七月 末日。如月悠の思い出。

 七月、夏休みに入ってから私はよく外に出るようになった。理由はごく単純なもので始和と仲直りしたからだ。普通、仲直りをしたからといって行動が変わることはない。自分と友達が前と同じように話せるというだけだ。でも私に対して仲直りは通常とは異なった結果を見せつけている。


「ねぇ、悠。早く行こうっ」

「う、うん…」


 始和に手を引かれて青空の見える商店街の路地を突き進む。その先には5階建ての百貨店が見える。何故こうなったのだろう? 話は朝の8時頃にまでさかのぼることになる。




 夏休みに入ると私は普段の休日と同じように夜更かしをした分、普段より遅くに目覚めていた。8時の時報をテレビで聞いて、上の自室へ戻ろうとした時チャイムが鳴った。違和感が頭に対して警告を与えてはいたが扉を開けるのを止めることができない。


「おはよう、悠」

「始和?どうかしたの?」


 そこには始和が立っていた。終業式の日に仲直りをしたといっても、彼女と話すときに全く気にしないでいられるほどメンタルは強くなかった。だから突然彼女がうちを訪れたことに戸惑いを隠せない。


「えっと、悠がダメじゃなければ一緒に出掛けれないかなって」

「へっ……」


 私はあれよあれよという間に服を着替えて始和に連れ出される。お母さんはそれを見て、ニコニコしていた。多分、母には言ってあったのだろう、帰ってきたら文句の一つでも言ってやりたくなる。

 そうして私は始和と買い物に出かけることになったのだ。




 5分程路地を歩くと百貨店の入り口に辿り着く。ここは40年程昔に開店したここら辺では古い方の店舗になるらしい。見上げると曲線と柱がそびえたつ神殿のような姿をしている店舗が最近のテナントビルとは違った豪奢な姿を見せつけている。少し立ち止まってお店を見た後、ふと大切なことに気が付いた。


「始和」

「何?」

「けっきょく何処に寄る予定なの?」

「えっ?」

「へっ!?」


 彼女は思いのほか無計画だった。

 ああ、そんな所は全く変わっていない。それを知れただけでも仲直りをした意味はあったと思う。相手を気にしない素振りをしながら心の中では心配している、彼女はそんな感じだった。中学時代は望や桂もいたからその前よりは安定していたけど、素の彼女はとても脆い。鉄に炭素を入れすぎると硬くはなるが折れやすくなるのと同じように。

 私は彼女とぶつかることも多々あった。当然だろう彼女は表面的には明るくて社交的、対して自分は体が弱かったせいか、本の虫で教室の窓際に居る文学少女だった。でもいつだったかまでは憶えていないけど、彼女が急に泣いてしまったことがあった。その時の彼女は内面での矛盾が耐えきれないほど大きく広がっていたのだろう。

 その時、私の中に気持ちが芽生えた。彼女と一緒に居たら自分も明るく、彼女も悲しまずにいられるだろうか。絵本や小説の幸せを約束する王子様になれるのなら、私が彼女の王子様になってみたいと。その日、私は見えない殻を破って2度目の誕生をした。

 その後、私は彼女と話すようになった。趣味も方向性も違っていたから喧嘩をすれば生傷も絶えなかったし、言葉のナイフで何度も傷つけあった。そういったすれ違いの中で少しずつ近づいて行って距離は詰まっていく。最終的には気軽に話せる幼馴染という関係になることができた。王子様にはなれなかったけど、悪友のような友人になることができたと思う。

 彼女の動きを見て、今までのことが思い出される。前にこういうことがあった時はどこに行っていたっけ?


「えーとっ……、じゃあ服を見てみない?」

「うん、見てみようか」


 どうやら彼女は行く先を決めたようだ。自分も何だか、彼女とこう行き当たりばったりに行動するのは楽しいと感じている。服を見ると言っていたがどんなものを見るのだろうか?

 やってきたのは2階のテナントに入っている、10代から20代が対象となっている衣料品店だ。値段もそこそこでカジュアルなものが多く、クラスメイトでもここに来る人は多いと聞く。始和はあまりおしゃれに気を使う方では無かった気がするけど、最近は変わったのかな。


「悠って、前と好きな服のタイプ変わってない?」

「えっ、うん。変わってないよ」

「じゃあ、ちょっと探すの手伝ってもらえるかな?」


 いや、変わっていなかった。ジャージが好きな始和はまだここにいる。


「はぁ……、いいよ」

「やった!」


 呆れつつも始和のお願いは断れなかった。先月の後ろめたさもない訳じゃないけど、それ以上に彼女の綺麗な笑顔が好きだからだろう。小さい時から小さい体に詰まったパワーとテンション、そこから来る笑顔には憧れていた。中学校に入ってからは無感情で淡白に見えるような振りはしていたけど、本当の所はありふれた1人の人間だと思う。手を引くのは彼女で手を引かれるのは私という所から自分も始和も変わりつつあるけれど、どちらにとってもこの関係はまだ必要なのかも。


「悠、これとかどうかな?」


 彼女は適当に選んだ服を持って私に聞いてくる。似合う似合わないでいえば、始和に似合わない服装もない訳ではない。でもここで売っている服は若者向けなのもあるのか余程奇抜な物を選ばない限り似合わないなんてことはない。少なくとも私はそう思う。


「とりあえず、試着室行って確認してみたら?」

「組み合わせでも変わると思うから」

「そうだね、ありがとう」


 始和は私と共に試着室の方へと進んでいき、カーテンを開けた。持ってきた買い物カゴにはいくつかの服が入っている。始和が私に服のアドバイスを求める時は大体、派手ではなく清楚でシンプルな服を選んでいることが多い。彼女は運動が好きだったから、多分普段着ないそういった服に憧れていたのだろう。


「この組み合わせはどうかな?」


 彼女は選んだ服を組み合わせて私に見せてくる。とても似合っているし、今の髪形と組み合わせても違和感はない。


「とてもいいと思う。ただもう少し濃い色のアウターがあるなら、そっち方が似合うと思うよ」

「そっか、もう少し濃いめの方が良いのか……」


 始和にそうアドバイスをすると着ていた服とカゴの中の服を見つめながら、思案するような表情を見せる。


「よし、これかな」


 考えをまとめて始和が手に持っていたのは少し濃い目のネイビーのアウターだった。これならさっきのアウターよりは似合いそうだ。


「始和、さっきのより色の対比が綺麗で似合ってるよ」

「選ぶの手伝ってくれて、ありがとう悠」


 彼女の邪気の無い笑顔が私に突き刺さる。その表情はいつも眩しくて、私は少し悲しくなる。


「どういたしまして、始和っ」

「ねぇ、悠。ちょっといい?」

「な、何?」


 選んだ服以外を戻して戻ってきた彼女がこっちを見て聞いてくる。何だか少し嫌な予感がしつつも彼女の話を聞く。


「悠が私の服を選んでくれたから、私も悠の服を選ぶ手伝いをしてもいい?」

「えっ……!?」


 彼女に言われたことを認識できず一時的に頭がフリーズする。嬉しい、けどちょっと恥ずかしい。硬直が解けると頭の中はその相反する気持ちに揺さぶられる。でも、始和が選んでくれるのなら普段とは違う、私になれるかもしれない。少し深呼吸をして、口を開く。


「お願いしてもいい?」

「任せてっ!」


 始和は笑顔をコロコロ変えて、私の手を引き更衣室に引っ張っていく。買い物カゴを覗くとさっきは入っていなかった服が3、4着入れられていた。謀られた、まあ嬉しいからいいんだけど。





「「「ありがとうございました」」」


 会計を終えて、お店を出る。始和はシンプルなワンピースとアウター、私はジーンズとシャツと普段とは真逆の服を買った。いつもとは違うジャンルの服を買うのには勇気が必要だったが幼馴染が選んでくれたという安心感もあって、この服を使って外に行こうという気持ちになれそうだ。

 始和につれられて百貨店の地下階にあるレトロな喫茶店に移動して、休憩することになった。ここの喫茶店は小学校の時に入って以来な気がする。そう言えばあの時も始和とだったような。


「ワガママに付き合ってくれてありがとう、悠」

「そんなことは無い、こっちも気分転換になった」

「なら、良かった」


 始和はバナナジュースを飲みながら、こっちを見つめて安心した顔をしている。私がコーヒーを口にしながら始和を見つめていると彼女の横にテーブルに置いてある紙のカードに目が行った。


「始和、ここってすごい昔に私と来たことある?」

「うん、あるよ。覚えててくれたんだ、悠が教えてくれたんだよ」

「えっ!?」

「悠と来たのはその時だけだから覚えてなくてもしょうがないよ」


 そうだろう、その後私はあまり外には出れなくなったのだから。でも一緒に行ったことは私も始和も覚えていた。始和はここに連れてきてくれた、それだけで悲しい気持ちは何処かへと行ってしまっている。

 お互い変わってしまった所も変わらない所も変わろうとしている所も色んな自分がいる。たとえ今と昔は違っていても始和はここを憶えていて、連れてきてくれた。そのことだけで今の私は報われていると思う。


「今日は一日ありがとう、始和」

「それはこっちもだよ、それにまだ半日あるよ」


 コーヒーとバナナジュースの香りは昔と何ら変わりなかった。ただテーブルだけが時の移ろいを残していた。

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