四月 第四週 下弦。深淵を見つめる鏡。

 私は失敗したのだろうか。

 前回の常任委員会の活動終了後、私は和泉山先輩にとって爆弾ともいえる質問を投げかけた。質問の内容は極めて単純、最初に出会った時以外、私に対して緊張しているのは何故かと問いただした。私としてはイライラを紛らわす為に軽くジョブを放ったつもりだった。しかし先輩は予想しないことを言われて動揺したように取り乱してその質問に対して――


「きっ、緊張?そんなこと無いと思うよ…」

「今だって、そうじゃないですか」

「こっ、これは突然そんなこと聞くから」

「深山先輩とか先生とか、大山君や未海さんにもそんな感じにはならない。何かありましたっけ?会ったこととかありました先輩?」


 質問に対してもはっきりと答えようとはしない。緊張や目を逸らしたり、顔を赤くしてもそこは変わらない。頑なに感じる。つい、口調が強くなる。あっ、やってしまった。


「ごめんなさい。桜が来たら先に帰ったって伝えて」

「あのっ、先輩っ!」


 先輩は常任委員会室の扉を勢いよく開け、バタンッ!という大きな音がする勢いで閉めて出ていく。わずかに残った塵が勢いよく動いた先輩によってこの狭い空間を舞っている。後に残されたのはこの部屋と棒立ちの私だ。

 数分後、深山先輩が戻ってきた。なんといえばいいのか気まずい感じではある。早く来てほしくもあり、そうでもないという感じだ。


「陽子、鍵は帰してきたわ。ここは用務員さんが最後に閉じるから――」


 深山先輩は私だけが残った部屋を見て少し驚いたような顔と納得したような顔をして


「始和、陽子は先に帰ったのね?」

「えぇ、ちょっと用事ができたとかで」

「そうなの、あの子はいつも最後まで残るから今日は珍しいわ」

「そうなんですか」


 深山先輩との会話はいつもこうだ互いに薄い氷を挟んで睨み合っているような感覚になる別に嫌っているわけでもないのに。話している時点で答えを知られているような。


「始和。貴女が悪いわけでもないし、あの子が悪いわけでもないわ。でも貴女達はまだお互いのことを知らないのだから、今日のことを気にしすぎないで」

「そして、今度陽子が勇気を持って話しかけた時に話を聞いてあげて」

「はっ、はい」


 そう言って深山先輩は部屋から出ていく。見てもいないのに何が起こったのか知っているような深山先輩の言動を前に私はただ空返事をするしかできなかった。



 次の日、その次の日、さらに次の日と私は調子が優れなかった。深山先輩の言葉が響いたのではない。単純に考えすぎて寝不足なだけだ。私にとって嫌われることは怖いことではない。自分の考えを捻じ曲げてまで誰かを好きになろうとは思わないし、嫌いになろうとも思わない。私は自分自身をある意味で中立だと思っている。好き嫌いを自分の信念以外で決めようとしない点がだ。他の人から見ると綻びはあるのだろうが。


「それにしても…、ねむい…」

「始和ぁ、アンタ…。また夜更かししたの?目の下の隈すごいよ」

「まあ、ちょっとね。そんな夜更かしじゃないよ1時には寝たし」

「アンタ、いつも睡眠時間9時間無いとって言ってるじゃない。ちゃんと寝たら?それが無理なら休み時間に昼寝するとか?起こすから」

「そう、ありがとう」

「まったく、始和はしっかりしてるようでガタガタなんだから」


 十分に眠れなかったせいでスポーツばかりにかまけていて勉学への集中が落ちている望にこう言われる有様だ。いつものような配慮ができずにぶっきらぼうな地が顔をだしている。桂に見られたらもっと厳しく言われるだろう。昼休みが少し怖くなる。実際私は望に言われたようにガタガタだ。考えすぎて負のスパイラルに陥っているのが自分でもわかる。もう一人で考えても解決はしないだろう。望や桂に相談するのは違う。知り合いだからと言って相談する事柄ではない。深山先輩は私と先輩に先を委ねたのだから相談しても突き放すだろう。必要最低限のことを言えば突き放す、というか自分で決めろというロックな先輩だった。そうなると道は一つだろう。携帯が震える。常任委員会は来週は月曜と水曜に活動するようだ。月曜に照準を合わせ、私は覚悟を決めることにした。



「失礼しますっ!」


 月曜日の放課後。私は気合を入れて部屋に乗り込んでいく。長机のパイプ椅子には既にすでに先輩と深山先輩が座っている。他には先代の委員長が座って話をしていた。


「こんにちは、始和」

「こんにちわ…、余月さん」

「あぁ、君が深山君が言ってた始和ちゃんだね。こんにちは、もう少しだけお邪魔させてもらうよ」


 深山先輩はいつも通り、元委員長さんは深山先輩から何か吹き込まれたようだ。先輩は……、ちょっと余所余所しい。顔を向けるとわずかに目を逸らす。深山先輩しか気が付かないようなレベルで。あぁ、でも気にしているのはこちらも同じだ。嫌われたらという気持ちではないにしろ気にしている。私は友情や愛情に興味は無いと思っていたがそれくらいは認めるべきかもしれない。


「大丈夫ですよ。深山先輩や和泉山先輩とゆっくり話しててください。先輩もコーヒーで大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないよ」


 隣の給湯室にコーヒーを淹れにいく。ある意味逃げである意味、覚悟を決めるために給湯室に入った。ドリップマシンに水を入れ、フィルターに挽いてある豆を入れる。そしてポッドにコーヒーが入るのを待った。私が悩んだように先輩も悩んでいたのだ、今更ながらにそのことに気づいた。何で私はこんなにも視野が狭いのだろう、こんなことにも気づかなかったなんて。今日の活動が終わったらちゃんと謝罪しなければ。そう思いながらコーヒーが入り切ったのを見た私はポッドと人数分のカップ、コーヒーシュガー、ミルクを用意して給湯室を出た。


「先輩方おまたせしました。コーヒーできましたよ」

「ありがとう始和。本当に貴女ってすごいわね」

「そんなことないですよ、深山先輩」


 深山先輩に褒められた。悪い気はしない。先輩への返事というか謝罪への覚悟がより確固たるものになった。


「余月さん、ありがとう」


 先輩の喋り方がいつもと違う、そう気づいた時には先輩はもう書類に目を落としていた。


 その後、大山君と未海さんがやってきて引継ぎの最終調整が終わって、元委員長は名実ともに元委員長になり、先輩は名実ともに委員長となった。


「お先に失礼します!」


 大山君が出ていき、部屋の中には深山先輩と先輩、私の3人となった。私が声をかけようか考えていると――


「私、今日は早く帰るわね。お疲れ様」


 そういって、深山先輩はスタスタと部屋を出ていった。深山先輩はこういう所で気が利く。私も見習いたいが鈍感なうちは無理だと思う。ついにやってきた先輩との二人きり。よし声を出して


「「あのっ」」


 声が重なった。


「先輩、先にどうぞ」

「ううん余月さん、からでいいよ」


 このままだと、譲り合いになる。私はそう思って、先に言わせてもらうことにした。


「先輩っ、先週は失礼なことを聞いてごめんなさい。あんなデリケートなことは聞くべきじゃなかったです。本当にごめんなさい」


 下手ではあるが謝罪をする。身勝手ではあるが自分の罪を認めなければ前には進めないのだ。


「余月さん、ううん始和。気にしないで」

「えっ」

「始和が疑問に思うのも尤もだよ。私が変に緊張していたのは、桜から始和のことを聞いていたから」

「あっ、はい」

「それで聞いていたなかでの始和はすごく格好良くて、可愛くて、きれいだって桜が言ってた」


 先輩は矢継ぎ早に話し続ける。今までとは大違いだ。最初に合った時のようだ。


「だから私も話の中の始和に憧れて、会ってみたいって思ってた。そしたらビラ配りの時に他の子と違う感じがする子がいて、もうほとんど人がいなくて配れなかったビラを受け取ってくれた」

「しかも、その子があなただった。だからとても緊張して目も見れなかった。ごめんなさい」


 違う、私はあの時ただ流されて受け取った。深山先輩の話もちょっと脚色があるのだろう。なんか流れが変だ。


「つまり先輩は」

「うん」


 疑問を口にする。先輩は促す。


「何をおっしゃりたいのですか?」

「……」


 口が開く、開いていく、聞いてはいけない気がする。それでも先輩の表情を見ていると耳をふさいだり、逃げたりしようとは思えず――


「始和のことが好きなんだと思う」

「はいっ!」


 予想もしていなかった言葉が返ってきて私は固まってしまい、「はい」と力強く言ってしまった。


 四月、未だに桜の咲かない北の大地で私は外形的には女性の先輩の告白を受け入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます