四月 第三週 満月。整理して散らかす。

「和泉山先輩これは何処に置けばいいですか?」

「それは窓の左の本棚の3段目にお願いっ」


 変わりたい、そう決意しても直ぐに変わるものなどなく、私は普通に委員会活動をしている。そう簡単に変われたら苦労しないということだろう。変わるということには労力を要する。何を変えるべきなのか、変えなくていいのか。そういったことを考えるのが苦手な私は変われると感じた直観を信じて委員会活動を全力でこなす。今日は委員会室のファイルに綴られた資料整理を行っている。3年生の先輩達との引継ぎは和泉山先輩と深山先輩が済ませているが、今年度の活動をする上で昨年度やそれよりも古い時代の資料を整理する必要があるのだろう。


「わかりました。左側の棚の3段目ですね」


 そう言って私はファイルを窓の左側にあるスチール製の本棚の言われた場所に置く。ファイルの名前は「56期運動部遠征費証拠書類①」と書かれたものだった。おそらく去年の運動部の遠征費の請求書を綴ったものなのだろう。後から聞いたところによるとこの学校では常任委員会が学校の生徒活動を担っており、例えば備品の購入は運動部が事前に申請し、額に応じて許可者は変わるが部長、常任委員会、顧問の先生、校長の許可を必要とするものらしい。説明をしてくれた深山先輩はまるで公務員みたいねと苦笑して言っていた。


「すみません先輩、少し遅れました」

「遅れましたっ!」


 そう言って男の子と女の子が一人ずつ入ってくる。リボンとタイの色を見れば、私と同じ1年生だ。先日の説明会に来ていた二人だ。男の子の方は男性にしては比較的髪が長く、ダークブラウンの少し明るい髪をしている。女の子は明るい茶髪に染めていて背が高くバスケ部やバレー部にでもいそうな雰囲気をしている。確か名前は……


「未海さん、大山くん。2人ともちょうど良いところに来てくれたね」


 和泉山先輩がそう返事をしてカバンを入り口近くに降ろした2人に呼びかける。そうだ、女の子の方が末海亜希さんで男の子の方が大山大輔君だ。そして和泉山先輩が2人に指示を出していき、私は深山先輩の指示を受ける。そのようにして今日の作業は進んでいった。まだ片付いていない資料は長机4つ分ほどだろうか?。会議の資料や予算書、決算書、「常任委員会便り」などなどだ。とてもじゃないが先輩達2人で片付けられる分量ではない気がする。見学をした後に望に常任委員会は「ブラックだ」という噂があるとは聞かされていたが、この資料を見る限り噂は真実に近いのだろう。他の学校の生徒会と比較すると活動範囲も広く、部活と同様に自由参加のため仕事は多い上に人は少ない二重苦であるのは十分に想像できる。それに学生の本分は勉学だと言われるのにこの活動をこなすと考えると先輩達は超人のような気がする。

 考え直した方が良かったのでは。心の声がそう叫ぶのを無視しつつ作業を続ける。私は和泉山先輩にビラを貰った時に「何か」を感じた。私はそれを知りたくてここに居るのだ。決してボランティア精神ではないし、常任委員会の活動を通して大学の推薦を貰おうとも思わなかった。金や名誉や将来のためではなく、ただひたすらに自分本位の単純な興味のためだ。だからこそ、大変でも私はここに居られるのだろう。


「よっ!いしょ」


声を少し出してダンボールを力んで持ち上げ、キャスターに載せる。私にとってはかなりの重さだ。


「よ、余月さん。無理して持たなくて大丈夫だよ!私とか大山くんとかもっと体格良い人いるから」

「えっ、いやこれくらい大丈夫ですよ。持ててますし」

「ダメっ、持つときちょっとぐらついてたよ。落として怪我したら危ないんだから、次からはもう少し軽いものを持ってね。それか手伝ってって言って」

「はい…」

「熱心にやるのは悪いことじゃないけど、手伝ってもらうことは恥ずかしいことじゃないから大丈夫だよ。だから気を落とさないで、ありがとう余月さん」

「どういたしまして…」


 和泉山先輩に注意と慰められて私は何とも言えない気持ちになってしまった。先輩の前で役に立てなかったことを気にしているのだろうか。それとも無意識の無理に気づかれたのが恥ずかしいのだろうか。この先輩にあってからわかりそうなことも出てきたけど謎も増えてしまった。先輩といると心がパンクしてしまいそうだ。

 私は無理しないように意識して作業しつつ、この部屋で最初に会った時と先ほどのことを思い出す。何か違和感があることに気が付いた私は帰る前に先輩と話すことに決めた。約2時間後、19時を回った頃に作業はようやく終わった。


「はぁ~、やっと終わった」

「陽子、ちょっと無理し過ぎじゃない?今日終わらせなくても良かったじゃない」

「終わらせておかないと後で困ることになるでしょ。資料の整理は今しかできないんだし」

「もう…。3人とも遅くまで手伝ってくれてありがとう」


 先輩達はそう話しをして、私たちに声をかけながら埃をゴミ箱に捨てる。私と大山君、未海さんは疲れてへとへとになっているのにこんなにも話せるようだ。私は作業と常任委員会活動後に雑談ができると思っていた2時間前の私を恨んだ。大山君がまず立ち上がって


「…お疲れ、さまです」


 げっそりした顔で立ち上がったあと、未海さんがカバンを持って帰っていく。


「陽子、倉庫の鍵返しにいくわね」


 深山先輩は職員室に鍵を返しに行き、常任委員会室には私と先輩の2人が残った。


「余月さん、大丈夫?疲れてるみたいだけど立てる?」


 心配そうな顔でこちらを見てくる。ああ、この顔を見ているとイライラが募ってくる。先輩は嫌いではないのに。深山先輩がいないことを思い出し、私は――


「えぇ、大丈夫です。少し休めば問題ありません」

「そ、そう?」

「それより和泉山先輩、ちょっと質問いいですか?」

「先輩って、なんで私と話すとき少しだけ目を逸らして声が詰まるんですか?」


 質問への返事とともに爆弾を放り投げた。

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