五月 第三週 満月。膨らむ心。

 先週のあの出来事のあと、私と先輩の精神的な距離は大幅に縮まった気がする。まあ、あそこまでの醜態を晒してしまったら先輩も私のことを気にせざる負えない所はあると思う。でも先輩にとって私が遠慮しなくていい関係だって言ってくれたのはとても嬉しかった。

 今日も授業が終わり、委員会室へと足を運ぶ。何というか前よりは足が軽い、前と違って先輩達にそこまで気を遣いすぎなくても良くなったからだろう。先輩とはもちろん、深山先輩とも前よりは軽い冗談を言い合えるようになった。


「もう、始和。そんなヘニャァって顔してないで」


 そう思っていたら、深山先輩に呆れた顔をされた。そんな顔をしていたのだろうか、普通の顔をしていると思っていたのだけど……。


「そうですか?そんな変な顔はしてませんけど……」

「そんな訳ないでしょう?この顔のどこが変な顔じゃないというの?」


 深山先輩がそう言って突き出したスマートフォンの画面には少し気持ち悪いくらいにニヘラァという効果音の付きそうな顔をした自分がいた。確かにこれは変な顔だ……。気が付かなかったことに私は頭を抱えるとともに指摘してくれた深山先輩に感謝したい。


「あっ!、きっ、気をつけます」

「貴女が納得してくれてよかったわ、始和。流石に陽子の前であの顔を見せるのはどうかと思うし……」

「せっ、先輩っ///」


 深山先輩がついでに言った言葉は私の頬を真っ赤に染める、いくら私と陽子先輩の間について詳しく知っているとしても突然そのことを言われると恥ずかしくなる。


「あら、ごめんね。そこまで反応するとは思わなかったから」

「もう、先輩のいけずっ」


 深山先輩と軽い口調で言い合っているうちに大山くん、未海さんが入って来た。


「先輩、余月さん、こんにちは」

「深山先輩、始和、こんにちは」


 扉を開けて入ってきた2人はクラスが隣同士なのもあって、来るタイミングはほぼ一緒だ。よく話しているのも見かける。私は2人とはクラスが遠いのもあって常任委員会以外の場所で話したことはほとんど無い。だからといって仲が悪いわけではない。

  未海さんは望と近いタイプなのもあって話しの相性は悪くはなく、通話アプリやSNSなどのアカウントをお互いに交換し合って、偶に暇なときに会話をする程度には親密と言える。また休日に体育館に行って会った時にはどちらも卓球をやっていたこともあって軽く打ち合いをしてそれが楽しかったりと望と同じように気兼ねしなくていい感じの人だとこの一ケ月という短い中で感じた。

 大山君の方も私が本を借りに行く公立図書館で何回か遭遇したことがあってそのことを切っ掛けに偶に通話アプリで言葉を交わすようになった。最近は桂と3人でグループを作り、好きな作家や小説、絵本について語り合うことも始めた。2人とも一般的な意味での友達とは少し違う気がするが友達と言える存在だろう。


「こんにちは2人とも、まだ時間あるからお菓子でも食べてリラックスしててね」

「2人とも掃除当番お疲れ様」


 先輩と私も2人に挨拶を返す。私の方が2人より早く来ていたのは2人のクラスが今週掃除当番でその作業で時間がかかっていたからだ。


「ありがとよっ、始和。結構疲れた…」

「本当にお疲れ様」


 私はそう声をかけて、未海さんの座った所にお茶を持っていく。未海さんは緑茶が置かれるとほぼ同時に湯呑みを掴み、中の緑茶を一気に飲み干した。そんなに熱くはしていないけど、一気に飲んだら熱くないのかな…。


「だ、大丈夫?」

「ゴクッ、ハァ。大丈夫だよ、始和丁度良かったよ」

「はぁ…、ならいいんだけど」


 私はそう言って、未海さんの横から大山君のところへ移動して、もう一つあったお茶を横に置く。


「ありがとうございます、余月さん」

「ううん、どういたしまして」


 大山君は置いてあったお菓子の2つ目を開けているところだった。大山君はよく食べるなぁ、本について話している時とのギャップに少し戸惑いながら、大山君を見る。こうして先輩以外のことを考えていると少し、調子に乗り過ぎた自分の心を落ち着かせることができるだろう。


「深山先輩はコーヒー追加で入れます?」

「いいわ、まだ半分くらいあるし。貴女も立ってなくていいのよ始和」

「いいんです、私がやってたいことなんですから」

「また、そうやって…」


 先輩はちょっと呆れた顔をしてこちらを見る。私が何かしたのかな、私は動いているのは好きだし今はそういう気分だから座って待っているよりも落ち着く。ただそれだけだ。そう思いながら陽子先輩の飲み物を用意しようとしているとタイミングよく扉が開く、陽子先輩だろうか。


「お待たせしましたっ、遅れてごめんね」

「ちょっと陽子、今日は掃除当番は無かったでしょ」

「ごめん、ちょっと職員室で先生に捕まってて…」

「そう、ならいいんだけど」


 陽子先輩が息を切らせて、常任委員会室に入って来る。ちょっと髪が跳ねていて、化粧はしないけれど服装に気を遣っている先輩にしては珍しい気がする。何か、あったのだろうか、少し心配になる。そう思っていたら深山先輩が声をかけた、やっぱりあの2人の間の親密さはすごいそう思う。とりあえず大変なことがあったわけではなさそうなことに安心した。それと同時に少し暗い気持ちがあふれ出る。いつから私はこんなに誰かを気にするようになったんだろうか――。いけない、先輩の飲み物を用意しなければ。


「先輩、コーヒー、緑茶?それとも紅茶にしますか?」

「ありがとう、始和にまかせるよ」

「はいっ」


 先輩に笑顔で始和に任せると言われると気分が上がってしまう。今の会話で私はポーカーフェイスができないと実感した。案の定、深山先輩の方を見ると何とも言えない顔をしていた。幸い、先輩は気づいていないみたいだ、勘が鋭いのか鈍いのかわからない。よしっ決めた、紅茶にしよう。


「先輩、紅茶にしましたよ」

「えっ、ありがとう。紅茶好きだから嬉しいな」

「そう言ってもらえると良かったです」


 先輩が喜んで紅茶を飲む。深山先輩や未海さん、大山君も全員が揃って飲み物を飲んで机を囲んだことで和気あいあいとした雰囲気に包まれる。先輩に喜んでもらえる、素直に話せる友達がいる。そう思えたら少し、心が安らいでいく。ああ、良かったなと


「さあっ、そろそろ始める?」

「「「「はいっ」」」」


 先輩が声をかけるとのんびりしていた雰囲気は解けて、活動をするそんな空気になる。深山先輩の方が普段はしっかりしているけど、こういうところを見ると先輩が会長だってことがわかる、そんな気がする。

 活動が始まり、みんな真剣な顔立ちになる。先輩から深山先輩、私、未海さん、大山君といった順番で配られた書類に目を通す。


「さあ、今日の活動内容は生徒総会について。桜、簡単に説明してあげて」

「ええ、任せて」


 先輩が今日の活動内容を発表し、深山先輩が説明をする。いつものスタイルだけど纏っている空気はいつもと違った。私を好きと言ってくれた先輩ではなく仮面をかぶったような表情をした先輩に。それはもう部屋を間違えてしまったと感じるほどに。そして来週から地獄のような忙しさと更なる変化が訪れるとは私自身、まだ想像もできなかった。

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