第8話 結城菫



 菫と初めて対面した凛。その日本人離れした身長に思わず息を呑むと。



「HMM・・・、緊張しているのかな?なら・・・」



 菫は少し何か考える素振りを見せれば何を思ったか凛を抱きしめるとそのままゴソゴソと服の中に手を入れ体のいろいろなところを弄り始めた。



 「ちょっ・・ちょっと何やってっ!むぐぅっ」



 菫の突然の奇行に抗議の声を上げる凛を菫はお構い無しに唇を重ねることで黙らせると更に戸惑う凛を尻目に胸や腹、尻に足と一通り触っていく。



 「んうっ・・やめっ・・・んんっ・・・」



 その間凛は抱擁からの脱出を試みるも菫に体を触られるたびにくぐもった声で艶めかしい声を発してついには両手両足から力が抜け、菫に身を任せる形になる。



「止めんかい!」



 源治の拳骨が菫の頭部に当たり、ようやく凛から離れる。思わず地面にへたり込みそうになる凛を菫はすばやく椅子に座らせる。



「お前のその色キチっぷりはなんとかならねえのかよ」



「私を見境のない性欲の塊と一緒にするな。相手は選んでいるしもちろん本命は君だ」



「だから何度も言ってるだろ。もうゴメンだ。」



「また振られてしまったな。これで1万5647回の失恋か。この傷を癒やすために今夜床を共にしないか」



 蠱惑的な雰囲気を醸し出しながらそっと源治の顎を指でなぞる菫。並の男なら虜になりそうなそれを源治はいとも容易く払い除けた。



「そのセリフ吐くのも何度目だ?それより電話で言っただろ。こいつが静葉の妹の凛だ。これから世話になるだろう、よろしく頼むぜ」



「相変わらずツレナイね。そこがまた堪らなんだが・・・。たしかに若い頃の静葉にそっくりだ。改めて、私が結城菫。静葉とは同期で昔は彼女の武器のメンテナンスをやっていた。今は彼の武器のメンテナンスを主に担当している」



「だってさ、ほれ戻ってこい」



 そう言って凛の肩を小突く源治。



「はっ・・・?ひゅい!?・・・ああ、よろしく・・・お願いします」



 肩を小突かれビクリと体が跳ねる凛。まだ頭がはっきりしていないのか言われるがままに菫に頭を下げる。



「ところでさっき言ってましたけど姉さんの事知ってるんですか?」



「ああ、静葉と私は同期だった。それに静葉の使う銃を作りメンテナンスを担当していたのも私だ。」



 菫が自分の机に近づき何かを持ち上げる。凛に見せたそれは写真立てだった。中の写真には中央に菫、そして菫が肩に手を回す形で右に源治、左に静葉が写っていた。



「姉さん・・・」



 写真でも久しぶりに見た姉の姿につい涙腺が緩みそうになる凛だったが周りに二人がいるのを思い出し寸前で堪える。



「静葉も言っていたよ最近妹と会えていないとね。それに静葉の言葉と君の反応を見る限り君ら姉妹はあまり写真の類は撮っていないんだろう?ならこの写真は君にあげよう」



「えっ!?いいの!」



 写真をもらえると聞いた凛の顔がぱっと明るくなる。その様子は二人に凛がまだ年相応な子供だということを感じさせた。



「もちろんだとも。その写真はすでにデータ化してあるからね。コピーならいつでもできる。だから遠慮せずに持っていっていてくれ。それと源治にはこれだ」



 そう言って菫が指さした先には随所に髑髏の意匠を施された一見すると大砲の如き大口径のライフルだった。



「前に銃が欲しいと言っていたからね、作ってみた。弾は対物ライフルで使われる50口径弾を使用、装弾数は1発、対怪異用に弾丸の素材には銀を練り込んである。銃自体は室内でも取り回しやすいように短めに切り詰めそれでいてなお剛性を失わない様に特殊な合金を使用してる。こんな化物銃をまともに扱えるのは世界中で君だけだろうね」



「こりゃいい、試しに撃ってもいいか?」



「いいとも、こっちだ」



 菫に付いて源治と凛が向かったのは広いだけでなにもない全面コンクリートで覆われた部屋だった。



「なにもないけど・・・」



「ふふ、まぁ見ていたまえ」



 そう言って菫がリモコンを操作すると床からいくつかの的がせり上がってきた。



「的は予備があるから思う存分撃つと良い。凛君にはこれ」



 凛は菫に手渡された耳あてを装備すると同じく耳あてを装備した菫と共に源治の銃の腕前はどのようなものかと確認する。



「・・・・」



 少しの沈黙の後源治が絞るように引き金を引くと耳あて越しでもわかるほどの轟音が部屋に鳴り響くと同時に哀れな人の形をしたターゲットは頭どころか胴体の上半分が消し飛んでしまう。そんな凄まじい衝撃を受けても源治は顔色一つ変えずにいた。その光景に凛が呆然としてると。



「・・・気に入った、これ持って帰るぞ」



「お気に召したようなら何より。ただしその銃、本来その弾丸を使う銃よりも銃身を短く切り詰めたせいで遠距離への命中精度はお粗末だからそこは注意してくれ」



 お気に召したのか嬉々としてコートの内側に仕舞う源治を見ながら菫は忠告すると凛の方を向いて



「もしも静葉の話が聞きたいならいつでも訪ねてくるといい。いつでも話し相手になろう。なんなら君専用の装備のメンテナンスも請け負うよ。」



「なんだか申し訳ないんだけど・・・」



「源治は基本的にあまり武器や防具を持たなくてね。作ったのも普段来ているコートとその銃くらいさ。だから君の装備を作り臨床データを取るのは私のとっても有益というわけだ。手間についてもさっきすでに君の体格や筋肉量に体脂肪、骨格の癖、重心のバランス概ね把握できたからね。そこまでわかれば楽な仕事さ」



 唖然とする凛に先程の出来事がフラッシュバックする。一瞬顔を紅潮させると次の瞬間には大きく肩を落として落ち込み



「初めてのキス・・・汚された・・・」



「おや・・・まだキスしていなかったのか最近の子は早熟だと聞いたが君はまだなんだな。隣に手頃な相手もいると言うのに」



「絶対ないから!」



「これほどまでに雄々しい肉体の持ち主と一緒に暮らしているのに手を出さないなんて君はレズなのか?」



「あんたに言われたくない!」



「失礼な、ワタシはレズではなくバイだ」



「威張れることじゃないでしょ!・・・ってそんなことを知ってるってことはまさか・・・」



そこまで話せば凛は源治を見ると、源治はバツが悪そうな顔をして



「彼とは何度か夜を共にしたが、とてもいい体をしていた」



「この変態!」



「仕方ないだろ・・俺だって男だ・・・」



「信じらんない!アタシ帰る!」



 肩を怒らせ憤慨しながら乱暴に部屋を出る凛。部屋には源治と菫が残された。



「・・・「人斬り源治」と呼ばれていた男が随分甘くなったものだ。昔の君ならあれぐらいの年頃の子など叩き出してただろう。なのにここまで甲斐甲斐しく世話を焼くなんて」



「そんな昔のこと蒸し返すんじゃねえよ、静葉との約束だからな。死んだやつとの約束ぐらい守らなきゃかっこ悪いしな。それに・・・俺が敵討ちなんて止められる器じゃないだろ」



「昔同じ思いをした者同士の情けかい?そう言えばそろそろ彼女のっ」



 そこまで口にしたところで菫の言葉は源治が静葉の首を絞めたことで途切れる。身長が10cm程違うにもかかわらず源治は片腕で菫を持ち上げている。



「そっから先はお前でも気軽に踏み込んで良い領域じゃねぇ。それだけは覚えとけ」



 源治の手に一層力が籠もる。気道を完全に遮断された菫は両手で源治の片手をほどこうとするがビクともしない。菫の意識が失われようとした時源治が手を離したことで菫は激しく咳き込みながら酸素を貪る。



「けほっ、乱暴なのも嫌いじゃない。君からなら今この場でどんな目に合わされても本望というものだよ」



「そんな減らず口方叩けるなら大丈夫だな。俺も今日は帰る。あのじゃじゃ馬姫が待ってるだろうからな」



 そんな言葉を吐き捨てるように言えば源治は菫の部屋を後にする。菫はその後姿を見ながら。



「その負の一面も堪らないね・・・・」



 頬を上気させており気づけば右手はその豊満な胸に左手は下腹部へと伸びていた。



 一方源治は憮然とした表情のまま凛の元へと歩を進めていた。その脳裏には一人の女性の姿が浮かんでいた。



「亜紀・・・・」

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