七月 第四週 下弦。終業式と夏休み。

 夏の祝日明けの火曜日、テストがあった次の週。この日は午前中のために学校に来ているといっても過言ではないかもしれない。私はそこまで思わないけどそう思う人はクラス内では結構いる気がする。玄関で靴を履き替えて、教室へ向かう。暫くこの階段を昇る頻度が少なくなると考えると何だか感慨深い気持ちにもなる。教室の扉を開けて中に入る。クラスメイトの半数はもう来ている、今日はいつもより少し早く出たつもりだったのだが。


「始和さん」

「何かありました?」


 自分の左斜め後ろの席に座るクラスメイトの幌平京子が声を掛けてくる。日常的に話すことはないが席が近いので偶に話すことはある人だ。


「いえ、大したことではないんですけど、始和さんは夏休みに旅行に行ったりする予定はありますか?」

「無いですよ、今のところ」

「そっか、始和さんにお願いがあって……」

「何かな、できるお願いだったら付き合うよ」

「一緒に買い物に付き合ってくれませんか?」



 最近、こんな頼み事が多くなった気がする。陽子先輩のせいだろうか? 先輩が私の家に一時的にいることは常任委員会のみんなと桂と望に知られているが他の人にまでは広がってはいない――


「筈なんだけどなぁ」

「始和さん?」

「ううん、なんでもない」


 今は幌平さんの話に集中しよう。あれこれ考えるのは1期の通知を受け取って家に帰ってからにしなければ。


「買い物なら常任委員会の日じゃなければ特に用事はないから大丈夫よ」

「やったぁ、ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 何がどうなるか分からない訳で終業式が始まる前に私のスケジュールには夏休み中にクラスメイトと買い物に出かけるという予定が書きこまれることになった。

 ちょうど、ホームルームが始まる時間となり担任が扉を開けて入って来る。担任の服装も終業式に合わせてきっちりとしたスーツを身にまとっている。いつもは結構、適当な格好をしているのに。


「そろそろ、席に着けよ」


 先生がそう言うと立ち話をしているクラスメイトはざわつきながらそれぞれの椅子に戻っていく。斜め後ろをチラリと見ると幌平さんが私を見てニコッと笑いかけてくる。ふと、入学した時の私はこんなことになることを予想出来ていたのだろうか。そう心の中で疑問が浮かんだ。

 HRが終わって10分の休憩の後、廊下に出て出席番号の順に並ぶ。こういう所は小学校から何も変わってないなと他愛もないことを考えながら私もその中に加わった。そしてそのまま体育館へと向けて歩いていく。




 終業式は思っていたより早く終了した。ウチの校長先生は長々と話すのは好まないようで2、3分程話しただけだった。受験勉強真っ只中の3年生から順に体育館を後にする。私のクラスは1組ということもあって体育館から出ていくのは最後になる。ふと出ていく列に目を向けると丁度、先輩たちのクラスが出ていく所だった。その光景を見て、1週間陽子先輩が家に居て生活を共にしていることを再認識したのだった。


「それじゃあ、通知表渡すぞ。名前を呼んだら前に来るように」

「「「はーい」」」


 教室から戻ると担任から1学期の成績通知書が生徒に手渡される。私は最後から5番目だったので手元に来るまでに5分程待つことになった。渡された通知表をチラッとのぞき込んでみるとそこに書かれた数値は悪いものではなく平均すると4は越えていると感じた。これで先輩にダメだって思われなくて済むと感じると心の中で安堵のため息が漏れた。私は前より弱くなったのかな……。


「それじゃあ、ホームルーム始めるぞ」


 担任が通知表を渡されて発生したざわめきが落ち着くとホームルームを始めた。内容は宿題や課題、その他雑多な連絡事項が印刷されたプリントを配布しながら口頭で簡単に説明するというものだった。そして最後に夏休みだからと言って羽目を外さないようにというよくある一言を告げてホームルームは終わった。


「よしっ、これでホームルームを終わるぞ。みんな始業式で会おうな」


 先生は終業式のために着ているスーツからは想像できないようなフランクな感じでホームルームを終了させた。するとクラスメイト達は待っていたとばかりに立ち上がり、ある者は友人との雑談を始め、ある者は一目散に扉へ向かって動き出す。みんな待ちに待った夏休みに入ったことに喜びを隠せないでいる。私も特に用事があるわけではないし帰るとしよう。




 階段を降りて靴箱に向かう。靴箱の前でスマートフォンを確認すると望からメッセージが来ていた。一緒に買い物をしながら下校しようという内容のメッセージだったが今日は家で昼食を食べる予定だったため断りの返事をして上靴を脱いだ。丁度、外靴を履き玄関の引き戸を開いた所で人と目が合った。


「「あっ……」」


 目が合った幼馴染と声が被る。如月悠、彼女とはあの仲違いの後会話をしていなかった。私もそして恐らく彼女も声を交わして仲直りをすることを恐れている気がする。元々、彼女とは高校に入ってからは会話する回数が少なくなっていたから誤解を解こうという気持ちには中々なれないでいた。多分、こういう所が淡白だとか冷淡だとか言われるのだろう。


「余月さん……」

「何ですか如月さん」

「……」


 彼女の自信なさげな声にイラついたのかぶっきらぼうに返事をしてしまって会話が止まる。あの出来事は誤解の積み重なりでできたと認識していて先輩とも新たに積み重ねることができているのに他の面ではこの様だ。私は優しくなどない。玄関先が不気味な沈黙で包まれる。流石にここで問題を起こすのは不味いという所には頭が回り彼女に対して口を開く。


「ここだったら邪魔になるから、近くの公園で話さない?」

「ええ」




 彼女も同意して近くの公園に移動した。ここで遊んだことは記憶がある限り無い気がする。どこにでもあるような砂場と遊具、周囲を囲う木々の見える平凡な公園で特別な思い入れも無いのに何だか懐かしさを憶える空間だ。入り口から一番近くに見えたベンチに2人で腰掛ける。

 さっきは私が詰めるような言い方をして彼女を委縮させてしまっていた。しかも相手が謝るのを待つような態度で。それはダメだと感情が理性を上回り、口を開かせる。


「如月さん、さっきは……。いや、先月から誤解したまま貴女を避けてごめんなさい」

「えっ」

「貴女と先輩のことを誤解して、理由も聞かないで勝手に不安になってしまって身勝手に傷つけてごめんなさい」

「始和は……、悪くないよ」


 彼女が口を開けようとするより先に謝罪をする。これは多分、自己満足だ。本当の気持ちで謝罪している自信はない。本当に自分は悪くなかったら、謝っていたのだろうか、そう考えると分からなくなる。でも自分が傷ついた時に相手も傷つけていることはあるのだと思う、先輩と私のように。

 だから自分が傷ついた時だから謝らなくていいということではないのだろう。自分から前に行くことは何よりも大切なのかもしれいない。それが先輩と一緒に居るようになって気づいてきたことだから。


「如月さん、ううん悠。切っ掛けが悠の言葉だとしても私が大きくして逃げたことには変わりがないから」

「だから、私が謝罪するのは変なことじゃないよ」

「貴女がそこまで抱え込まなくていい」


 私が悠に言葉を続けると悠はその言葉をゆっくりリフレインするかのように考え込む。悠にとって私の今の答えは受け止めてもらえるものだったのだろうか。逆撫でするものになってないだろうか。不安が止まらないまま、彼女を見つめる。


「ううん、こっちこそごめんなさい」

「もっと早く気まずさなんて気にしないで正直に誤解させる言い方をしてごめんなさいって言うべきだった」

「始和が誤解したとかそういうことじゃなくて自分がどう間違ったかに気づくことが大切だったから」

「私はちゃんと始和が受け止める。だからもし良ければ、私の言葉も受け取ってほしい……」


 彼女は優しかった。自分の気持ちを、逃げていた私の言葉を聞いてくれた。その言葉だけで、心の重りが軽くなる。


「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」


 不安にならずに自然に感謝の言葉が出てくる。元ではないけれどもう一度変わることができたのだと思う。いや変えていく、変えていこう。


「悠、帰ろう」

「始和、それなら――」


 私たちは立ち上がって公園を出る。結局、家に着いた時には14時を過ぎていて、親と陽子先輩には怒られてしまった。理由を説明したら納得はしてくれたけれど。

 夏休みは軽くなった心でもっと他の人のことを知っていこう、理解していこう。そう心に誓って電気を消して横になった。

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