第25話 勘

ここはテーマパークとはまた違う賑わいだ。

仕事終わりのサラリーマンをおもとして、それぞれが思いのままに愚痴・恋バナなどを展開している。

なんというか……いつも通りの東京という感じがした。それでもやっぱり変なことを言うけれども、いつもの東京とは少し違うのだ。

それはもしかしたら皆がすべてをさらけ出しているからかもしれない。だからこそ居酒屋は異世界のような雰囲気を醸し出しているのだろうか。

祭りの時の上野公園もそうだけれど東京にはちょっとした異世界が広がっていたりするのだ。



「かんぱ〜い」

「うい〜。お疲れ〜」


とおちゃんとかーちゃんは早くもコップ一杯分を飲み干そうとしていた。見ていて気持ちが良いほどの飲みっぷりだ。見ているだけで飲んだ気になれる。


「じゃあ、僕たちも……」

「うん。今日はありがと」

「いやいや、こちらこそ」

「それでは……かんぱい」

「はい」


コツンと控えめに音をたてて僕たちもジュースで乾杯をする。僕とかぐやの二人とも両手を添えてコップを少し傾けている。


「なんだかえらく丁寧だな」

「会社の飲み会で初対面とする乾杯みたいだよ」


なぜか二人には笑われた。笑うところでもないのに一体何に笑っているのか。

いまいち人のツボは分からない。僕たちはただ乾杯しただけだ。


「いやぁ〜楽しかったなぁ。また、リツイーターで遊びに行こうぜ」

「テーマパークでも同じこと言ってたね。まぁ、そうだね……どうせなら他のところがいいかな?」

「たしかに。かーちゃんはどこがいいと思う?」

「わたしは聞かれると具体的には出てこないけど……四人でバンジーとか行ったら楽しそうじゃない?」

「俺は断る」

「僕もその場合はちょっと遠慮しとくよ」

「二人とも面白くないなぁ。怖がらないでやったらいいのに」


かーちゃんはニヤニヤと笑いながら僕ととおちゃんを見た。どことなく「怖くて飛べないんだぁ」という感じで煽ってくるような顔をしている。そんな顔をされても仕方ないものは仕方ない。怖いものは怖いのだ。かーちゃんだって怖いものの一つや二つあるだろう。

そもそも人間には翼が無いんだから飛んではいけない。もし僕に翼が生えたのならば、その時はバンジーとやらを考えてやってもいい。


「ま、まぁ……もっと現実的に考えようぜ」

「バンジーも充分現実的だと思うんだけどなぁ」

「全然現実的じゃねぇよ!!!」

「同意!」

「二人ともわがままだなぁ〜。じゃあどこがいいの?」

「俺は遊びに行くなら別に何処でもいいけど……」

「僕もとおちゃんと同じ……かな?」

「それなら別にバンジーでもいいじゃん」

「「いや、それはダメだ」」


二人が見事にハモる。余程の行きたくない感が出た。別にとおちゃんとハモっても嬉しくはないけれど。


「もう……面倒くさいなぁ。ご飯はなんでもいいって言ったのに作ったら文句言われるアレみたいじゃん」

「いや、それはそうだけども……」

「バンジーだと楽しめそうにないしな」

「文句が多いよ〜。姫ちゃんはどこがいいとかあるかな?」

「私もあんまりないです」

「皆ないじゃん。もっと自主性を持たなきゃ」


かーちゃんは頭をひねらせた。それは僕たちも同じことでどうしたものかとうなってしまう。

スマホであてもなく場所を探したりはするけれど特にこれといった決め手になるわけもなく、優柔不断さだけが残っていった。


「なんか、かっちゃんってリツイーターの隊長っぽいよな」


とおちゃんが唐突に言った。


「そ、そうかな……?」


かーちゃんは少し恥ずかしそうに答える。


「うん。なんとなく分かるかも」

「テーマパークでのかーさんも隊長みたいでした……」

「よ……よし、わたしについて来いっ!!」


顔を少し赤らめながら手を振り上げてかーちゃんは言う。いつもにまして元気になったかーちゃんはいつもより女子っぽい。


「よっ! それでこそ隊長だ!」

「任せて!」


かーちゃんは自信気な顔で言った。やはり姉御肌が滲み出ているかーちゃんは本当に年上かと思ってしまうほどしっかりしていて、それなのに話しかけやすいのだから、すごいなぁと思ってしまった。




 気付いたら閉店まで三十分になっていた。入ったのがそもそも遅かったのだから、閉店があっという間なのも当然だろう。入った頃にはおじさん達もすっかり盛り上がっていた。

誰かが馬鹿みたいに頼んだ枝豆はまだいくつか机の上に残っている。

お皿を下げてもらうのに店員さんを呼んだ。ボタンがあって良かった。店員さんを声で呼ぶ方式なら僕は一生呼べないでいるだろう。


「すいません。お皿を下げてほしいです」


僕の代わりにとおちゃんが言ってくれた。本当にこのコミュ障具合はなんとかしたい。

店員さんは次々とお皿を下げていく。


不思議なことに初対面なはずのこの店員が心のどこかにひっかかった。軽く頭が痛くなるような気分。

何故だろうか。この店員さんは他の店員とは違う感じがした。

上手くは言えない。なんというか……空気が違う。彼女の陰鬱な雰囲気は僕らに向かって刺さっている気がした。

僕たちの中の誰かを気にしているように思えるのだ。

そう思ったのは彼女が僕ら四人とまったく目を合わせずにして、厨房の去り際にギロリとこちらを見てきたからだろうか。目に色が無かった。暗く沈んだ目にはドッスリと恨みのような感情が沈んでいるようにも見える。

いや、こんなことなんてただの偶然なのかもしれない。きっと僕の気にしすぎだ。

けれども、その店員のどこかが自分の中で引っかかった。僕は勘のいい方である。この時、彼女には確実になにかしらがあるという勘が働いた。

つまり、言ってしまえばただの勘には過ぎないのだけれど。


「よし、じゃあ枝豆食べながらデザートどうするか決めるか」

「とおさん! 全部食べないで私にも少しください!」

「ほいほい。自由に取っていいぞ」

「そこに置かれると手が届きません!」 

「え! ごめん、ごめん」


かぐやととおちゃんの二人には特に何もないみたいだ。

やっぱり勘はあてにしない方が良いのだろうか。

それとも僕の知っている人だったのか。人のことを直ぐに忘れるからいけない。

ふとかーちゃんの方を見てみれば、なにかを考えているように固まっていた。

周りのことなど忘れて、自分も忘れて、なにかに捕らわれているみたいだ。それは僕が知っているかーちゃんとはまるで違っていた。一点だけを見つめたかーちゃんはまるで死んでしまったかのようだ。

まるで昔の僕だった。

突然生まれた不安の波がドンドンと自分を飲み込んでくる。まるで自分が誰なのか分からなくなってしまう。それでも周りには変な気を使って、嘘の自分を被って、無理に自分を演じる。渦に呑まれて落ちていく感覚。

僕にはすぐに分かった。別に分かりやすいわけじゃない。むしろ気付けたのが不思議なくらいだ。だって、ソレはあまりに巧妙なのだから。それでいて繊細だ。

変にズキズキと痛む頭を抑えて、かーちゃんにそっと声をかけた。


「かーちゃん……?」

「ん……? …………あぁ、そっかそっかデザートだっけ? それならとっちーと同じのでいいよ?」


かーちゃんは我に帰ったかのように言う。やっぱりいつもとは少し違う気がした。


「オッケー。っていうか、明日からまた会社だな」

「う、うん。僕がうまく出来るか不安だよ」

「大丈夫、大丈夫。なんたってうちには多部社長がいるしな。今はCMの完成だけを考えてりゃあうまく行くぜ」

「それもそうだな。また頑張るか〜」

「建、明日から、また頑張ってくださいね!」

「ありがと。なるべく早く帰るようにはするね」

「うん。無理はしないでくださいね」



 その後、あの店員とは特になにもなく、バニラアイスを食べてから店を出て帰路についた。かーちゃんには店員のことだとかを聞きたかったのだが、結局は自分の思いすぎを疑って聞くことが出来なかった。

それに聞いたところで正しいことを言ってくれるのかは分からない。被り物の自分は嘘だらけなのだから。


ただなんとなく嫌な予感がした。ただの勘だから信じることも無いのだけれど。

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