第31話 テスト終わり、梅雨明け、そして夏

俺は毎日、山上さんの家に行った。放課後が楽しい。昼休みにクラスメートの陰口を言っていた女子のことなどすっかり忘れていた。

梅雨特有のジメジメとした空気は気持ち悪いけどそんなことはどうでもいい。

授業はつまんないけど楽しい。

雨は嫌いだけど好き。

今日も家とは反対方向の電車に乗って誰も知らない休息の地へ向かうのだ。

けれども不安だってあった。テストが終わってしまえば山上さんの家に行く口実がなくなる。

行きたいならば山上さんに聞いてみればいいのだけれど、俺にはそんな単純なことさえもできなかった。

恥ずかしいから、というのが最も近しい答えだろう。失敗して山上さんから距離を取られるのも嫌だった。

だから俺には、せいぜい日が経たないことを願うくらいしかできなかった。

そんな願いは聞き取られるはずもなく、あっという間にテスト最終日だ。


 その日も雨は降っていた。いつものように勉強会と称して雑談を始める。けれども明日がテスト当日で時間の猶予がないので、必然的に会話も減った。減ったといえども五割くらいは喋っていたのだけれど。

いつもよりも少しだけ帰る時間を遅らしてからこの日は帰った。結局、山上さんとはまた会う約束が出来ていないままだ。

電車に揺られながら、ラインで山上さんにメッセージを送ろうとしたけれどいい言葉が思いつかなかった。なにもできないまま、スマホをズボンのポケットにしまい込んで、車窓を眺める。窓の上を流れていく雨粒はすぐに窓の外に流れていった。

突然にポケットの中のスマホが震える。冷静を装ってスマホをポケットから取り出した。そんなにうまいこといくわけがないだろうと、無駄な期待はしないようにしたのだが、胸は躍っていた。

果たして、メッセージは山上さんからだった。


『明日も来てくれたりする?』


やはりかわいいスタンプが添えられたメッセージはいい意味で単純だった。俺は随分と回りくどく伝えようとしていたけれど、考えてみればそうする必要なんて一切なかったのかもしれない。

俺は思ったことをそのままに返した。


『うん、行きたい』


ポンとかわいい音がスマホから鳴る。すぐに既読がついた。返信もほんの十秒程で返ってくる。


『そっか〜、良かった〜。これで一人ぼっちは解消だ』


すぐに返す。傍から見れば俺はスマホに取り憑かれたようになっているだろう。


『俺もだ』

『そうかな? とおちゃんはいっぱい友達いそうだけど?』

『学校では喋っててホントに安心できる人ほとんどいないからさ』

『わたしはできるんだ』


口をほにゅりとさせたスタンプも送られてくる。


『うん』


既読はすぐつくが返信が少し遅れる。一分位経ってからスマホが震えた。


『そっか。ありがとね』

『こちらこそ』

『じゃあ明日』


待ってますと書かれたスタンプが画面上で動いている。

 いつもより少し遅い、最寄駅から家までの道はちょっとだけ冷えていた。七月の寒い空気が頬を撫でる。水たまりには逆さな世界が広がっていた。




なにごともないままにテストは終わり、久しぶりの部活に向かった。前までならば久々の部活が楽しみで歩く調子も軽快だったのだけれど、今回ばかりはそうもいかなかった。

山上さんはテスト、うまくいったのだろうか。なんて考えてしまったりして、部活がそっちのけになったりした。

あまりに様子が変だからと熱中症を疑われて、部活棟の影で休まされた。しばらくは戻っても追い返されるだけだろうから、大人しく野球部のキャッチボールをボーッと眺めることにした。

そんな調子で腰を下ろしていると、横から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「よっ、とおちゃん! 久しぶりだな!」

「あぁ……、お前部活は?」

「水飲んでくるって言って抜けてきた」

「流石、さぼり魔だ」

「テスト前最後の部活で一日すっぽかした奴に言われたくねぇよ」


友人はケラケラと笑った。それから思い出したように俺を勢いよく指差して言う。


「っていうか、そん時貸した金、返せよな〜」

「あぁ〜、ごめんごめん。千円だっけ?」

「いや、トイチだから十日で一割の利子だな。合計千百円だ」

「うっそだろ……」

「冗談、冗談。絶句するなし」

「おけおけ。ちょっと待てよ〜」


左ポケットから財布を取り出して千円を渡す。友人は千円札を空に向けてすかしを覗いていた。「お〜、ひでちゃんじゃん」なんて言っている。なんかバカっぽい。

その様子を見ているとなんだかこっちまで笑けてしまった。学校で自然体に話せる、いわば本当の友達みたいなのはほとんどいないんだけれどコイツはそんな友人な気がした。





 四時頃になって部活は終わったので、山上さんの家へと向かった。微妙な時間ということもあり電車はいつもよりは混んではいない。すっかりお馴染みになった駅を降りて、馴染みとなった道を歩く。

特に緊張するわけでもなく流れるようにボタンを押した。まだ勘違いしているであろう山上さんの母親に迎えられて二階に行く。それから『香奈』と描かれた看板がかかっているドアを開いた。

山上さんは猫と触れ合っていたらしい。膝の上に猫が乗っている。俺の方を向くとニコリと笑った。


「よっ、とおちゃん」

「おう」


俺は相変わらずクッションには座らずに床に座った。


「テスト終わった〜」

「あとはもう夏休みだな。山上さんはどうするんだ?」

「わたし? ん〜、家の中かな〜。外は暑いし。そっちは?」

「俺は釣りかな?」

「じゃあマグロとか釣ってきてよ」

「海岸で釣るのにマグロはないぞ……」

「え~、おいしいのに~」



 のんびりとした雑談は終わる気配も見せずに続いた。途中、二人ではつまらないババ抜きだったりをしたけれど、それもいつのまにか雑談に変わっていた。

 七時になって、俺は山上さんの家を出た。

 山上さんには今後いける日数が少なくなることを伝えた。山上さんはそれを聞いてちょっと寂しそうな顔していた気がする。その顔もやっぱりかわいかった。

 結局、山上さんに会えたのは週一ぐらいのペースだった。会ったその日には俺も山上さんも一週間溜めに溜めた話を吐き出す。いつしか俺はその日のために生きているようにすら感じられた。あの空間で初めて息をしている気がしたのだ。

 


 明日からは夏休みだ。この日は午前中で学校は終わり、部活も早く切り上がったから久しぶりに山上さんの家に向かった。

今日は何を話そうか。頭でグルグル回しながら少し走る。

いつの間にか梅雨はすっかり明けて、降り注ぐは夏の日差しと蝉の声だ。モクモクと湧き上がる入道雲が青空に浮かんでいる。そんな空の下で俺は電車に揺られていた。

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