七月 不器用なままに

七月 第一週 新月。謝罪と距離と考査期間。

 月曜日。自分の自信の無さで先輩と悠を傷つけてしまった私は今日、2人に謝るために。前と同じとはいかないにしても少しでも仲良くいたいと思うから。そのために私はまず陽子先輩と仲が良い深山先輩に相談しなければならない。あの人は私と先輩の両方をよく知っている。



 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。私は午前中の授業が終わって昼休みに入ると階段を下り、深山先輩の教室に来ていた。深山先輩はちょうど教室を出ようとしていた所で私が手を振るとこちらに気づいて、私の方に歩み寄った。先輩が隣に来ると私は先輩に対してこう口にした。


「深山先輩、お願いがあります」

「私に協力してほしい?」

「はい」


 先輩はお願いと言う言葉から私が先輩に対して協力を求めているということをこれだけで読み取ってくれた。陽子先輩とは違った意味で本当に優しい、気持ちを理解してくれる代えがたい先輩だと思う。



 教室を出てきた深山先輩と共に階段を昇り、4階の食堂へ行く。屋上や中庭には行ったりしない。そこで深山先輩といるのを先輩に見せてしまったら私たちの関係は完全に破綻してしまってもう二度と戻って来ない、そんな気がした。4階にある食堂は食券を買う券売機が入り口近くに2台、入り口から向かって奥の方に厨房と食事を受け取る場所があり、その間には4脚、1台でセットになっているイスとテーブルが20セットほどある。券売機の前に来た私たちはチラッと食券の内容を確かめてから、小銭を取り出して投入口に入れボタンを押した。


「あら、始和あなたA定食にしたのね」


 私よりも1分程遅れて、テーブルの方にやってきた深山先輩はトレーを持ちながら私の昼食を見てそう言った。私の定食はA定食だからこの食堂では1番オーソドックスな注文なのだろう。どちらかというと男子生徒の方が多い気がするが多くの人に注文されている。今日は茶碗に入った白米、少し早い気がするナスのみそ汁、鮭の切り身のステーキ、ナムルとドリンクだった。先輩は何を頼んだのだろうか。


「そうですよ。ところで先輩は何を頼んだんですか?」

「A定食いいわよね、バランスも良くて。私はレディースランチよ」

「それなら先輩もA定食にすればいいのに……」


 レディースランチを注文した先輩を見て私は僅かに目を細めてジトっとした目付きで相手を見つめる。


「気になるのは確かなんだけど、私にはちょっと多くて」


 そういえば先輩は部活でも小食だった。今でも、いや今の方が運動しない分、カロリー消費は減っているかもしれない。


「先輩ってあんまり、食べないんでしたね」

「ええ、流石に残す前提で食べるのはどうかと思うし」

「先輩知ってました、ここって軽めに注文できるんですよ」

「えっ」


 先輩は調理員にお願いすると軽めにしてもらえるのは知らなかったみたいで少し間の抜けた顔をしている。ちょっと驚かせることができたのは嬉しい、そう言ってしまうと性格が悪い気もしなくはないけど。


「小食の人でも頼みやすいようにそうしているみたいですよ」

「そうなの……、ありがとう始和」

「いえいえ、先輩が気になってたなら教えない方がもったいないですし」


 その後、少しお礼と感謝の応酬をしながら定食を口にする。お弁当じゃない日はいつもこの定食だけど、バリエーションがあって飽きない。質も量もこの200円の食券の値段と比べると学生だから許される値段だと思う、それくらい美味しい。先輩もレディースランチを美味しそうに食べている、今度来たときはA定食にするのかな。



 定食を食べ終わって、コップの水を口に含む。先輩もちょうど食べ終わって落ち着いているところだ。そろそろ本題に入らないと。


「先輩、お願いのことなんですけど」

「そういえば、その話でここに来てたんだったわね」

「だいたい、分かると思うんですけど陽子先輩と仲直りするのを手伝ってもらえませんか?」


 私は頭を先輩に頭を下げて言う。先輩が協力してくれたら、陽子先輩と私が話せる場所ができるから、元に戻ることができる可能性は上がる気がする。でも親友だからこそ、先輩は簡単にハイとはいってくれないはずだ。


「そうね、そのことなら直ぐに手伝うとはいえないわ」

「そうですか……」

「でも、気にしすぎないで。始和、貴女が悪いと言うことじゃないわ」

「そんなこと、ない……です」


 実際、勘違いしたのは私だから私が原因のようなものだ。


「いいえ、始和。直ぐに手伝えないのは2人ともクールダウンが必要だってこと」

「早く誤った方が……」

「それは否定しないわ。ただ直接会って、沢山話すのはお勧めできない」

「どうしてですか?」

「貴女と陽子どちらとも自分を見ないといけないからよ。間違いを見つけるだけじゃなくて、自分の形を見つける。自分の性格、特徴、気質そういうものを知らないとまた自分を傷つける」

「……」


 考えたことも無かった、そんなこと……。多分、恋を知ってしまった私は自分に降り注ぐ雨が鏃になったのにも気が付かないほどに夢中だったのだろう。当然、現実は痛いわけで、今その痛みを味わっている。先輩は言っているのだ、ここで引いて冷静にコツコツと行くのか、この痛みを知りながら前に突き進むのかと。突き進むなら手伝えないと言っている。いくら恋愛、恋は盲目だと言っても、それは狂人の行為だ。少なくとも自分1人で決めるしかないだろう。


「今言った方法を取らない時に手伝わないのはそれが貴女にとっては邪魔になるから、そういうことよ」


 先輩はちゃんと説明してくれた、少し口調が強いから怖がられがちだけどちゃんと聞くと優しい、中学校に居た時から先輩はこうだった。でも私が取るべき道は決まっている、確かあの時もそうだった、私は先輩の手を取らなかった。


「私って、頑固ですね」

「えっ」

「先輩、アドバイスありがとうございます。今回も自分で行きます」

「うん、わかったわ始和。貴女はすごいと思うわ、私が手伝えないくらい」

「そんなことないですよっ、気づかせてくれたのは先輩ですから」


 私はそう言うと立ち上がり、トレーを両手で持つ。


「先輩、先に教室戻ってますね。本当に助かりました」

「ええ、応援してるわ」

「ありがとう桜さん」


 先輩が嬉しそうに驚いた顔をしている。そう言えば名前で呼んだことなかったかもしれない。先輩に背を向けて、トレーを下げ食堂を出る。お腹は8分、心は満タン、やる気は120パーセント、あとは空回りしないようにするだけだ。



 午後の授業の終わりを鐘が告げる、最後の授業の先生が出ていくとともに一時的に教室に活気あふれる騒音が降りてくる。教科書をしまう音、前後左右斜めと会話する声、黒板を消す音。様々な音が和音、不協和音そのどちらもを奏で鳴らす。しかし、それは一瞬で、担任が戻ると直ぐに元の静寂へと姿を変えた。

 体感にして20分、事実としては10分でSHRは終わり、クラスメイトはパラパラと教室から出ていく。私もその人たちに合わせて、教室を出る。


「始和っ!一緒に帰ろうぜ」

「ごめん、望。今日は難しい」

「でも今日……。そっか、なら仕方ない」


 望に声を掛けられる。いつもならもっと話していたいけど今は時間が無い。短く断ると望は納得したように引き下がってくれた。このお礼は後できっちりしないといけないな。


「ありがとっ、望!」


 望に歩いたまま返事をするとそのまま階段を降りて一気に玄関へと進む。まだ人の多い中を抜けて校門上の道を行って、委員会のある棟へ。走る、進む、息が上がるけどそれでも進む。前へ、前へと必死に。息を切らせながら、扉を開けるとそこに――。


「えっ。今日は活動はないよっ……」


 窓から見える夕日の明かりを背景に座る先輩は少し、弱く見えた。怖がっているような、恐れているような。


「……」

「っ……」


 沈黙が続く、私は先輩を怖がらせたのかな……。でもここまで来たんだ、深山先輩の、桜さんの手を振り払って。ならここで立ち止まっていい訳が無い、退路はないのだから進むしかない。拳を握りしめ、目じりから零れそうな涙を瞬きで払って先輩をしっかりと見つめる。睨むのでもなく、逸らすのでもなく自然に。


「先輩」

「何っ、余月さん……」

「ごめんなさい、話も聞かないで勘違いして酷い態度を取って」

「無視してしまって」


 先輩は驚いた顔をしてこちらを見る、まるで予想してなかったようなそんな顔で。


「私は身勝手な感情で先輩と私の友人を傷つけてしまいました。だから、ごめんなさい。これで元に何て言えませんけどっ!?」


 突然、先輩が立ち上がってこちらに抱き着く。突然のことに頭が回転するジェットコースターに放り込まれたようになって、働いてくれない。


「ううん、始和だけが悪いなんてないよ。私も隠すことは無かったし、あそこで怖がって後ずさりしなければ、傷が浅く済んだから」

「だから、悪くないよ。始和はすごい、私より先に動いて、前に進んだそれはとっても勇気のあることよ」


 私が悩んでいる、その間も先輩がこんなに悩んでくれていた。そのことに心がどんどん満たされていく。小さな器はあっという間に――。


「先輩…、先輩っ、先輩!」


 溢れて、隠れていた感情は滝のように先輩に落ちていく。私が涙を流して感情を表している間、先輩は私をずっと包んでくれていた。


「ありがとうございます」

「気にしないで、私も嬉しくて、そう言いたいから」

「こんなので良いんですか?」


 嬉し涙を一緒に浮かべる先輩に一抹の不安を抱えて、そう尋ねる。


「いいの、始和が、こんなところもある始和が良いの」

「そうですか」


 私は顔を赤くして、喜んだ。


「そういえば、最初に驚いていたのはどうしてですか?」

「それはね、考査期間に来るのは私くらいだと思っていたから」


 ちょっと驚いちゃってと先輩は続ける。


「考査期間!?」

「うん、もしかして忘れてた?」

「はい……」

「一緒に勉強しよう?」

「お願いします」


 すっかり気分が落ちた私をそうフォローしてくれる先輩の優しさが、関係が元に戻ったことを示していてくれていて、少し安心した。

 明日から試験勉強ちゃんと先輩と頑張らないと。その嬉しさで家に帰っても私はいつもと比べて、笑顔が多かったそんな気がする。今日はすっきり眠れそう、ありがとうございます陽子先輩。

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