五月 変わっていく私

五月 第一週 新月。休み、遊び、そして発見。

 五月。皐月。新年度が始まり、2番目に来る月。祝日の多い月。ある意味、学生の天国かもしれない。私にとってはどうなのだろうか。

 四月の最終週に私は先輩から告白された。そして3日ほど前に深山先輩に相談して私はひとまず先輩のことをより詳しく知ろうと思った。先輩の素がどんな感じで遠慮なく話すときはどんな表情をするのか。私はまだ先輩を近い距離で見たことが無いのだと思う。とは言っても私にはわざわざ電話を掛けたり、メッセージを送ったりする積極性は浮かんでこない。


「どうしよう……」


 携帯を持つ手が止まる。文章を打とうとしては頭の中でブレーキがかかる。先輩のことは嫌いではない。少なくともあの告白も、その原因となった何とも言えない態度も私には嫌いという気持ちを引き出させるものではなかった。思えば私自身、苦手な人はいても嫌いな人はいなかった。苦手という気持ちや尊敬できないという気持ちはあってもそれを嫌いに結び付けられない。欠点なのか利点なのかはともかく、私にはそんな心持ちがある。

 ということは先輩は私の中では特筆する程の存在ではないということになってしまう。ならばメッセージを送る必要は無いのではないか。しかし、それはそれで失礼ではないだろうか。そもそも先輩は私にとってどんな存在だろう?というようにループに入ってしまう。本当に……


「どうしよう………」


 ブーッ!ブーッ!

 マナーモードにした携帯が手の中で震える。びっくりして落としそうになるが何とか持ちこたえて、画面を見る。先輩からだ、掛けてきてくれたことに感謝と困惑を心の中で抱えながら、私は通話ボタンを押した。


「もしもしっ」

「始和っ!あっ余月さん」

「始和でいいですよ、先輩」


 先輩が下の名前で呼んでくるなんか新鮮だ。記憶が正しければ、なかった気がする。気にしなくてもいいのにと思いながらそう返事をする。


「ううん、余月さん。お願いがあるの」


 こういうところで堅物だから先輩は真面目でクールって思われるんだと思う。


「わっ、私と出かけてくれませんか」

「へっ!……」

「い、良いですけど」

「えっ、良いの?ありがとう」


 今度はちゃんと一呼吸置いて返事をした。ある意味、デートのお誘いだった。


「どこに行きたいんです?」

「う~ん、本と洋服を見て回りたいかな」

「なら駅前商店街のところで大丈夫そうですね」

「余月さんは何か、買いたいものとかある?」

「私はそうですね、便せんがそろそろ切れそうなので文房具屋に行きたいですね」

「わかったよ。じゃあ、文星堂とSGに行く?」

「そうしましょう、集合は9時くらいですか?」

「ごめん、9時半でも大丈夫かな」

「大丈夫ですよ」

「ありがとう余月さん、じゃあ明日の9時半に」

「ええ、9時半に」


 メッセージでのやり取りはあっという間に時間が過ぎて終わった。気が付いたらもう夕方だ。確か2時ごろからメッセージで計画を立てたり、雑談をしていたりしたから3、4時間ほどやりとりをしていたということになる。

 もしかして私は先輩とのデートが楽しみなのだろうか。もしそうならある意味大きな変化かもしれない。そこまで私は人との外出を楽しみにしたことはなかった。誰と出かけるかより何をするかの方が重要だった。だから正直部活のみんなでカラオケにというのはしっくり来なかった。喉に小さな魚の骨が刺さるようなそんな違和感だ。でも先輩とは予定の時点でこんなに楽しめている。これは紛れもない事実だと思う。正直予想外な為かあまり実感はできていないけど。


「始和ーっ!ご飯だよ」


 姉が私に声をかけてくる。私にはしつこく関わってくるし、声もでかいし鬱陶しい。もう少し最近できた彼氏を見習って物静かになればいいのにって思う。


「わかったっ!」


 それでも姉なのだ。嫌いになんてなれるはずがない。


「ねぇ、始和。あんた明日出かける予定ある?」

「なんで?」

「私が出かけるからよ」


 姉が食事中に突然そんなことを聞いてきた。何故かと思ったが母が出かけるからのようだ。母親は大の美術好きでよく美術館巡りをしている。だから私か姉のどちらかに留守番してほしいのだろう。


「始和は出かける予定はないでしょ。去年もそうだったし」

「あるよっ!出かける予定、先輩と」


 少し小ばかにされたような言い方をされてつい、言ってしまった。しかも先輩と出かけるってことを。そのことに気づいて顔が赤くなる、恥ずかしい。


「ごめん…。ちゃんと始和にも一緒に出掛けたい人とか遊びたい日はあるもんね」

「あたしが留守番してるから行って大丈夫だよ」

「いいの?」

「良いも何も、妹がそれくらい外出したいなら1日くらい留守番するなんて安いもんさ」


 姉の大雑把だけどすぐに気が付く所はとても好きだ。だから――


「ありがとう、姉さん」

「いいんだよ始和」


 母親は一触即発の雰囲気に身構えたが何も無かったことに安心している。私も姉も母親の手を煩わせる回数は減った。成長したのだから。


 食事が終わり、風呂もあがって2階に上がる。布団を敷き、電気を消して、読書灯を点ける。明日、先輩と出かけると思うと少し緊張もしてきた。やっぱり先輩は私にとって……。そんなことを考えながら横になっていたら気づいたら寝てしまっていた。



 私は走っている。寝坊した遅刻寸前だ。時計の長針は27分。集合場所までは80m。なんとか走って目に映った先輩に向けて走って向かう。


「はぁ、はぁ。先輩遅れてすみません」


 息を上げながら先輩に謝罪をする。


「おはよう余月さん。大丈夫だよ私が来たのも10分前くらいだから」


 汗一つ掻いていないがしっかりと化粧や服装を整えた姿を見て絶対に嘘だと思いつつも気にせずに挨拶をする。


「おはようございます、先輩。…綺麗です、その恰好」


 挨拶と一緒に余計なことまで言ってしまった。褒めてるからいいのだろうか?


「もう余月さんたら、そんなに綺麗じゃないよ…」


 先輩に謙遜された。私から見たら先輩は160cm後半で背も高くスラっとしていて、顔も綺麗だ。少なくともその服装が似合わないわけではないし少し納得がいかない。


「本当に綺麗ですよ、先輩は」

「よ、余月さんがそう言うなら…」


 やっぱりだ、先輩は少し自分に自信がない。そうだと私は感じた。


「じゃあ、先輩。まず本屋に行きましょう」

「うん、そうだね」


 まず先輩がいきたいと言った本屋を目指す。本屋に入った途端先輩の雰囲気が変わった。まずさっきと比べて生き生きしている。それに背が少し伸びたそんな感覚に陥る。そして飼い主の前に来た犬のように「ぱぁっ」と表情が明るくなった。


「始和。無理そうになったらギブアップしてね」

「へっ?先輩」


 そう言った、次の瞬間には先輩は書棚の中へ突進ともいえるスピードで向かっていく。私は慌てて先輩を追いかけていく。いくらなんでも変わりすぎな気もするがこれならギブアップしてもおかしくはない。

 先輩は本屋で気になる本を睨みつけては唸って、1時間ほどみて回った。先輩の気になる本だけではなく私が気になる本も一緒に探してもらったから、先輩のための時間だったわけでもない。その後も、昼食を食べるために入った喫茶店、SG(シャツ・ギルド)という名の衣料量販店、文房具屋を見て回った。

 そこで気づいたのは先輩は自信のあるなしがすごく大きく影響する人だってことだった。自信があることについては過剰な謙遜をしないで素直に認めらる。でも自信のないことになると過剰な謙遜が入って素直に認められない。先輩はそんな特徴がある、そう感じた。何が原因かはわからないけどもっと素直な先輩が見たい。

 もう少しで先輩とのデートが終わる。もう私、自身は先輩に何らかの魅力を感じてしまっている。恋心かは別にして。そう思い、私は一つ決意をしながら先輩に話しかける。


「先輩。帰る前にもう少し話せますか?」

「うん、ここでもいいなら大丈夫だよ」


 そう言って、先輩と公園に入りベンチに腰掛ける。


「話って言うのは?」

「先輩、返事をさせてください」

「えっ」


 先輩が混乱しているが構わず続ける。


「先輩、私も好きです。これが恋愛的な意味なのか友情的な意味でなのかは解りません。でも先輩のありのままの姿を見ていたい、もっと素敵な一面を見たいそんな気持ちはあります」

「だから常任委員会の中だけでなくて、こうやって遊んだりもしたいです」

「先輩、陽子先輩っ!かけがえのない相手になって下さい」


 勢いをつけたまま全部言ってしまった。先輩は目に涙を浮かべている。


「嬉しい…。ありがとう、余月さん」

「始和でいいです。いや、そう呼んでください陽子先輩」

「始和っ」

「そうです、陽子先輩」

「始和!!」

「陽子先輩」

「始和///」


 私がある意味告白を返して、先輩を下の名前をつけて呼ぶようになり、私が「始和」と呼ばれるようになった5月5日はあっという間に過ぎていった。

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