七月 第三週 半月。本番とサプライズ。

 鐘が鳴る、テストが始まる、50分の戦いが今始まった。


 鉛筆とシャープペンシルの黒鉛が擦れる音が室内に響き渡る。監督をしている教師は書類に目を通しながら教室を見渡す。今日一番最初のテストである、日本史の監督は若い英語教師だ。授業は年齢も近いせいか分かり易く、親しみやすいと評判だと聞く。

 目の前の問題を解きながらもふと余計なことを考えてしまう。日本史の問題、いや社会科系の問題は穴埋めか選択肢の問題が多い気がする。だから教科書を読み返しているだけでも効果があると姉は言っていた気がする。とりあえず、集中し直して進めていこう。


「止め!机に筆記用具を置いてください」


 先生の止めの号令で教室に一斉に筆記用具が机に戻され静けさが戻る。自分自身も止めの号令で確認をしていたテスト用紙から手を放した。


「テスト用紙を後ろから前に回してください。自分のテスト用紙は上に重ねて回すように」


 テスト用紙の回収が行われ、前へ前へと回されていく。先端の机に集まった用紙を回収し、枚数を確認する。静けさはまだ続いている。1分程経ち、トントンと用紙をまとめる音が聞こえ――


「テスト用紙の回収を確認しましたので日本史の定期試験を終了します」


 その声と共に教室に話声と雑音が戻ってきた。今のテストはできたかできなかったか、終わったら何処へ行くか、そんな他愛もない話が垂れ流される。私は次テストまでの最後の悪あがきに数学のノートを開いた。




 鐘が鳴り、本日最後のテストが終わった。1日分のテストが終わった妙な解放感が漂う空気のまま、HRに突入する。担任がひとしきり連絡事項を伝え、テスト期間だから羽目を外さないようにと忠告してHRを終えると、教室の中で高まっていた圧力は一斉に外へ向かって解放された。


「帰ろうぜ」

「お前、今日のテストどうだった?」

「7割くらいかな」


 5分も経つとさっきまでの熱気が嘘のように教室には静けさが戻っていた。教室にいた40余りの人は散り散りになって教室を出ていき、いまこの教室には私を含めて、3人しか残っていなかった。


「お~い、始和」

「始和残ってたんだ」

「うん、ちょっとね」


 人ごみを避けて帰ろうと思い、教室で教科書を読み返していた私にちょうど帰る所だった望と桂が声をかけてくれた。彼女たちも少し人が少なくなってから帰ろうと思ったのだろうか。


「望と桂も空くのを待ってたの?」

「ううん、桂が先生に質問があるって言って――」

「それでちょっと、残ってた」


 望の答えを桂が引き継ぐ形でそう返事をする。桂がそんなに質問をするというのはいったいどのような内容なのだろうか? ちょっと気になってつい口を滑らせて聞いてしまう。


「桂はどんな内容のこと先生に質問したの?」

「おっ、おい始和それは……」


 望の慌てた声に私は墓穴を掘ってしまったと理解した。油の切れたブリキ人形のように顔を桂の方へ向けると、桂はエサを見つけた猫のように目を輝かせた。


「始和も気になるのっ!?」

「う、うん……」


 桂の大きな声に気圧されるように私は半歩後ろに後ずさってしまう。桂はそんな私を気にしないで一歩前に迫る。その顔はいつもより明るく、目が開いていて少し恐怖を感じる顔でもあった。


「現代文の先生にね――」


 桂の長い話を要約すると敬愛する小説家についての研究についての意見と文学研究の盛んな大学はどこかという話を現代文の先生としていたということらしい。頭の中で文章にするとたったそれだけなのに、対面で情熱的に語られると10分は軽く、飛んでいくものだということに好きなことに対してはいくらでも話せるということを身をもって実感した気がした。

 桂が話終わったのは私の言葉ではなく、見回りに来た現代文の先生が少し同情の視線でこちらを見たあとに桂に注意をした時だった。暴走機関車はようやく停止したのだ。




「まだ語れたのに……」

「しょうがないだろ下校時間なんだから」


 不貞腐れる桂を望が慰める、大抵いつも逆のパターンしか見ないのでこの光景は新鮮だ。といっても誰しも人間なのだし、暴走するし、抑え役に回ることはあるということだろう。


「ねえ、始和?」

「何かあった、桂?」

「始和は今日のテストどうだったって思って」


 桂が話題を変えて、テストについて聞いてきた。望もこの話題に興味があるようでさっきまでの空気は霧散していた。


「私のテストの結果?……良い方は9割行けそう」

「すごい……、私はそんなに取れないや」

「良い方ってことは悪い方もあるんだろ?」

「まあ、ね……。そっちは5割かも……」

「何だよ、赤点行かないだけ良いじゃんか」


 帰り道でテストの手応えに各々勝手に話ながら、歩く。ふと腕時計を見る、今の時間は午後の4時だ。夕方ではあるがまだ時間はある。これから、夕方まで勉強しないと……。


「桂、望。今日はもう少し勉強したりするからそのまま帰るね」

「まあ、遊びに行ってバレても面倒だしな」

「赤点取る方がもっと面倒でしょ」

「何をー」


 別れ道までワイワイガヤガヤと歩いていく。3人で帰るのは中学を卒業して高校へ来てからはなかった。そう思うと何だかテストが有難い気さえした。


「また、明日」

「じゃあな始和、桂」

「またね」


 桂も望もそれぞれ自分の家路の上を歩いていく。私も通いなれた家への一本道を歩んでいく。夏の明るい夕方の空を背景に夜に向かって落ち着いてゆく湿気の中を歩く。

 家の玄関を開けて、靴を脱ぐ。その時ふと、見慣れない靴が2つ綺麗に整えて置いてあった。誰だろう? そう思いながら、リビングの扉を開ける。


「おかえり、始和」

「えっ、先輩?」


リビングに入るとそこには母さんと先輩、先輩のお母さんがケーキを頬張りながら和気あいあいと会話をしている光景が広がっていた。私はあまりの衝撃に一言言葉を発した後、沈黙してしまっている。


「ねえ、始和。どうしたのよ?」

「母さんっ! どうして先輩と先輩のお母さんがいるの?」

「そっか始和には言ってなかったかしら」

「何を?」

「私と陽子ちゃんのお母さんは高校の同級生だったから、前から知り合いよ」

「付け加えるとあなたが小さい時に何回かあっているわ」


 唐突に衝撃の事実を明かされ、私の脳は思考を停止する。私と先輩が昔会っていた。しかも1度や2度ではなく何回か会っていた。そう言われて私は感じていた違和感の原因に気がつく。先輩が家に来た時、お母さんがやけに優しかったのは昔からしっていたからだって。


「先輩は知っていたんですか?私と昔会っていたってことを」

「ううん、正直忘れてた。前に始和のお母さんに会った時に始和と会ってたことを思い出したよ」

「ならよかったです。安心しました」


 先輩もつい最近まで昔のことを覚えていなかった。そのことで少し安堵の気持ちが全身を包む。そして続けて聞こうと思っていたことを発する。


「その先輩、今日は何かありました?」

「何かって?」

「いや、その……。先輩まで家に来てるから何かあったんでしょうか? って思って」

「えっと……」

「それは私が言うわよ始和。陽子ちゃんのお母さん、弥生さんが2週間くらい家を空ける関係で今日から陽子ちゃんが家に泊まることになりました」

「だから今日、弥生さんと陽子ちゃんが家に来てるってことよ」

「……。えっ、えーー!!」


 私は追撃のパンチを食らった。驚きと?が頭を舞って止まらない。折角、テスト勉強で得た知識が漏れてしまいそうだ。先輩が家に泊まって、家で寝て、家のベッドに横になる。私はその間、平静でいれらるのだろうか?


「始和、これから2週間よろしくね」

「は、はい……」

「あらあら」

「これは良いわね」


 先輩は素直に言葉を伝え、親は面白そうに見守っていて私は只々、赤面するしかなかった。勉強が終わった後、布団を被ったが緊張と興奮からか寝ついた頃には時計の短針は真上を越えていた。

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