八月 私たちとあなたたち

八月 第一週 新月。朝食とアイスクリーム

 夏休みに入って、2週間目に突入したある日のこと。天気は晴れで空に浮かぶ雲はモクモクと膨らみそうな姿をしている。午後はもしかしたら通り雨があるかもしれない。朝食を食べながら、そんなことを考える。


「始和、陽子ちゃんまだ寝てるみたいだから起こしてもらっていい?」

「んっ、わかった」


 口に入っていた、パンを飲み込んで返事をすると私はスタスタと階段を登って2階へと向かう。私の部屋の向かい側、4月にはまだ物置だった部屋、部屋の扉を開くと先輩がタオルケットを抱いて横になっていた。


「先輩、朝ですよっ」

「ん?んん~っ、もう少し……」


 先輩はタオルケットを抱き枕のように抱きしめて眠そうな声を発している。朝の先輩を見ると学校でのイメージとは正反対で見た人はその落差に目を疑いそうな気がする、恐らく深山先輩は呆れるだろう。

 2、3回繰り返しても声を発する以上の反応から進まず、先輩に声をかけても二度寝に入るだけだと理解した私はカーテンを手にした。時間は8時半、ここは2階で窓の方角は東側。この時間ならまだ、光は入るだろう。


「先輩っ、起きてくださいっ!」

「う……、ひゃっ!」


 先輩の黒く長い髪がフワリと舞い、タオルケットがベットから落ちる。突然の刺激に驚いて反射的に飛び起きた先輩は目を開けて数秒静止して、口を開いた。


「おはよう……、始和ぁ」

「おはようございます、陽子先輩っ!」


 まだ眠そうな顔と声をして先輩はあいさつをする。先輩が家に初めて泊まった時に朝は弱いと言っていたけれど、こんなに弱かったとは思わず、最初の数日はどう対応すればいいのか戸惑ったことがあった。でも今はもう先輩への対応に慣れつつある。


「起き上がれそうですか先輩?」

「うーん、まだ頭が重い……」

「じゃあ、まず上体起こせますか?」

「どうにか……」


 先輩は呻き声を上げながら、ゆっくりと起き上がる。ここまで起きれば二度寝はしないだろう。ここから髪を整えて、着替えて朝ごはんを食べるとすると最低でも30分はかかるだろう。


「先輩、下行ってますね?」

「うん、起こしてくれてありがとう始和」





 起きて着替え始めた先輩を横に、階段を降りて食事を再開する。まだ残っていた食パンを食べたのち、シリアルの入ったヨーグルトをスプーンで口に運ぶ。食べ終えた後に、父親が読んで置いたままの新聞を手に取り開いて読み始める。スポーツ面を読み終え、地方面を開いた時、ちょうど先輩が階段から降りてきた。


「おはようございます、起きるの遅くなってごめんなさい」

「まだ夏休みなんだから気にしなくていいのよ」


 降りてきた先輩がお母さんに挨拶して、先輩は椅子を引いて私の反対側に座る。


「始和もありがとう」

「先輩、気にしないでください」


 先輩はベーコンのついた目玉焼きをフォークで切り分けながら、食パンを頬張っている。美味しそうに食べている先輩を見ると何故か安心する。そう言えば今日の先輩の予定はあるのだろうか?


「先輩、今日は予定有ったりします?私はクラスの人と買い物に出かけます」

「うーん、私は特にないかな」

「そうなんですか、てっきり今日は出かけるものだと」

「今日は勉強する予定だよ」


 先輩に予定を聞くと特に外出する用事は無いようだ。なら、買い物行ったついでに何か欲しいものがあるなら聞いて買っておこう。


「そういえば先輩、何か買っておいて欲しいものとかあります?」

「そういえば、ノート残り少なくなってきたから2冊買ってもらってもいいかな?」

「買い物の途中に文具屋さんによって買ってきますね、先輩」

「ありがとう」


 先輩から確認しようと思っていたことは確認できた、他にやることはあるだろうか。


「始和、もう9時過ぎてるけど、そんなにのんびりしてていいの?」

「あっ!」


 母さんの言葉で今の時間と恰好、待ち合わせ場所と時間を思い出す。この格好は流石に他の人と出かけられる格好じゃない。服を着替えて、日焼け止めを塗って、鞄を準備しないと。


「準備して出かける!」

「ふふ」


 先輩は慌てている私を見て、微笑んでいる。喧嘩をする前ならこんなことでも機嫌を悪くしたと思うけど、今はそんなに気にならない。前より相手に対して余裕をもっていることができた気がする。


「母さん、先輩行ってきますっ!」

「「行ってらっしゃいっ」」





 玄関の扉を開けて外に出ると空の青さが目に入ってきた。青い色は明るい水色をしていて、季節が夏であることを強く意識させる。そんな青いキャンバスの上を綿のようにフワッとした白い雲が膨らみながら漂っている。


「暑っ……」


 ムワっと暖かさを持った空気が身体に纏わりついてくる。生まれてから何度も経験しているものではあるがこの暑さには慣れることはないのだろう。時計を確認するとなんとか走らなくても間に合いそうな時間だった。歩いても大丈夫なことを確認すると安心した気持ちで待ち合わせの場所である駅前広場を目指して歩き始める。

 家を出てから5分程で信号を2つ越え、駅前へと続く大通りに出る。ここからだとあと10分くらいだろう。着くのは約束の5分前、幌平さんはもう着いてしまっているのだろうか。だとしたら申し訳ない、そんなことを考えながら歩いているとあっという間に駅前広場の手前まで辿り着いた。

 信号を渡り、待ち合わせ場所にしたモニュメントの周辺で立ち止まる。近くには夏休みということもあって同じように待ち合わせをしている人たちで賑わっていた。幌平さんはもういるのかな――


「余月さん、ここだよっ!」


 幌平さんは声を上げながらモニュメントを囲むように設置された、木の下から出てくる。ショートパンツと半袖のTシャツに薄手のパーカーを羽織っていて、活発な印象を与える。私の格好は彼女とは対称的で薄手の長袖と長ズボンというあまり活発には見えない恰好をしている。短い髪形と合わせると少年のように見えないこともない気がする。


「幌平さん、こんにちは。遅れてごめんなさい」

「気にしないで良いよ、まだ時間より前だから」


 幌平さんに私が遅れたことを謝ると彼女は間に合ったのだから、大丈夫だと言ってくれる。彼女の返しはとても優しく、私の心は暖かさを感じている。聞けば彼女は中学校の時に私と会ったことがあったようでその時から、こうやって話したり出かける機会が欲しかったらしい。

 私に興味を持ってくれる人がこんな近くにいたことに気が付かなかった私は申し訳なく思いつつも変わったことで知り合う機会を得られたのだと思うとこの2年ほどの時間も無駄ではなかったのだとそう思った。


「余月さんはアイスクリーム好きですか?」


駅前広場を西の百貨店の方へ向かって歩いていると幌平さんはそう話しかけてきた。ふと先を見るとアイスクリーム屋の露店があり、色とりどりのアイスクリームを食べることができるようだ。


「アイスクリームは苦手じゃないよ!どちらかと言うと好きな方」

「そうですか、良かったぁ…」

「それじゃあ幌平さん、あそこのアイスクリーム買って交換してみる?」

「します!しますっ!」


 私がアイスクリームを買って交換しないかと提案してみると幌平さんは目を輝かせて喜んだ。こういう反応が返ってくるとなんだか私も嬉しくなる。私も普段から心がけてみよう、そう心に誓ってベリーソースのアイスクリームを選んでお店の近くのベンチで悩みながら選んでいる彼女を待つ。


「幌平さんはどれにしたの?」

「私は黒蜜風アイスですね、余月さんはどうしました?」

「見ての通り、ベリーソースのアイスクリームだよ」


 1、2口ほど口にしていると幌平さんは弾むようにやってきた。手にしているアイスは彼女の溌剌とした印象からすると少し、落ち着いた感じもしなくもない。でも人はこういう所で印象との違いがあるのだろう。それに気が付くことができたなら少しは近しい人になったのだろうか?


「後で少し交換し合ってもいいですか?」

「うん、大丈夫だよ」

「やったぁ」


 彼女はアイスの味を聞くとアイスを交換し合わないかと提案してきた。こんな提案は初めてかもしれない。先輩といる時はどうしても年齢や性格、先輩・後輩であるということを意識してしまっていたから。私が平静を装いながら同意の返事を返すと幌平さんは嬉しそうに声を上げた。

 同級生とはこういうものなのかもしれない。桂と望はもう私にとっては親友と言っていいのだろう。そう考えると私にとって彼女は高校に進学して3人目の友人でそして初めてのクラスメイトだと言える。いや自信を持って言えるようになりたい。そう思いながら彼女から一口貰ったアイスクリームの味を感じ取る。冷たくて甘いが、一瞬、黒糖の苦さが口の中に漂った。こんな何とも言えない境界が友達というものなのかもしれないとそう思った。





「あぁ、美味しかった」

「そうだね」

「じゃあ、余月さん。服とか見てく?」

「はい、よろしくお願いします」


 それぞれアイスクリームを食べ終わって、少し落ち着いた後彼女がそう口にする。私にとって久しぶりの、いや初めての友達とのショッピングだ。少し気負ってしまい、敬語が口から滑り落ちる。


「もう、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」


 幌平さんは明るく気にしないでいいと言ってくれた。そうだこれから始まるのは友達との買い物だ、楽しめるものは楽しんで先輩にノートとお土産を買って帰ろう。


「じゃあ行こう、幌平さん」

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