第42話 朱王と魔王

 アルテリア西部岩場にて。


 蒼真と向き合い、剣を抜いて仁王立ちの朱王。


「蒼真君は強そうだね」


「朱王さんも強そうに見えるがな」


 刀を正眼に構える蒼真は魔力を練り上げる。

 ランを介して風を纏う蒼真は普段の比ではないほどの魔力を放つ。


 朱王も魔力を練り上げるが一切の漏れがなく、強化のみしているようだ。




 離れた位置で見守る千尋達。


「蒼真が本気だね」


「どっちもすごいプレッシャーね……」


「朱王さんは大丈夫でしょうか?」




 ドシュッ! という音と共に間合いを詰めた蒼真は風刃を袈裟斬りに放つ。

 それを魔法を発動せずに右のエンヴィで相殺する朱王。

 突きを繰り出すも蒼真は跳び退って回避する。


「オレの全力の風刃だったんだがな……」


「蒼真君すごいね! あれ程の威力を受けたのは私も久し振りだよ!」


 再び接近する蒼真は風刃の連撃で攻める。

 左右の剣を振るい、全て受けきる朱王は反撃も繰り出してくる。

 魔法の乗らない強化のみの剣戟。

 その一撃がとんでもなく速く、重い。


 朱王は刀を受けつつも、その攻防に笑顔が見え隠れする。

 蒼真の速度は恐ろしく速い。

 朱王は体捌きを駆使してその全てを受け、さらに反撃まで繰り出している。

 その一撃が蒼真の防御をも上回り、後退する蒼真にさらに歩み寄る。


「すっげー強いね…… 蒼真が押されてる」


「あんな本気の蒼真なんて私達も戦った事ないわよね……」


「お互いなんか楽しそうですね……」


 蒼真の全身から暴風が吹き荒れる。

 左足を前に右に刀を引き、半身に構える。


 再び一瞬で距離を詰めた蒼真は、逆袈裟に斬り込む。

 剣を交差させて受ける朱王だが、ランを介した風刃に炎を乗せた一撃は威力が高く、派手に吹っ飛ばされる。

 10メートル以上も飛ばされながら着地した朱王。

 受けた剣は燃え上がり、朱王の手にまで達する。


「うわっ! 蒼真やり過ぎ!!」


 観戦している千尋が叫ぶと同時に朱王から魔力が噴き出す。

 炎を放って相殺する朱王。


「まさかここまで威力を出せるとはね…… 驚いたよ蒼真君」


「朱王さん…… あんた何者だ? 今の魔力はまるで……」


 動揺する蒼真と困ったような仕草をする朱王。




「リッカ。シズク」


 ジャラリと抜かれるルシファー。

 魔力を練り上げるリゼはルシファーに冷気を纏う。


「リゼ! 待て!!」


 叫ぶ千尋には耳を貸さずに、走り出すと同時に攻撃を放つリゼ。

 あらゆる角度から朱王を襲う氷と無数の刃。

 全て払い除け氷も砕きながらも蒼真に声をかける朱王。


「うわっと!? ねぇ蒼真君! 少し真面目な話をしたいんだがどうしたらいいかな?」


「回答次第では話を聞く。朱王さん、あんたは魔族なのか?」


 朱王の放つ魔力、それは魔族と同質のものだった。

 人間が放つ魔力とは違う、鋭く突き刺さるような魔力だ。


 リゼの攻撃はさらに威力を増す。

 氷と刃の連撃に加え、二十もの氷槍が朱王に撃ち込まれた。

 氷槍が直撃する瞬間にルシファーを引き、振りかぶって一直線に剣尖を放つ。

 リゼの最速の攻撃。

 音速に近い刃が大量の水魔法を纏って朱王を襲う。


 氷槍を受けると同時に放たれた音速の刃を左の剣の腹で受ける。

 直撃と同時に爆発的に膨れ上がる氷塊。

 朱王も剣では受けきれずに魔法を発動させる。

 朱王の剣から放たれる炎の刃は、爆発と共に氷塊を砕いた。


「蒼真君! 私は魔族ではない! 地球から来たのに魔族なわけがないだろう!?」


「しかしその魔力は魔族のものだろう?」


「それを説明させてくれ!」


 荒くなった息を整えながら魔力を練るリゼ。

 ルシファーを構えて朱王の攻撃に備える。


「リゼ! 攻撃をやめろ! 話がしたい!」


 リゼを止めるべく蒼真が叫ぶ。


「うるさい!!」


 叫ぶと同時ににルシファーで再び攻撃を仕掛けるリゼ。

 完全に頭に血が上っているようだ。

 防御に徹する朱王は、蒼真から見ても悪意が感じられない。


「朱王さん! リゼはオレ達が止めても聞かない! リゼを傷付けないよう打ち負かせるか?」


「わかった! すまないがそうさせてもらうよ!」


 朱王は魔力を練り上げ、ルシファーを剣で弾く。

 今までとは違い、刃を弾き飛ばす事でルシファーの軌道を乱す。

 ルシファーを弾きながらリゼに歩み寄る朱王。

 近付いてくる朱王に再び二十本の氷槍を放つリゼ。

 ルシファーを弾いて、氷槍の全てを目に見えないほどの剣速で切り裂く。

 間合いを詰めていき、リゼの前に立つ朱王。

 息も絶え絶えに朱王を睨みつけるリゼの目に涙が溢れる。


 魔力を再び練るリゼ。

 朱王は剣を鞘に納め、リゼの肩に手を置く。

 それと同時に魔力を放出する事が出来なくなった。


「リゼさん。少し話を聞いてくれ。私は魔族ではないよ」


「はぁ…… はぁ…… っ信じられるわけないでしょっ!」


 汗を流し、息も整わないリゼが声を荒げる。

 しかし立ってもいられない程に疲弊しているリゼ。


「そうだな。簡単に言うと私がこの世界に来た場所が魔王の城だったんだ」


「魔王? なんだそれは?」


 蒼真が近付いて問う。

 千尋とミリーも近付いてリゼの体力を回復させる。


「魔族にも王がいたんだよ。魔族の頂点に立つ力を持つ王がね」


「王がいた? どう言う事だ?」


 王を語る言葉が過去を示している。


「死んだよ……」


 少し寂しげな表情を見せる朱王。


「あ、あなたが…… 殺したの!?」


 息を整えたリゼが問う。


「いいや、違う。少し落ち着いて話せる場所がいいんだけど……」


「そ、それなら工房に戻りませんか!?」


 オロオロとしたミリーはどうしていいかわからず少し泣きそうだ。


「リゼ、もう大丈夫?」


「ええ。ゴメンなさい、取り乱して……」


「朱王さんスマン。リゼを悪く思わないでやってくれ」


「リゼさんは…… うん。何か事情があるんだろう? 仕方ないさ」




 工房に戻って来た五人はソファにかけて話をする。


「まず人間族は魔族…… 正確には魔人族の事をほとんど知らないと思うから、そこから説明しないといけないね」


「そうしてくれると助かる。魔族の存在さえほとんど知られていないからな」


「そうか…… まずはここは人間族の住む場所だろう? 魔族にも魔族の住む場所があるんだよ。人間族は五つの国から成り立っているけど、魔族では魔王とは別に四人の王がいるんだ。魔王の言葉は絶対。他の四人の王達も魔王からの命令は守らなければいけなくてね。その魔王が死んだ。それは魔王からの命令が無くなるという事だね…… 四人の王達は次の魔王の座を狙って動き出しているんだが、へたに動くと他の王に隙を突かれてしまうからね。均衡状態を保っているみたいだ。ざっくりとだがここまではいいかい?」


「ええ。魔王の事が少し気になるけど……」


 リゼはまだ朱王を信用していないといった表情で言う。


「そうだね。魔王は魔族の力の象徴。最強の魔族だったわけだけどね、さすがに寿命はあるんだ。私がこの世界に来た時にはもう随分と弱っていたよ。時間が経つにつれて本来回復するはずの魔力が少しずつ減っていく彼を私はずっと見ていた。私にとってはこの世界を教えてくれた唯一の存在だからね。弱っていく彼を見るのは正直辛かったよ……」


 力なく言う朱王は少し寂しげな表情だ。


「彼はね、魔族の王でありながら良い人だったよ。ああ…… おかしな言い方だがこれが私の印象だ」


「んなっ!?」


 驚きと怒りを見せながらも声を押し殺して黙るリゼ。


「魔王…… 今となっては先代魔王か。彼が他の魔族に出した命令はね、人間族への干渉、殺害を禁ずる事だったんだよ。まぁ人間族が攻め入って来た場合にはその限りではないとしていたけど、彼は同じように知性や理性をもった人間族、魔人族が争う事をあまりよく思わなかったようだ。自分が魔王になろうとした理由も争いを極力少なくする為だったと言うからね」


「それはあなたに嘘を言ったのかもしれないじゃない!」


 声を荒げるリゼを千尋が宥める。

 頭を撫でると落ち着くようだ。


「嘘…… それはないと思うよ? もしそれが嘘だとするのなら人間族はとっくに滅んでいるはずだからね」


「私達の伝承には聖剣を持った五人の騎士が魔族から人々を守ったとされてるわ!」


「うん。それは事実じゃないかな? 魔族も昔は魔王がいなかったらしいし、人間族に攻撃をしたりしてたはずだよ。それを聖剣で守ったんでしょ? 他の戦士達が次々と殺される中、魔族とまともに戦えたのも初代の王達だけだったみたいだからね。でもその後魔族が攻めて来なかったのはおかしいだろう? その理由は四大王を従わせる魔王が現れたからなんだよ」


「それは魔族の伝承でしょ!」


「伝承じゃないよ。先代魔王は千年以上生きてたみたいだし。四大王を全て倒して屈服させたと彼は言っていたよ」


「それが本当なら化け物だな……」


「そうだね。今の四大王のうち一人とは戦った事があるけど私も相手にはならなかったよ……」


 朱王の雰囲気から怒りが読み取れる。


「何故…… 四大王の一人と戦ったの?」


「奴が魔王の城で暴れたからね。私はそれを阻止しようとしたんだが傷一つ付けられなかったよ。そして弱り切った魔王を…… 奴が殺した。魔王は死の瞬間に私を別の場所に転移させてくれたんだけどね…… 魔王の首に手をかけた奴の顔は今も忘れない」


「そいつが今の魔王なのか?」


「いや、他の四大王がそれを認めるわけがない。四大王を屈服させて初めて魔王となるんだ」


「それで均衡状態というわけか……」


 顎に手を当てて考える蒼真。


「話を続けさせてもらうね。四大王を屈服させた魔王は人間族との干渉や殺害を禁じた事で、人間族もおよそ八百年は平和だったと思う。でも魔王が死んだのが四年ほど前。魔王の死を魔族全体が知る事になったのは三年ほど前かな…… 少しずつ魔族も行動範囲を広げてきてるはずだ。まぁ今すぐ人間族と戦争を起こすような事はしないと思う。人間族に攻め入ってる間に他の王に攻め込まれては元も子もないからね」


 朱王は自分が把握している範囲で説明をする。


「朱王さん。あなたの魔力は?」


 リゼが問う。


「ああ。私の魔力は魔王の手によって目覚めさせたものだからね。魔族と同質の魔力なんだよ。私もこの世界に来てすぐは魔力に目覚めていないからね。強化されていない体では空気中の魔力に汚染されて死んじゃうし」


「それなら朱王さんの魔力も納得ですね! 私の魔力もヒーラーの親から目覚めさせられた特有の魔力ですし! 朱王さんは魔族ではないですよ!」


 嬉しそうに言うミリー。


「うん、魔族ではないよ。むしろ四大王の一人…… 奴は私の敵だ」


「…… わかったわ。誤解してごめんなさい」


 謝罪するリゼ。


「私も先に言うべきだったかな…… ごめんね」


「先に私は魔族と同じ魔力ですって言うの? それはおかしいじゃない」


 言ってクスリと笑うリゼ。


「た、確かに。頭がおかしいと思われそうだね」


 朱王も笑う。


「ではプリンを戴きましょう! 甘い物が食べたいです!」


 話題をへし折るミリー。


「じゃあ私はコーヒー淹れるわね!」


 リゼの朱王に対する誤解はなんとか解けたようだ。


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