尋。

 いつもの寝格好で目を閉じる。

 それを覗き込むリゼと、リゼの顔を覗き込むアイリ。

 アイリの顔がギョッとする。


「リゼさん!? 顔が犯罪者みたいですよ!?」


 言われて顔をバッと押さえるリゼ。

(やばいわ! 可愛すぎて鼻血が出そう!)


「ねぇ、もう起きてもいい? あれ、リゼどうした? 顔が真っ赤だよ!?」


 ティッシュで鼻を拭いて確認したが鼻血は出ていなかった。


(ふぅ…… 千尋の寝顔は殺人的ね! あとで朱王さんから魔石もらって記録しよう)


 平静を装って千尋に向き直り、全員の部屋を見て回る事にした。




 千尋の隣はリゼの部屋。

 千尋の部屋とはまた違った感じのお姫様部屋で、白い家具にピンクの壁の可愛らしい部屋だ。

 千尋にまたベッドに寝てもらい、顔を押さえながら覗き込むリゼだった。


 次にアイリの部屋。

 アイリの部屋も白と薄紫色の綺麗で可愛い部屋だった。

 チラチラとアイリを見るリゼはまた千尋を寝かせたいのだろう。

 ちょっとリゼが怖いのでスルーした。


 邸の左側の部屋手前側は蒼真の部屋。


 その隣のミリーの部屋は蒼真の部屋に似たバロック様式の部屋で、赤色が多用されていてまた美しい。

 ミリーがベッドに飛び込んだのを見てアイリも一緒に飛び込んでいた。


 朱王の部屋は白と黒を基調としたモダンな部屋で、着替えをした朱王がソファに座る様はとてもカッコよく似合っていた。




 全員部屋着のまま朝食を摂る。

 やはり一流料理人の作る朝食は美味しく、満腹になるまで食べてしまった千尋達。


 朝食後に少しくつろいでいると、玄関にお客さんが来たようだ。


「朱王様。商人のレントン様がお見えです」


「わかった。じゃあ早速皆んなで服と水着を買おう」


「わーい!」と立ち上がって玄関を出る。




 竜車を引いて来た商人レントン。


「朱王様お待たせしました。皆様もごゆっくりお選びください」


 各々まずは水着を選ぶ。

 様々な種類があるので女性陣は迷う。

 朱王はあまり迷う事もなく赤と黒のサーフパンツ。

 蒼真も続いて紺色に黄緑のラインが入った物を選んだ。

 千尋が黄色と灰色のサーフパンツを選ぼうとしたところでリゼが水着を当ててくる。


「やめろーーー!!」


 体を抱え込んで飛び退いた千尋。

 リゼが千尋に当ててきた水着は女物だった。

 白いビキニを持つリゼに、さすがに千尋も叫んでしまった。

「似合うと思うのにー」とリゼは口を尖らせていた。


 ミリーとアイリが水着を見ながらこれは恥ずかしいとかお腹を出すのはとか選べずにいるようだ。

 プールのほとんどないアースガルドでは水着など見る事も着る事もないだろう。

 仕方なく朱王が「これ似合うんじゃない?」あれもこれもと色々選び出した。


 その中からアイリが選んだのは黒と紫のボーダーのビキニに、ロンパースがついた水着だ。

 最初は恥ずかしいかもしれないだろうと朱王がロンパースやパレオ付きの水着を複数選んでいたのだが。


 ミリーはホルターネックの黒い水着。

 レースのスカートがついた綺麗で可愛らしい水着だ。

 ミリーが朱王と同じ黒いのが良いと言うので朱王が選んだ。


 リゼはパレオ付きの花柄ビキニを選んだ。

 色は緑地に白と黄色の花がついた綺麗な水着。

 リゼにとても似合いそうだ。


 千尋と蒼真はサングラス選び。

 全員サングラスも買う事にした。


 女性陣には髪飾りも選び、リゼが千尋の分もこっそりと購入。




 私服も数着ずつ購入。

 あまり買いすぎても運べなくなるので控えめに。

 どの服も貴族が買うような高級な物ばかりらしく、手触りからして全然違う。

 しかしデザインが地球でも見るようなものが多く、ドレスのようなものはほとんどない。

 朱王も新しく数着買っていた。


 朱王が請求書を受け取ってカミンに渡す。

 千尋達の支払いはどうするのだろうと思っていたが、カミンが支払いは必要ないと言う。

 よくわからないが朱王が買ってくれたという事だろうか。


「みんな部屋着を着替えたら? プールは午後から入ろうよ」


 朱王に促されて各々部屋で着替えてくる。




 朱王は着替えは必要ないので車から魔石を運び出し、一階左奥の部屋に運び込む。


 着替えの終わった千尋と蒼真。

 男の着替えなんて早いものだ。


 千尋は首元が広く作られた黒と青のボーダーシャツ、黒いサルエルパンツにスカートを組み合わせたようなパンクスタイル。

 普段女の子みたいな装備と思っている千尋は、何故か地球でも着ることのなかった服装を選んだ。


 蒼真は白のVネックシャツに黒い袖の短いジャケットを羽織り、茶色のクロップドパンツをはいて爽やかな印象だ。




 少し待つと女性陣も着替えが終わったようだ。


 リゼは茶色のノースリーブに、かぎ編みされた白いポンチョを羽織る。

 下には紺色のホットパンツをはいていて涼しそう。


 ミリーは紫色の花柄が描かれた、膝上丈の真っ白なワンピース。

 普段とは真逆の清楚な服装だ。


 アイリは白いラッフル袖のシャツに緑色のフレアスカートをはく。

 アイリが着たことがない緑色を選んだのは蒼真だ。


 普段とは違った服装にきゃっきゃウフフするリゼとミリー、アイリ。

 それを見ながらコクコクと頷く千尋と蒼真。


「そういえば朱王はどこですか? この服見てほしいです」


「朱王様は奥の部屋にいらっしゃいます。こちらへどうぞ」


 カミンに促されて全員で向かう。


 食堂と同じくらいの広い部屋で朱王は作業をしていた。

 ミスリルの巨大なプレートの背後に回って何か加工している。

 映画鑑賞用のミスリルプレートを作っているようだ。


「ん? 皆んな着替え終わった? これもう少しで終わるから待ってね」


 数分で作業は終わったようだ。

 魔力を込めると映像が映し出される。

 それを見たカミンは驚愕していたが。


「カミン。夕食後は皆んなで映画を観よう。邸の皆んなに伝えてくれるかい?」


「エイガ…… よくわかりませんがお誘いありがとうございます。ご一緒させて頂きます」


 一礼して部屋を後にするカミン。

 全員に伝えに行ったのだろう。


「朱王! どうですか!? 似合いますか!?」


 朱王に褒められてミリーは大満足。

 アイリやリゼも朱王に褒められて喜んでいた。


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