第39話 ヨルグの冒険者

 洞窟内もオーガを探し、元来た道を戻る一行。


 遠くで人の声がする。


 悲鳴だ。


 気付くと同時に駆け出す四人。

 風魔法で走る三人は恐ろしく速い。

 ミリーも必死に走るが追いつけそうもない。少し悔しさを覚えつつも走り続けるミリー。




 最初に声のする場所へたどり着いたのは蒼真。


 見知らぬ冒険者パーティーがオーガ二体に襲われていた。

 オーガ討伐クエストを受けたであろうゴールドランクの冒険者達。

 一人は横たわり、他三人が今も一方的に嬲られている。

 状況からどう見ても勝ち目はない。


「おい! オレ達が変わる! 横取りする形になるがそれでも構わないか!?」


「スマン! 頼む!」


 盾でオーガの一撃を受けた男が答える。

 直後、盾の男を襲っているオーガに、蒼真は強化のみで斬り込む。

 石柱を横に振り抜いて蒼真と打ち合うオーガ。

 他の冒険者を巻き込んでしまう為、魔法の発動はできない。


 もう一体のオーガに対してリゼのルシファーでの攻撃。

 リゼも蒼真と同様魔法を発動せず、まずは自分に注意を引き付ける。




 千尋は倒れた一人に駆け寄り、危険な状態にはあるがまだ息がある事を確認する。


「蒼真! リゼ! オーガをこっちには近づけないで! あとそこの三人はオーガから距離を取って!」


 千尋に言われたように距離を取る冒険者達。




 倒れた男は内臓にダメージがあるのだろう、血を吐いていて呼吸もままならない。

 頭からも大量に血を流している。


 千尋は魔法で酸素を操り、男の口に送り込む。

 意識のない男に魔法をかけ、強制的に軌道を確保しての酸素の吸入だ。

 頭の傷からは大量の血が流れている為、地属性魔法で男の傷口を操作して塞ぐ。

 本来他人の肉体を操作する事はできないが、男の意識がない為千尋の魔力での操作が可能だ。

 あとはミリーの到着を待つだけだ。




 蒼真は重力操作グラビティを駆使してオーガと打ち合う。

 オーガのパワーに負けない為には重力操作が必要だ。

 オーガの一撃を全て受けきる蒼真。

 冒険者達が近くにいるうちは防御に徹したが、千尋の言葉でオーガから距離をとった事を確認して攻撃に出る。

 魔力を高めて全力の風刃を放ち、大きく伸びた風の刃がオーガを襲う。

 風刃の逆袈裟斬り。

 オーガは真っ二つに斬り裂かれて崩れ落ちた。

 ランを介さなかったのは後ろにいる冒険者に余波が届かないようにする為だ。




 リゼに向かって来るオーガ。

 ルシファーを魔力で満たし、駆け寄るオーガに氷魔法の乱撃。

 全身を切り刻まれると同時に凍りついていくオーガ。

 抵抗できないまま形を失いその場で倒れ込んだ。




「相変わらず強いですねぇ!」


 追いついたミリーが蒼真とリゼを見ながら言う。


「ミリー! この人死にそうだから回復して!」


「まじですか!? 任せてください!」


 駆け寄って回復を始めるミリー。


 蒼真やリゼも千尋の元へ集まって来る。


「もう大丈夫だ! 彼も助かる!」


 蒼真は先程の冒険者達に声をかける。

 盾を持った男は仲間の肩を借り、三人は蹌踉めきながらも近づいて来る。


「オレはクリム。仲間のレンジアとカミーリアだ。オレ達はヨルグを拠点としている冒険者だ。助けてくれてありがとう。君達のおかげで命を落とさずに済んだ……」


 クリムに肩を貸している斧使いがレンジア。

 カミーリアはスタッフを持つ後衛職。

 やはりゴールドランク冒険者の為かミスリル製の一級品と思われる武器を持つ。

 その武器に興味深々といった表情で見ている千尋はいつもの事だ。


「少し待ってて下さいね! 彼の傷が癒えたら皆さんも回復します!」


 ヒーラーの冒険者を初めて見るのだろう。

 三人とも驚いた表情をしている。


「私はリゼ。手前から千尋と蒼真、ヒーラーのミリーよ。アルテリアを拠点としている冒険者よ」


「アルテリア…… あそこに強い冒険者がいると聞いていたが君達か」


「あと他にはオーガを見なかったか?」


「いや、見てない。ここに着いてすぐに襲われたからな…… まさかオーガがあそこまで強いとは思わなかった」


「千尋が素手で倒せない程だからな。聖騎士でも勝てないだろう」


「素手で挑む時点でおかしいんですけどね!」


「やってやれない事はないよ!」


「やっちゃダメよ!」


 聞いてるうちに力が抜けるクリム達。




 ミリーからクリム達にも範囲の回復魔法がかけられる。


 ミリーの回復は早い。

 瀕死だった男も傷が癒えて顔色が良くなっている。

 ミリーの回復が範囲に切り替わったところで千尋も酸素の供給をやめ、自発呼吸を促すようにする。

 安定して呼吸している事を確認し、荷物からポットを取り出す。

 火の魔石でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる千尋。

 リゼも荷物からお菓子を取り出して全員に配る。


「ねぇ、クリム達もカップ出して!」


「ああ、じゃあお願いしようかな……」


 マイペースな千尋に少し呆れるクリム。

 ミリーの回復も終わり、気絶している男の目覚めを待つ。


「ヨルグはここから遠いの?」


「ここから竜車で二日ほどだな。アルテリアの方が少し近いか」


「帰れそうか?」


「ランカが目覚めさえすれば帰れる。竜車は山の中腹に停めてあるからそこまでは歩きだが」




 しばらくランカの目が覚めるまではと雑談をしていた七人。


 お昼を過ぎても目が覚めないので、一旦昼食を摂る事にした。


 持ってきた干し肉やパン。

 ヨルグとアルテリアでは少し見た目が違う。

 お互い気になったので、クリム達と食材を交換して食べてみた。


 塩味に香木でスモークをしたアルテリアの干し肉に対し、ヨルグの干し肉はピリッとした辛さがあった。

 香りではアルテリアの干し肉の方が優れているが、味ではヨルグの干し肉の方が美味しいと感じる千尋達。


 パンはどちらも保存の効くようにと固めのパンだ。

 千尋や蒼真はこの固いパンをそのまま食べるような事はしない。

 魔法を駆使して水分と温度を調整し、表面はカリッと、中はふんわりとしたパンにする。

 千尋と蒼真のレンチン魔法だ。

 もちろんオーブン魔法も開発済み。

 クリム達のパンも同様にふんわりとさせて食べて比べる。

 アルテリアのパンの方が発酵がしっかりとされているようで、そのまま食べてもふわふわで甘みもあって美味しい。

 ヨルグのパンは中身も密度が高くて固め、スープにつけて食べると美味しかった。


 クリム達もひたパンつけパンを楽しんでいた。

 



 三時間たっても起きないランカ。

 寝返りをうってイビキをかいている。


「…… 起こす?」


 全員が頷いてランカの足を掴む千尋。


「うっっっぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 盛大な叫び声が辺りに響き渡る。

 千尋は足から電気を流し込んでいた。

 起きただろうと判断したミリーも再び回復魔法をかける。


 目覚めはしたものの、状況が理解できないランカはクリムを見て首を傾げる。


「あれ? オレなんで寝てたんだ?」


 オーガに襲われた事を忘れているらしい。

 クリムから話を聞いて理解するランカ。


「助けてくれてありがとう! そしてミリーさん! お付き合いしてる方は…… いますか!?」


 蒼真をチラ見しながら問いかけるランカ。


「ん? いませんけど?」


 首を傾げるミリー。


「オレと付き合ってもらえませんか!?」


 突然告白するランカ。


「いやです。好みじゃないので」


 バッサリぶった切るミリー。

 落ち込む素振りを見せるランカだが、ミリーは何も気にしない。

 フった直後にお菓子を食べて笑顔のミリー。


 千尋はランカにもコーヒーとお菓子を笑顔で渡して……


「元気出しなよ!」


「え!? 男か!?」


 落ち込んだ。




 とりあえずランカも起きたし街へ戻る事にした。

 お互い別れを告げて歩き出す。




「ミリーは告白されたのにすぐにフるのね」


「軽薄な男に興味はありません!」


 容赦無い一言。

 好きか嫌いか以前に興味すら無かった。


 無駄に時間を取ってしまったので山を降りる。




 十七時を過ぎたところで野営の準備を始め、今夜もリゼが料理をする。


 野営には風呂もシャワーもない。

 その為、昨夜もテント内で水魔法と風魔法を駆使して体と頭に洗浄魔法をかける。

 もちろん千尋特製の洗浄剤も使用し、今日も同じく洗浄魔法で綺麗にする。

 ミリーは自分で洗浄魔法ができない為、リゼに洗浄魔法をかけてもらう。


  「ふわぁぁぁあ!!」


  と言う大声がこの日も夜空に響き渡っていた。




 翌朝また歩き出した一行は、二日かけてアルテリアへたどり着き、役所で報告を済ませる。


 報酬金額49,000,000リラ。


 そのまま受け取る事なく蒼真とミリーの口座に半分ずつ貯金した。


 所長室でオーガの詳細を報告をし、安全を確保されたという事で今後調査団が派遣される事になるようだ。




 その日はエイルに戻り、蒼真はすぐにシャワーを浴びていた。

 リゼやミリーもお風呂に入る為に部屋に戻り、千尋はとりあえずレイラに簡単な食事を作ってもらって食べる。


 蒼真が食堂へ来るのと入れ替わりで千尋もシャワーを浴びに行く。

 やはり洗浄魔法だけではスッキリしないのだ。


 ハウザー達も今日はミノタウロスを狩りに行ったらしく、たくさん稼いで来たようだ。




 これからまたしばらくは変わらぬ日常が過ぎていく。


 高難易度クエストなどそうそう発注されるはずもなく、千尋とリゼは武器の在庫を少しずつ増やしていく事になるだろう。


 蒼真とミリーも他の冒険者の訓練に付き合ったりクエストに同行したりと、アルテリアの冒険者のランクや強さも底上げされていく。


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