五月 第二週 上弦。遠点と近点。

 ゴールデンウイークが終わった次の週。生徒たちは浮かれていた連休前が嘘のように沈み込んでいる。いつもならそこまで沈み込まない私も少し気分が重い。陽子先輩には常任委員会で会えるのに……。 チャイムが鳴って、授業が始まる。午後まで無理をしないで頑張らないとなんだか矛盾している気もするけど。


「始和ぁ。連休はどうだった、なんかあったか?」


 授業が終わり昼休みに入ると望が私の顔を見に来る。連休前と変わったわけでもないのに。


「何にも…、ちょっと買い物したくらい?」

「和泉山委員長と?」

「へぁっ!」


 びっくりして奇声を上げてしまう。一瞬クラスの視線が集まるが直ぐに散らばる。望の方を向いて軽く睨む、こんな場所でなんで人が驚くようなことを言うかな…。


「もう、望。突然びっくりするようなこと言わないでよ」

「こっちだって、びっくりしたさ。うちら3人で買い物に出かけたの何回あった?」

「3回」

「それを知ってるこっちからしたらびっくりってもんじゃないよ」


 まあ確かに望と桂と一緒に買い物に出かけたのは2年に2回、3年に1回の3回だ。仲の良さからすると決して多くはない。むしろ少ないだろう。そのことを考えれば和泉山先輩と出会ってから1ヶ月程度で出かけたのはとても驚くことと言える。


「まあ、色々あってね…」

「色々?やっぱり始和は先輩にとっては育て甲斐があるんだろうな」

「だから色々と関わってくれるんだろ」

「そうなのかな…」


 告白されたことを言うと話が面倒くさくなるのでそのことは黙っておく。望はある意味、ミーハーだ。普通に恋バナで盛り上がる女子高生というべきだろうか。私とは逆に恋人や好きな人が居るとなると話を細かく聞こうとして妄想が暴走する、そんなタイプだ。


「少なくとも中学から見ててそう思うよ、私は」

「だったら先輩もそう思ってるのかもね」

「そうなのか、他には何も言われてないの?」

「他には?」


 気づけば望が私の前の椅子に座って、弁当を食べながら話しかけてくる。私としてはそんなに長話にするつもりは無かった、長話なんてしていたら墓穴を掘ってしまいかねない。


「特になかった。そんなに細かい話はしなかったよ、しいて言えば先輩の趣味とか私の趣味とかそんなことを話したりしただけだよ」

「特になかった!?色々あったように聞こえるけど」

「そうかなぁ」


 話がループし始める。やっぱり望と私の間には大きな溝がある気がする。まあ私の方が一般というものからは離れている気がする。


「始和っていつも、淡白だしそれを見てるとそう思っちゃう」

「望だからそうできるんだよ」

「私は大して重要じゃないってことかぁ」


 望が詰め寄って来る、でも表情はとても柔らかだ。まあ、相手も自分も結構分かり合っているのだから。


「そんなことない。望とだからそうできる、そうしてもいられる」

「そっか、そう考えると始和にとってはそこまで変なことじゃないのかもな。でもちょっとずつ変わっていると思うよ」

「ありがとう」


 一応、理解を示してくれたことに感謝を示す。いつも甘えてしまっている分、こういう所で感謝を示すのは大切なことだと思う。


「じゃっ、そろそろ戻るわ」

「望、午後はちゃんと勉強しなよ」


 部活にかまけることが多い親友に一応、声をかけておく。


「わかってるよ、午後は陸上だぜ」

「あぁ…」


 まあ、運動部の望のことだから体育は楽しんで参加するだろう。運動部だから体育が好きというのは偏見な気もするけど。望はそういうといつの間にか平らげた弁当を片手に手を振って教室を出ていく。でもさっき言っていたちょっとずつ変わっていくという所が頭の中を離れない。望は私に結構大きな課題を突き付けた気がする。時計を見る、もう少しで昼休みが終わりそうだ。慌ててご飯を口にする。午後も頑張らなくちゃ。


 最後の授業が終わる。教室の雰囲気は一気に弛緩し、ホームルームは終わっていないが放課後のような空気に包まれる。ああ、全く集中できなかった。私はこんなに繊細だっただろうか。少し気が重いまま、常任委員会室へ足を向ける。こんな時先輩なら…。本当にまずいかも…。


「お疲れ様です」


 扉を少し、引きずりながら開ける。


「あっ、始和。お疲れ…さま」


 中に居たのは深山先輩じゃなくて、先輩だった。ああ、先輩に見せてしまった、申し訳ない。いつもなら深山先輩の方が先なのに…。


「今日は常任委員会の活動無いよ」

「えっ…」


 頭が真っ白になる。あれ、間違えたかな…、どうしよう、どうしようっ。


「大丈夫だよ」


 暖かいものが体を包む。それが先輩の腕だと気づくのに少し時間がかかった。私、先輩に…。


「大丈夫、連絡したのはついさっきだし。だから気にしないで」


 頭をトントンと軽く撫でられる、まるで泣いた子をあやすように先輩は私を包んでくれる。そのことに気づくと途端に恥ずかしくなった。


「わっ、ごめんなさい…」

「あ、ううん気にしないで」

「すみません」

「いいんだよ、落ち着いたらでいいから何か話してみない?少しづつ聞くよ」


 先輩は私を落ち着かせるようにそう声をかける。先輩のことでなかれば先輩に遠慮なく話せた。でも先輩についてのことを相談する程、私に胆力はない。私には勇気がない。


「私には何もない――」

「そんなこと無い…、そんなこと無い!。始和は何もないなんてない」


 先輩が急に感情的な声で私に声をかける。声に出していたのだろうか。先輩の顔を目を開いて見る。先輩は長い髪で顔を少し隠しながら、目じりに涙を浮かべていた。こんなに感情を見せた先輩を見たのは買い物の時以来な気がする。しかも泣いているのは初めてだ。そんな先輩を見て私は少し安心する。気になってしまっていたのはこちらだけではないのかもしれないと。


「始和、私は始和のすごい所を桜から聞いたし、実際にきっちり動いているところも見た」

「はい…」

「望さんにも少し話を聞いてもらったし、君のことを知っている人に声をかけたりしたら、みんな始和はすごいって」

「おべっかとかお世辞じゃなくてそう言ってた」

「付き合う距離の取り方は下手だけど、優しいし、相手のことも察してくれるけど、都合がいいわけじゃないって」

「だから本当に大切に思ってくれるって、そう言ってた。だから何もないなんてないよ、大丈夫」


 先輩は優しい、私なんかよりずっと優しい。そう思いながらも、望や桂、深山先輩とかにそう思われていたと知ることができて自分もそんなに捨てたものではないのかもしれない、ちょっとだけそう思えた。出てきた涙と呼吸が落ち着くまで先輩の腕に縋る。


「もう少しだけ、こうさせてください」

「うん、いいよ。大丈夫」



 泣き止んだ私は顔を上げて先輩を見つめて話す。ひどい顔だろうがさっきよりはましだろう。


「先輩、見苦しい所を見せてごめんなさい」

「気にしないで始和。それでどうしてそうなったのかを聞いても大丈夫?」

「はい…、ちょっと恥ずかしいですけど」


 何とも言えない顔を浮かべつつも、先輩に昼のことを説明する。望と私のスタンスの違い、先輩との距離感、望のアドバイスで考えすぎてしまったこと、そんなことを包み隠さず話した。


「そっか、始和にちょっと迷惑かけちゃったね」

「そんなことないですよ…、話聞いてくれましたし、落ち着けてくれました」

「ううん、そうじゃなくて。望さんに話したりしたのが間接的に始和に迷惑になったんじゃないかって」


 そこについて先輩は気にしているようだ。本当に律儀だなぁ、先輩は。


「望はちゃんと自分の考えは持ってますし、先輩の話だけで自分に聞いてくる人間じゃないですよ、。だから気にしなくて大丈夫です」

「ありがとう始和。やっぱり始和は周りをちゃんと見てて優しい」

「くすぐったいですよ、先輩っ!」


 先輩が抱き着いてくる。スキンシップ過多だなぁ、最近。でもあんまり嫌じゃない。ふと気になったことを聞いてみた。


「先輩。先輩は私との関係はどんな関係だと思います?」

「うーん。先輩後輩、委員長と委員、女性同士いろんな関係があるけど…、やっぱり遠慮しなくていい関係だと思う」

「遠慮しなくていい関係?」

「うん、自分を素直に出せるというか、相手に良さを伝えられるそんな関係」


 先輩の答えを聞くと中々ロマンチックな考えが返ってくる。


「ありがとうございます…。まだ返事はできてないですけど友人、もっとお互いにしったら親友、もし愛を知ったら恋人それでもいいですか?」

「うんっ!ありがとう始和、これからもよろしく」

「はいっ、先輩」


 だから私に直ぐ笑顔を戻してくれる先輩にこう優しくしてもダメではない。そう思えるくらいには先輩との距離を詰めてもいいそれくらいいいだろう。心の中で「いつもありがとうございます陽子先輩」と言いながらそう思った。

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