五月 末日。和泉山陽子の内省。

 生徒総会があと2日に迫り、五月もあと少しで終わろうとする水曜日。私は彼女をデートに誘った。デートと言っても何処かに出かけるというものではなく彼女を私の住む家に上げるただそれだけのことだが、それだけのことでも彼女にとっては大きなことだったと思う。言った自分がこう思っていると少しだけ薄情な気もする、でも私は気分屋だ。それもコロコロ表情を変えて、日が昇った時のことが月が昇るころには風向きが正反対になるくらいのだ。なんだか無性に自分自身が嫌になってくる嫌だな……。

 生徒総会があと10時間後に迫った23時の深夜、私はまだ起きていて日記を見直している。日記はコロコロと考えが変わる自分を見て親が買い与えた物だ。他のスケジュール帳のようなものは三日坊主になったというのに何故かこれだけは続けていられる。それだけ私の中でもそれは良くないことだと思っていたのだろう。日記の中の私はいつも楽しそうだ、“明日会うのが楽しみ”、“もっとたくさん話をしたい”そんな文学作品でしか見ないような初々しい感情が隠すことなく綴られている。私ってこんなに恥ずかしかっただろうか?桜に聞いてみよう、まだ起きてるだろうし。電話を鳴らす、ワンコール、ツーコール、結局4コールほど待って桜が電話に出た。


「何、どうしたの陽子?」

「桜、ちょっと確認したいことがあったんだけどまだ大丈夫?」

「ええ、私もまだ起きてたし」

「そっか、良かった」


 桜と明日の予定について少し確認を行う。ここはどちらが読むか、反論が来たらどうするか、そういったものの把握だ。これをしておかないと生徒総会は中々進まない。生徒総会は最大で2日分のスケジュールを持っているので長引くと2日目に突入してしまう。その為には事前に質問を想定することが大切だということらしい。ただこれが常任委員会の志望者が年々減っている原因だとは私も桜も十分に理解している。常任委員は6月にある定期テストでは点数が低いと言われる程度には忙しいのだから、志望者が減るのはよくわかる。そんなことを裏で考えながら桜との確認を終える、やっぱり桜は私より上手な気がするどうして私に委員長を譲ろうと思ったのだろうか。


「これで一通り確認は終わったね。桜、まだ不安な所はあるかな?」

「いいえ、特にはないわ。放課後の活動でもリハーサルは取ったしね」

「なら良かった」


 私は少し安心した、余計なことを考えるくらいには余裕があったんだって。でも桜もこんなことを深夜に確認するのには疑問を持ったみたいで――。


「それで陽子、貴女が本当に話そうと思っていたことは何?」

「ええと…」

「できれば早くしてほしいわ、もうすぐ明日が今日になるわよ」

「ごめん、すごくくだらないんだけど」

「くだらなくてもいいから、早くして。もったいぶるのは悪い癖よ」


 桜には色々、バレバレだったみたいだ。変に恥ずかしがらないで聞けたらなぁ……。


「電話をかける前に日記を読んでいたんだけど……、私ってこんなに恥ずかしい奴だったっけ?」


 一呼吸置いて話の核心を口にした。すると桜は――。


「何を今更、分かり切ったことを」


 桜は呆れた声を出して、そう口にする。同じ失敗をした子供を見る母親か先生のようだ。


「えっ、そんなに……。わかり、やすかった……?」

「ええ、貴女表情に直ぐに出るし。泣いたり、笑ったり、怒ったり」

「あっ、ああ……うん。そうだね」


 そういえば桜には何度も何度も醜態を見せてきたのだった。そんなことを考えると自分は当然の常識のようなものを聞き返していたことになる。それは呆れられても仕方がないのかもしれない。


「そっか、そうだった。でも聞きたいというか相談したいのはそこじゃないんだ」

「どういうことかしら」

「確かに桜がいってくれたとおり、いつもの自分はそんな感じで恥ずかしいことを言ったりするけど……」

「それで」


 桜が先を促す、言葉が少しきつい時もあるから厳しく見えるけどちゃんと落ち着いて聞いてくれるいい人だと思う。話し相手になってくれて良かった、そう心の中で思った。


「私って、結構冷めやすいというかそういう所があって……。なんでこんなに情熱的だったか、後で考えると理解できなかったり……」

「ええ」

「それで私、余月さんに酷いことをしているんじゃないかって……」

「でも、余月さんにはそれがわかるようなことをしたわけじゃないんでしょう?」

「ええ、そうだけど……。表面的にはそういうこと言ってその気にさせて心の裏では冷めているのはちょっと相手に失礼な気がして」


 私自身なにを言っているのかわからなくなりかけているところもある、でも混乱しているからこそ聞いてほしいし、意見が欲しい。申し訳なさは増すばかりだけれど……。


「確かにそういう気持ちを抱いて、相手と向き合うのは良いことじゃないわ。おそらく一般的には」

「そうだよね、ならっ――」

「それは止めておきなさい」

「どうして、嘘をつかないのは大切なことじゃない?誠実だって言うのは」


 私は桜に少し強い口調でそういってしまう、嘘をついて後から落胆させるような人間は誠実でもなんでもないそう昔から思ってしまっている。


「確かに嘘で相手を傷つけるのは良くはないわ。でも、貴女のその冷めている時が本心なのかタイミングによってそういう性格になるのかは私にはわからないから」

「だから、そう性急に決めてしまうことはないわ。貴女に大切なのは……」

「大切なのは何なの?」


 私は急かすように聞いてしまう、わかっていてもそうしてしまう。簡単には直せない、言い訳をしているだけかもしれないけれど……。


「いい、大切なのはね陽子。相手を好きになる、理解するために自分を理解することよ」

「自分を理解する?」

「貴女が嘘かもしれないと思ってしまう好意が本当はどういうものかを理解するには自分の考えを知ることが大切だと私は思うわ」

「どうして?」

「貴女が好きなのは余月さんだけれど、好きと言う気持ちやその冷淡な感情を創り出すのは貴女自身。だからそこがわかればもっと素直に気持ちがわかって貴女の悩みも少しは解決すると思うわ」

「でも、実は私が……」


 そう、私が告白したのに好きじゃなかったそれが真実だったら……。それを想像して動けなくなる自分がいる。怖い、嫌だ、そんな気持ちが渦を巻く。


「その時はそれを素直に表現することよ、失礼な言い方はしないで。今ははっきりしないのだから、できるだけ早く、できるだけ正確に理解するのがここでの誠実だと思う」

「うん……」


 桜の言うことはかなり厳しい、別に私自身が悪いとは言ってないけど、今言わないのなら後で伝えるのはもっと難しいことだと思う。そして人付き合いに絶対など無いからこれが正解かもわからない。だから、桜の言ったことに従わなくても怒りはしないし、責めもしないそう思う。

 だけどここで打ち明けてしまうのは違う、それは私もそう思った。私自身、余月さんに始和に何も伝えられていない。表面じゃなくて奥深くに伝えられていない。本心をわからないが故に。だから少しでもいいから変えなきゃ、変わらなきゃ。


「ありがとう、桜」

「いいのよ、お互い様よ。こういうのは」

「そろそろ寝ないとね」

「ええ、おやすみなさい陽子」

「おやすみ桜」


 電話を切って、布団に倒れこむ。目覚まし時計は0時半をさしている、アラームはかけてあるから大丈夫だ。寝巻も電話をかける前から来ているし問題ない。しっかり寝て明日もやっていこう。

 生徒総会を終わらせて、余月さんと自分に向き合おう。そう覚悟を決め、和泉山陽子は5時間ほどのまどろみに落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます