第三章 十月、梅雨時、少女は飛んだ

第23話 テーマパークの悪魔

僕たちは電車に揺られている。

始発の電車に乗っているのはリツイーターの四人とあとほんの少しだろう。

流石に朝早い電車ということもあって夫婦カップル二人はいつもみたいに大声で喋ってはいない。相変わらずの少しうるさいジェスチャーで会話をしている。

かぐやはというと席に座りスヤスヤと寝ていた。相変わらず、寝起きの悪いかぐやは朝起きてからさっきまで半分だけ起きているみたいな調子だった。

よく考えてみればこの時間は早すぎる気がする。昨日、とおちゃんたちから提案されたので特に何も考えることなく頷いてしまったが、調べてみればテーマパークの開園時間は八時だった。腕時計が指す現在時刻は五時四十七分。開園までおよそ二時間だ。

人形町からそのテーマパークまでは三十分位らしい。およそ一時間半も前に着くなんて予定にするのは、いくらなんでも保険のかけすぎじゃないだろうか。

 すぐに八丁堀駅に着いて、そこから京葉線に乗り換える。かぐやはまだ寝ていたので僕はそっとおんぶをした。

その後も電車に揺られていく。途中、目に入ってきた新木場の木材置き場は朝日に照らされて印象的な光景だった。四人いても静かな始発だけれども、寂しさは感じなかった。

テーマパークの最寄り駅についたのは六時も少し過ぎたくらいだった。ここからしばらく歩くらしい。

流石にかぐやを長距離、おんぶするのは無理なので、かーちゃんにかぐやを起こしてもらった。「自分で起こしなよ~」なんて言いながらもかぐやを起こしてくれているかーちゃんは何だかお姉さんっぽい。

しばらく歩いて着いたテーマパークの入り口前にはまだ、人がまばらにいるだけだった。黙っているのも変なので僕はかーちゃんになんてこともなく聞く。


「かーちゃんは来たことあるの?」

「わたしはとっちーと一緒に一回だけ来たことあるよっ!」


かーちゃんはとおちゃんの方を見るとニコリと笑う。とおちゃんはというとなんだか微妙な顔をしていた。少し嫌な予感が頭をかする。


「え、あぁ……そうだったけ?」


とおちゃんは力なさげにそう言った。これは怪しい。かーちゃんも僕と同じことを思ったらしい。怪訝そうな顔をしている。


「うそ……忘れたの?」 

「いや、覚えてるよ。うん……」

「じゃあいつ行ったか言ってみてよ」

「え〜っと……二年前の冬だっけ?」 

「違う! 高二の夏休みじゃん! やっぱり忘れてる!」


かーちゃんはビシッととおちゃんを指差しながら少し怒り気味に言う。それからかーちゃんは頬を膨らませた。

とおちゃんは相変わらずだ。ポカンとなにも悪気がないような顔をしている。

そういう思い出みたいなものはちゃんと覚えておくべきだろうし、かーちゃんの様子からして相当大事なイベントだったんだろう。

それを忘れただなんて言ったら怒るのも無理はない。


「そ、そうだった……うん……そうそう」

「ホントに覚えてる?」

「え、あぁ……うん……」

「じゃあなにしたか言ってみて?」

「え〜っと……」

「やっぱり覚えてないじゃん! 何があったか思い出すまで許さないから!!」


これではかーちゃんが余りに可哀想だ。かーちゃんだから頬を膨らませてからの軽いパンチで済んでいるけれど、普通ならばボコボコ案件だろう。

それからとおちゃんは必死に考えているみたいだった。頭がいいのにかーちゃんとの思い出をスッカリ忘れるのがとおちゃんらしい。

 その後もずっと、たわいもない会話をしている内に時間も経って、人も増えてきた。僕たちは最前列にほど近い。なんだか、門が空いた瞬間に押し倒されそうで少し怖い。

周りにはそのテーマパークのキャラの服とか髪飾りをしている人が結構いて、みんな気合入ってるなぁと謎目線ながらに思った。

とおちゃんは約一時間、前にテーマパークに来たときのことを思い出そうとしていたが結局何も出てこなかったらしい。完璧に忘れているみたいだった。

かーちゃんは何事もなかったかのようにとおちゃんと接しているのだがそれがまた怖い。だってなにもないわけがないだろう。

 入場ゲートは開園時間よりも少し前に開いた。少し緊張しながらもゲートを超える。

急に開けたゲートの向かい側には既に、作り込まれた世界観に僕たちを惹きこむような建物が作られていて真正面には巨大なアーチがある。そのアーチの隙間から微かに湖とその奥の火山のような山が見えた。

流れてくるBGMもまた夢物語のような雰囲気を醸し出している。

まるで日本じゃないようだった。これがあの木造アパートからおよそ三十分圏内にあるなんて僕は信じられない。先に声を出したのはかぐやだった。


「す、凄い……。なんというか、圧倒されちゃいます……」

「うん。近所にこんな所があったなんて……」


まぁ近所と言っても距離だけなんだけど。

金銭的に言えばここはまったくもって近所ではない。ここに入場するには目も飛び出るほどのお金が必要となるのである。

のんびりと周りを見渡していると、とおちゃんから急に手を引かれた。見るとかぐやもかーちゃんに手を引かれて走っている。

僕もとおちゃんに引っ張られるがまま、朝日に煌めく湖を横目に走っていった。一分と少し走って着いたのは火山の真下だ。

驚いたことにこの火山は人工らしい。火山の下の空洞に入っていくと既に短い列ができている。僕たちもそこに並んだ。


「とおちゃんここどこ?」


全速力のとおちゃんに引っ張られた僕は少し息を切らしながら聞く。体育会系の全速力は文化系男子には鬼畜が過ぎる。


「ここか? ここはまぁジェットコースターみたいなもんだ」


とおちゃんはまったく息を切らさずに答える。流石運動万能マンだ。

さっき全速力と言ったがアレは違うかもしれない。とおちゃんの本気はこんなものじゃないのだろう。


「見た感じなにも無さそうだけど……」

「まぁまぁ。そこは待ってりゃ分かる」


そういやさっきから地響きみたい音が聞こえてくる。少々嫌な予感がした。かぐやも同じことを思ったらしい。夫婦二人に聞いていた。


「……この地響きは何ですか?」

「ん? これ? そうだね〜、今から乗り物に乗るんだけどその音かな?」


その瞬間にかぐやが嫌そうな顔をした。そりゃそうだろう。

僕もそうなった。この音はダメな音だ。初っ端から飛ばしすぎじゃないだろうか。それともこのテーマパークでこれはまだ序の口なのか。


「そうそう、聞いときたいんだけど……」


かーちゃんはかぐやの方を向くとそのまま続けた。


「姫ちゃんはびっくり系大丈夫?」

「た、多分大丈夫です……」


かぐやが大丈夫と言っている中、僕が弱音を吐くのも情けない話だけれど仕方ない。

僕は無理かもしれない。テーマーパークに行ったことのない僕はもちろんジェットコースターは初めてな訳で、最初っからこれに乗るのにははばかられた。

かぐやだってジェットコースターは初めてなんだろうけどそれは別だ。僕は僕だろう。


「ぼ、僕はダメかも」


恐る恐る言った。するととおちゃんが僕の肩にポンと手を置いてきた。それからニコリと笑う。なんだか気持ち悪い。


「建じぃは問答無用な」

「は? なんでだよ!?」

「いいから、いいから行こ~。ほら、もうわたしたちの番が来たよ?」


仕舞いにはかーちゃんまで加勢してどう見てもヤバそうなエレベーターに載せられる。エレベーターはリツイーターの四人の他にも十人位が乗ってきた。所々錆びているエレベーター内は何処どこかそれっぽい。

僕はこのエレベーターがジェットコースターなんだと勘違いして、「固定されないの!?」とか一人焦っていたのだが、なにもないままエレベーターは止まり、ドアが開いた。どうやら乗り場までの移動手段だったらしい。

着いたところは坑道のようで、広い地下空間の端にはジェットコースターらしき乗り物があった。ちゃんと体が固定されるようで少し安心だ。

それでもジェットコースターまでの道中に置かれたオブジェクトがどう考えても物々しく、やはり不安を掻き立ててきた。

その凝ったオブジェクトを見る時間も少なく、あっという間に目の前には車の形をしたコースターの座席だ。

文字通り一寸先は闇状態。運悪く一番前になってしまった。どうぞどうぞと前を譲ってきた夫婦カップルを僕は許さない。隣のかぐやは覚悟を決めてからの硬直状態だ。

そうして遂にコースターは動き出した。闇に入っていったと思えばそこには良く分からない地底生物のようななにかが光っているのが目に入ってくる。

僕はてっきり最初っから落とされるハード系だと予想していたのだけれどこれは大したことないのかもしれない。この光景は不思議と魅了されてしまう。ちょっとキモいけれど。

その後も暫くはゆっくりと安定した走りをしてくれた。どちらかと言えばこういった光景を楽しむものなのだろうか。ビックリ系というのもこういうオブジェクトのことなのかもしれない。

かぐやは怖がっているようなので僕は優しくかぐやの手を包んだ。このところ繋ぐこともなかったかぐやの手は思っていたよりも小さかった。


 そんでもって僕はもう平穏に終わると安心しきっていたのだけれど、どうも雰囲気が変わってきた。なんだか聞かなかったことにしたい内容のアナウンスが流れてくるのである。

どうやらやっぱりここは火山(人工)だったらしい。人工と付けたのは自分を安心させるためである。

要約すれば今からここは噴火するゼッ☆! ってことらしい。もちろんこんなに軽くない。こうしたのは自分を安心させるためである。

夫婦カップルとの平和ボケした会話もいつの間にか消え去る。むろん夫婦カップルは怖がっていない。怖いのは僕の方だ。

夫婦カップルはきっと後ろからそんな僕たちを見て楽しんだりしているのだろう。かぐやの手を握る力が自然と強くなる。かぐやも握り返してくれたのが唯一の安心材料だ。

その後はもう凄かった。突然鳴る音に素直にびっくりして、かぐやと二人で同じように肩を震わせていた。そして、そこからの急上昇……からの急降下である。もう半ば放心状態だ。まず一番前というのが良くない。

かぐやなんてすべてが終わり、コースターが止まってからも暫く魂が抜けていた。これを一番最初に持ってくる夫婦カップルは悪魔かなにかなのかもしれない。


 コースターから降りると夫婦カップルは直ぐに次の目的地に向かい始めた。向かうのはもう名前で分かるほどヤバそうなやつだ。やはり二人は悪魔だった。

でも、まぁ……それなりに楽しいし、いっか。

かぐやも一時は魂が抜けていたが、今は楽しそうに笑っている。

そうして、指差すかーちゃんを先頭にリツイーターは走り出した。

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