五月 第四週 下弦。流れる水のように。

 生徒総会。この言葉が先輩の口から出てから私の忙しさは日を追うごとに増していた。その言葉から出てくるイメージはどんなものだろうか。少なくとも中学生の時の私にとっては退屈な儀礼という印象だった。学級委員がクラスで質問や意見を纏めて体育館で発言する、記憶が正しいならそんな印象だった。回答も当たり障りないもので執行部の方針がそのまま決まるそんなもの。少なくとも忙しくなる要素があるものだとは思ってもみなかった。

 でもこの高校では違う、私立という自由度によるものか部活の運営資金や学園祭の予算なども生徒が自分で決めなければならないらしい。去年度の実績報告の後、今年度の予算要求に対して常任委員会や各委員会が回答し、議論する。これがこの高校の生徒総会の役割ということらしい。形式上は中学校と大差無いが実務上は全くの別物と言えるだろう。

 理由としては自主性の尊重や生徒会の運営資金は生徒から集めた物だからということだろうが、ちょっと責任放棄な気がしないでもない。そのおかげと言うべきか、せいと言うべきか常任委員会は生徒総会当日が近づくにつれて忙しさを増しているのだった。


「始和、1年3組から予算の根拠書類が上がっていないから貰ってきてくれるかしら」

「わかりました、深山先輩。できてるか確認して受け取ってきます」

「大山君、この書類探してもらってもいい?」

「和泉山先輩、探してきますね」

「深山先輩、バスケットボール部の部長が少し話したいそうです」


 ここ数日の放課後はずっとこんな感じだ。まだ提出していないクラスからの書類の回収、ここ数年の資料との突合せ、部活などからの陳情の対応、そんな感じだ。予算を決められると聞いて部活と兼部する人や乗っ取ろうとする人が生まれそうだとも思ったがこれ程に忙しかったら、ただ利益を得たい人はやりたがらないと感じる。そして先輩が2人と言うのもこれが原因なのかも。アルバイトをしたり、放課後に遊びたい人には無理な活動だし、勉学にすべてを捧げるような人でもこれは無理だろう。


「意外とブラックだ……」


 予算資料を受け取って、常任委員会の部屋に戻る途中の廊下でそう呟く。気づけばもう六月に入ろうかと言うのに空に夕焼けの橙は殆ど見えず、闇が覆いつくそうとしている。あと一ケ月ほどで夏至なのに……。まだ授業に支障は出ていないし、寝不足になるほどでもないけど体調を崩さないように気をつけよう。そう決意して、足を進める。



 結局、今日の作業が終わったのは7時なろうかという時間だった。書類を元の位置に戻している際、ふと窓の外を見ると下り坂を見ると街灯に照らされた道を生徒が降りていくのが見える。普段はこの時間になると先生くらいしかいないと思うが今日は委員会や部活の関係の多く生徒残っていたのもあるだろう。常任委員会室の中は大量のA4用紙と紙ファイルが机の上を占領しており、片付けるのにはあと10分くらいはかかりそうだ。先輩たちは今、職員室に行っていてこの場には私を含めた1年生の3人だけとなっている。


「今日は疲れた……」

「こんなに忙しいのはちょっと予想外だな」

「私も……同じくです」

「「えっ」」

「え……」


 2人とも疲れたと言って少し小休止を取る。私も二人と同じように疲れたと言ったら驚かれた、何故だろうちょっと気になる。


「えっ、私そんなに元気に見えます?」


 つい最近、顔に出やすいと言われたばかりだ、むしろ疲れを顔にだしていそうなものだが……。


「いや全然」

「むしろ逆で全く表情を変えないから疲れてるようには見えなくて」

「そ、そうかな」


 逆だった、ほとんど表情が変わらないから疲れているようには見えなかったそういうことみたいだ。流石にこんなに作業していたら疲れもするんだけど……。深山先輩には顔に出やすいと言われて、未海さんと大山君には顔に出てないから驚かれる。結局の所どっちなのだろう、また余計なことで悩んでいる気がする。

 そんなことを考えて、雑談をしながら片づけをしていると先輩たちが戻ってきた。


「みんなっ、お疲れ様。先生がドーナツくれたよ」

「もう陽子ったらはしゃがないの」


 陽子先輩がドーナツの入ったボックスを持って入って来る。先程、出ていく時とは違って満面の笑みだ。先輩は間違いなく顔に出やすいそう思った。深山先輩は若干呆れた顔をしながら後ろ手で扉を閉める。机に置かれたドーナツの箱を開けるとその中にはフレンチクルーラーやチョコレートのかかったドーナツやチェーン独自の限定版など色々なドーナツが10個揃っていた。


「10個ってことは2個ずつ食べていいんですか?」


 大山君が目を輝かせて、先輩たちに聞く。そう言えば大山君は甘いもの、特に洋菓子類が好物だったって言ってたなぁ。疲れているところに2個も食べられるとしたら嬉しさはとても大きいだろう。


「ええ、常任委員会のみんなで分けてって先生がくれたの」

「やった、先生ったら太っ腹だね」

「ええ、本当に……」

「さあ、みんな同じのは1つしかないみたいだから、早い者勝ちだよ。私たちは後でいいから先に2個ずつ選んで」


 陽子先輩がそう言って、私たちにドーナツを選ばせてくれた。まず大山君がフレンチクルーラーとモッチリングという商品名の醤油味を取っていった。未海さんも私も欲しいドーナツと被っていなかったようだ。次に未海さんがチョコドーナツと抹茶クルーラーを選んだ。抹茶は私も興味があったけど私自身、他に食べたいものもあったので問題はない。最後に私が選ぶ、チョコのフレンチクルーラーをまず選んだ。先輩達も大丈夫そうだ、次に普通のモッチリングに手を伸ばそうとした。すると先輩がちょっと残念そうな顔をする。深山先輩はそのことに気づいて、“あっ”と言う顔をしている、流石に先輩方が残り物ばかりで好きなものを食べられないというのも良くない。ここは――。


「始和、本当にその2つで良かったの?」

「ええ、普通のドーナツも久しぶりに食べるとシンプルさがいいんですよ」

「なら、いいけど……。あまり陽子を甘やかさないでね」

「わかってます」


 深山先輩は心配症だ。流石に何でもOKするわけではない。でも食事やおやつ位みんなで楽しい方が良い気がする。

 食べ終わった後5分ほど片づけをして、作業が終わった。みんな制服の上に上着を羽織って、忘れ物が無いか確認する。深山先輩が鍵を閉めて職員室に返却しに先にこの場を離れた。


「みんなお疲れ様、あと2日だよ。終わったら、1週間は活動がお休みだからゆっくり休息してね」

「はい、お疲れ様です」

「やったぁ、あとちょっとだな始和」

「うん、未海さん」


 先輩がそう声をかける、流石に終わった後はしばらく小休止ということだろう。大山君と未海さんが先輩に挨拶をして先に行く。あの2人は私と先輩とは方向が少し違うから一緒に帰ることは少ない。深山先輩はこの時間だと迎えが来ているだろう。必然的に先輩と2人で帰ることになった。


 夜の街灯が薄い青色を含んだ光を放っている。幹線道路の横を歩いているのにも関わらず、車通りはあまりない。その静かさのせいか私たちは自然と無言になっていた。少なくとも私は無言が苦手な方ではない、でも先輩はどうなんだろう。そう思って歩いていると次の歩行者信号が点滅し赤に変わる。横断歩道の前で私たちは立ち止った。


「ねえ、始和」

「なんですか先輩」


 先輩が突然口を開く、先輩はやっぱり静かなのは苦手なのかな……。


「お願いがあって」

「言ってみてください、できることだったら何でもしますよ」


 私は深く考えずに安請け合いをする。後から考えるととても良くないことだったかもしれない。そんなことにも気がつかず私は先輩の口が開くのを待つ。


「週末、私の家に来ることってできる?」

「へっ、そんなことですか。日中だったら問題ないですし、泊まりでも親が許可出したらできますよ」

「い、良いの?」

「ええ、もちろん」


 先輩のお願いに私が許可を出すと先輩は辺りの街灯やネオン、信号機よりも明るい表情になって顔を上げ、私に抱き着いた。先輩のこういう所が可愛い、そう思いながら分かれ道までくっついていた先輩を思い出して私は部屋で身もだえする。


「あっ!」


 そういえばもしかして、初めてのお家デート……。顔が一瞬で熱を帯びる、私も先輩のことについて何も言えない。これがバカップルというものだろうか、変な所で冷静な私はそう思いながら布団の上でジタバタと過ごした。今日は激流のような一日だったな。

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