第57話 特訓

 翌日もクエストに行き、帰って来てからは訓練をした。


 リゼは最初に強化の訓練、千尋とアイリは昨日と同じ訓練だ。


 アイリの攻撃は魔剣クラウ・ソラスの作りもあって物凄い速さだ。

 その速度に千尋は余裕をもって受け続ける。

 千尋と訓練を積む事でアイリの上達は異常な程早いのだが本人は気付いていない。

 千尋の余裕がアイリの限界を超えさせていく。


 十分間のインターバル。

 休憩の間にミリーが回復する事で体の痛みも消え、次の攻撃の番にはさらに強くなっているアイリ。

 防御も同様に必死で千尋に食らいつく。

 千尋の器用さがアイリの紙一重で止められる位置に打ち込まれていく。




 リゼも強化をしたままミリーとの訓練を始める。

 ひたすら攻め続けられる恐怖にやはり涙目になるリゼ。


「ちょっとミリー!! やっぱり怖いのよ!!」


「そうですか? リゼさんはまだまだ恐怖を知りませんね」


「それなら蒼真との訓練を見せてよ!」


 という事で蒼真が攻撃、ミリーが防御の訓練を見せてもらう事にした。


 魔力を練る蒼真はランを呼び出して風を纏う。

 魔力量から全力である事が伺える。


 一瞬で間合いを詰めて逆袈裟に切り上げる蒼真。

 打ち付けるように受けるミリー。

 爆風と爆音。

 歯をきつく噛み締めて攻撃を受けるミリーも余裕があるようには見えない。

 時折顔のギリギリで受け、受けきれずに回避もしながら防御に徹する。

 尋常ではないスピード。

 一瞬でも怯えを見せようものなら命はないだろう、そう思えるほどの威力。

 訓練であるはずなのに鬼気迫るような真剣な表情をしながら十分間全てを受け切ったミリー。

 蒼真の攻撃が収まり、ふぅっと一息つく。


 汗を流して息を切らしているのは蒼真。

 ミリーも多少息があがってはいるものの、その額に汗は見えない。


 リゼが知った自分の甘さ。

 武器の性能に胡座をかいた結果と言える。

 そして朱王との戦いを思い返す。

 自分の攻撃は何一つ通らず、朱王にただ歩み寄られていた事。

 千尋や蒼真は押されはしたものの、それでも朱王の攻撃を受け、反撃も繰り出していた事。

 そしてミリーは朱王と対等に打ち合い、朱王を押し返すほどの強さを持つ事。

 自分が劣っている事にリゼは今になって気付いた。


「ミリー…… ごめんなさい」


「どうしたんですか?」


「私が甘かったみたい。また続きをお願いできる?」


 苦笑いで言うリゼ。


「むふふー。リゼさんは素直ですねぇ。後悔しないでくださいね?」


 笑顔でメイスを握るミリーが歩み寄る。


「お、お手柔らかに……」


 やはり怖いがグッと堪えるリゼ。




「ッキャァァァァァァァァア!!!」


 数分後、悲鳴とともに涙を流して後悔した。






 翌日はバイクに乗ってイビルビーストの討伐に向かった。


 アルテリア北部へ向かった為、帰りに朱王に会いたいと言うミリー。


 空を飛ぶイビルビーストはバイクで走っていると集まってくる。

 飛行速度はそれ程でもないのだが、バイクを追いかけて来るようだ。

 二十匹ほどが確認できたところでバイクを停め、イビルビーストを迎え撃つ。

 ものの数分で全て打ち払い、今日のクエストは終わりとなる。




 帰り道に朱王の家に寄る事にした。

 きっとお菓子が待っていると蒼真の感がそう言っているらしい。


 家に着くと朱王が玄関で手を振っている。

 エンジン音で気付いたようだ。


「いらっしゃい。今日は皆んなでどうしたんだい?」


 いつもの笑顔の朱王だ。


「クエストがこっちだったから遊びに来たんだよー」


「ミリーが寄りたいって言うのよ」


「私も朱王様に会いたかったです!」


「お菓子が待ってると思ったんだ」


「むぅ…… 私が先に声をかけたかったのに」


 朱王に促されてリビングへ向かう。


「ミリー、手伝って」


「はい!」


 朱王に呼ばれてキッチンへ向かうミリー。

 全員に紅茶とケーキを出す。

 今日はシフォンケーキだ。

 ホイップクリームと冷凍のフルーツが添えられているて美味しそう。


 相変わらず朱王の作るスイーツは店を開けるような美味しさだった。


「朱王は今日何してたんですか?」


「貴族用ドロップを作ってるよ。家に帰って来てから毎日ね」


「一人で作っててつまらなくないの?」


「退屈だよー。同じ事の繰り返しだしね」


「ミリー手伝ってけば?」


「いいんですか?」


「ええ!? 私もお手伝いしたいです!」


「アイリは訓練な」


 むぅっと拗ねるアイリだが最近はミリーの真似をするようだ。


「帰りは送ってあげてね」


「それは構わないが訓練はいいのかい?」


「ミリーの訓練にリゼが怯えてるからな。今日はオレがリゼの相手をする」


「リゼさんが泣いちゃいますよ!?」


「そんなはずはない!」




 ミリーを置いて四人はバイクに乗って役所へ向かった。


 朱王は二階のベランダで作業をしていたようだ。

 コーヒーを持ってベランダに行き、ミリーの手伝いのお陰もあってサクサクの作業が進んでいった。

 武器作りの時のようなピリピリとした真剣さはなく、いろいろと話をしながらの作業は楽しかった。






 今日も特訓!


 千尋とアイリはいつも通りのスピード戦闘。

 今日はミリーの回復が見込めない。

 わずか二日の訓練ながら、相当な体力がついたアイリ。

 十分間の全速力の攻撃でも体力が尽きることはない。

 次第に身についてきた攻撃速度は、千尋でも捌ききる事が難しいほどだ。




 蒼真とリゼの訓練。

 ルシファーの強化には慣れてきたし、あとは防御に徹する事。

 蒼真はミリーとの訓練は見ていたが、あえてゆっくりな速度から始める。

 次第に速度を上げていき、リゼも必死に受け続ける。


 ………………


 …………


 ……


 どれだけ受け続けていただろう。

 リゼの目からは涙が流れていた。

 ミリーの攻撃よりも際どい攻撃。

 本当に受けられるギリギリの攻撃に、涙が出るのに瞬きができないような状態だ。


(いつまで続くのだろう。早く終わって欲しい)


 それだけを考えながらひたすら耐え続けた。


 そしてリゼの動きが鈍るに連れて蒼真もスピードを落としていき、今日の訓練を終了する。




 訓練を終えると千尋に泣きつくリゼ。

 千尋は心配し、防御の訓練をやめて攻撃の訓練だけにするかと聞くとそれは絶対に嫌だと言う。

 臆病ながらも負けず嫌いなリゼだった。




 ミリーは十七時半にはエイルまで送られて来た。

 帰って来てすぐに全員の回復をする。

 数日ぶりに朱王に会って嬉しかったのだろう、とても機嫌が良かった。






 さらに翌日。


 再びリゼとミリーの訓練だ。


 ミリーの攻撃を受けるリゼ。


(あれ? 受けるのに余裕がある? ミリーの攻撃に耐えられる!)


 徐々にスピードを上げていくミリーの攻撃にも耐え、思考に余裕も持てる。

 昨日の蒼真の追い込むような攻撃。

 いつまで続くのだろうという絶望さえ感じる攻撃の連続。

 それに比べたらミリーは優しい。

 スピードは蒼真に劣らないどころかそれ以上。

 リゼのタイミングを考えてのミリーの攻撃は絶妙なものだった。

 蒼真の狙いはこれだ。

 ミリーの性格を考えればこうするのが効率が良いと思う蒼真。

 あえて嫌われ役を演じてでも仲間を強くする。

 ミリーが常々蒼真を優しいと言う理由はその辺を理解している為だ。


 それからのリゼの成長は著しく、全ての攻撃を余裕を持って受けられるまでになった。




 次に蒼真から攻撃の手ほどきを受ける。

 丁寧な説明と実演。

 近距離戦での動きは遠距離にも影響を与えるだろうと、その辺も踏まえてしっかりと教え込んでいく。


 リゼも器用なのはわかっていた。

 真面目で覚えもよく、一つ一つ丁寧な動作に蒼真もリゼを褒める。

 嬉しそうに頬を赤くするリゼだが、遠くで千尋が頬を膨らませているのには気付いていないようだ。


 ミリーを相手に攻撃の練習をする。

 真剣な表情のリゼは、一振り一振りしっかりと丁寧に体に覚えこませる。

 そしてルシファーを受けたミリーは、体が凍りつく程の恐怖を覚える。


(これ…… 受けても固定解除したらザクッときますね……)


 防御の方法を変える事にしたミリー。

 リゼとの訓練はミリーの成長にも繋がりそうだ。






 こうして特訓の日々は半月に及んだ。


 リゼとアイリは近接戦闘を覚え、ミリーもルシファーという予想外の動きをする武器への対処も覚えた。

 そして誰よりも成長したのは千尋だろう。

 彼は剣を手に持つ事を覚えたのだから。


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