第19話 UFOキャッチャー

本屋は豊作だった。この頃、本屋に入ってないことも相まって欲しい本が山ほど目に入ってくる。結局、十冊という冊数を大人買いしてしまった。これでしばらく本には困らないだろう。

そういや本屋の店頭に『西の魔法使い』とかいう小説家の本が置いてあった。この頃は作者の名前もおかしくなってきたらしい。妙に名前が頭に残るのが負けた気がして悔しい。

 一時間が経って本屋を出てからもかぐやたちと合流する気配はなく、ガラスから夏日が差し込む広場の中、僕は備え付けられたベンチに一人で座っていた。

広場には何台かUFOキャッチャーが置いてある。中高生やら子供の期待を背負ったお父さんやらで盛り上がっているようだった。

僕はUFOキャッチャーを信用していない。

僕はこれまでの人生、二十一年とちょっとの間、UFOキャッチャーで物を取れると思った経験が一度もないのだ。とは言っても実際挑戦したのは両手で数えられるほどだろうか。

機会がなかったわけではない。最初の数回でこれは無理だと悟っただけだ。UFOキャッチャーなんて所詮、社会の貯金箱に過ぎないだろう。

なんてくだらないことを思っていたら、とおちゃんがトイレから帰ってきた。わざわざ走っての帰還である。とおちゃんは少し息を立てながら僕の隣に座った。


「かっちゃんら、やっぱりもうちょいかかりそうだって」

「そっか……」


まぁ女子ってそんなものだろう。女子の買い物はひたすら続く延長戦だ。時間が一時間単位で遅れるなんてこともざらにある。

そもそも買い物を細かく予定立てること自体が間違いなのかもしれない……なんてことを女子とまともに買い物に行ったこともない陰キャ男子がほざく。

にしても、暇だ。なんかこうして日の光を浴びながら群衆の喧騒に耳を傾けていると眠くなってくる。広場の時計はもうまもなく一時を指す。やばい。ウトウトしてきた。もう目が……。

と、突然にラッパの音が広場に鳴り響いた。いや、ここにいるほとんどの人は聴こえてきた位にしか感じていないだろう。しかし今まさに寝落ちしそうになっていた僕は例外だ。

ラッパの音がまるで車三つ分の音をもって僕に襲い掛かってきたのだ。要するにラッパの音が僕の中ではとどろきレベルだったという訳だが、そのおかげで僕はすっかり目を覚ました。

記憶がはっきりしてからもしばらくは一時を知らせる時計の音が鳴っていたが、その音はさっきの第一声ラッパ音よりも遥かに小さく感じる。

時計の周りではラッパや太鼓を鳴らしている小さな兵隊さんが動いていた。子供たちはそれに見入っている。昔は僕もあんな感じに純粋だった。あの人形がホントに生きてるなんて思っちゃったり。

一時を知らせるラッパが鳴り終わってすぐ、とおちゃんが思い立ったように口を開いた。


「なぁ、建じぃ」

「ん? どした?」

「暇じゃね?」

「うん」

「どうする?」

「どうするもなにも……ここで待つしかないでしょ」

「ん~、UFOキャッチャーでもするか?」


唐突にとおちゃんから信じられない言葉が発せられた。

僕はまず自分の耳を疑った。その次にとおちゃんの頭を疑う。

僕はもう少しとおちゃんが賢明な人物だと思っていた。少なくとも自分からお金を浪費する様な奴ではない。血迷ったのか。

これは僕が落ち着かせるしかない。きっととおちゃんはUFOキャッチャーの呪いにかけられているんだ。


「とおちゃん、それだけはやめておけ。このままではUFOキャッチャーに飲まれちまうぞ」

「は? なに言ってんだ?」

「まんまだよ。ほら、酒を飲んでも酒に飲まれるなって言うだろ。それと一緒だ」

「どっちみちわけ分かんねぇよ……取り敢えず暇だし……行くぞ」


言葉だけでは上手くいかないか。とおちゃんにかけられた呪いは思ったより強いらしい。導かれるようにUFOキャッチャーに歩いているじゃないか。

こうなればもう手は一つしかない。


彼にUFOキャッチャーの恐ろしさを教える。


できればこんな手は取りたくなかった。でもこうなりゃ仕方ない。

なにかの図鑑で見たが親ギツネは子ギツネにスカンクを狩らせてスカンクの悪臭を覚えさせるらしい。そうすりゃ子ギツネは一生スカンクに近づかない。それと同じ理論だ。

要するにとおちゃんにUFOキャッチャーの恐ろしさを分からせれば彼は二度とUFOキャッチャーというやからには手を染めなくなる。

ただ、すでにUFOキャッチャーに憑りつかれているとおちゃんには一工夫が必要だ。

つまり僕がやって見せる。それからとおちゃんにUFOキャッチャーの搾取さくしゅシステムをさとすのだ。この案は多少僕自身を危険にさらすことにもなるだろう。下手をすれば僕自身もUFOキャッチャーに憑りつかれてしまうかもしれない。

それでも僕はやる。親友としてやるべきことだ。


「あぁ、分かった。やってやるよ」

「お、おう……今度はどした……。じゃあ先にやらせてもらうぜ」

「待て。……僕がやろう」

「え? あぁ、良いけど」


僕は震える手で財布を開く。小銭を取り出し慎重に硬化入れに入れる。『ここにお金を入れてね!』なんていう優しい言葉には騙されない。僕はその文字をグッと睨みつけた。

ガチャンと小銭の落ちる音。その一つ一つが重みを持って貯金箱に吸収されていった。

僕は目に火を宿らせ、腕には力を込め、指の先まで神経を集中させる。そっと横移動ボタンを押す。アームが動いた。弱々しそうな腕が揺れている。

ここだという所でボタンから手を離す。思った通りの場所にアームは止まった。

続いて縦移動。UFOキャッチャーは奥行きがつかみにくい。よってこの縦移動が失敗の最たる原因だ。しかしこの問題もちょっとの工夫を加えることで簡単に解決するのだ。つまり横移動の時と同じ目線で見ればいい。UFOキャッチャーは立方体だ。今見ている面が前とは限らない。すなわち、今立っている面の側面から中を覗き込めば奥行きの問題は解決する。

僕は横から覗きながらボタンを慎重に押す。ほしい物体はすぐそこ。

よし! ここだ!

パッと機敏な動きで手を離した。丁度ぬいぐるみの真上だ。

これは勝った……なんて昔は思ったものだ。しかしこれでダメなことを僕は知っている。

アームの握る力が弱すぎるんだ。結局ぬいぐるみは真上から撫でられて終わってしまった。

律義にアームが元の場所に戻っていく。この時のアームがあまりにも寂しくて僕はいつも目を逸らしてしまう。

アームの中には空気が抵抗無しにあるだけだ。なにかを得ようとして結局なにも得られなかった。

ほしいものはすぐそばにいるのにずっと掴めない。ずっと擦れて、すれ違って……アームは今日も一人、なにかを掴もうと藻掻もがいているんだ。これだけ完璧な動きをしてもなにも掴めない。

な? 分かっただろ? UFOキャッチャーの恐ろしさが。

僕はそっととおちゃんの方を見た。


「建じぃはへたくそだなぁ」


とおちゃんはすました顔で僕にそう言った。

これでUFOキャッチャーの恐ろしさが分からないのか。

ならば、もう僕に打つ手はない。とおちゃんがUFOキャッチャーに向かうのを黙って見ていることしかできなかった。もっと早くに気付いていれば……。そう悔やむだけだ。


「良いか? 見てろよ?」


とおちゃんは慣れた手つきでUFOキャッチャーにお金を入れる。それから、躊躇ためらうことなくボタンを押した。

そんなに急いだら危ない。そう言おうとしたけれど直前で言葉が喉につっかえる。

とおちゃんの背中はたくましかった。僕とは比べ物にならないくらい、ゲームセンターという戦場で戦ってきた。そんなオーラを感じとったのだ。

僕はただなにも言わずにアームの行く末を見守った。この世界から慎重という言葉は消えてしまったのかと思う程、とおちゃんの手はボタン上で軽快なステップを踏む。

あっという間にとおちゃんの狙うポイントにアームはたどり着いた。僕とは違ってアームは対象物の真上ではない。少しずれている。


「いいか、建じぃ? UFOキャッチャーっていうのはただ真上からいけばいいってもんじゃない。この場合、人形の腕と体の間にアームを潜り込ませるのが最適解だ。そうすりゃあアームが腕にひっかかって掴むことが出来るんだ」


とおちゃんの説明をよそにアームは降下を開始した。とおちゃんの説明通りアームはぬいぐるみの腕と体の間に吸い込まれていった。

そしてそのまま綺麗に引っかかる。お手本のように持ち上がったぬいぐるみはそのまま空中を移動した。

やがて取り出し口の真上に持ってこられたぬいぐるみは重力に逆らうことなく美しく取り出し口に落ちていく。とおちゃんはそれを当然のように取り出した。


「ほらな?」


僕の中で世界が変わった。これは革命と言ってもいい。

目の前であり得ないことが起こったのだ。


UFOキャッチャーは成功する。


これはかぐやが透明だったとか月から来ただとかと並べてもなんら不自然がない事象だ。

とおちゃんはとんでもない奴だった。師匠と呼ばせてほしい。これまでとおちゃんのことをお調子者だと思っていたけど訂正させてくれ。とおちゃんは立派なMr.UFOキャッチャーだ。


「プ、プロですか……」

「いや、正真正銘の一般人だ」

「凄い、凄いよ、とおちゃん!」

「お、おう……。さっきからどうしたんだ……」

「僕にもその技を教えてくれ」

「ま、まぁ、かっちゃんが来るまで暇だし別に良いぞ……」

「よっしゃ。よろしく~」

「あぁ……」



 その後、とおちゃんからUFOキャッチャーのノウハウを学んだ。とても有意義な時間だった。僕も少しは上手くなったんじゃないだろうか。

少なくともUFOキャッチャーに対する強い不信感はぬぐい切れた。いくつかのUFOキャッチャーを周り、それぞれの攻略法を教えてもらう。

 そんなことをしているとかぐやたちがそれなりに大きい紙袋をいくつか持って走ってきた。

思ったよりも多そうな服の枚数に腰を抜かしそうになる。僕は急いでかーちゃんのほうへ走った。


「こんなに買って大丈夫だったの?」

「大丈夫、大丈夫! わたしの財布はそんなにもろくない!」

「なら良いんだけど……。かぐや、どうだった?」

「……やっぱりかーさんは凄いです。かわいい服をいっぱい知ってます」

「あ~! に戻ってる~! さっきはかーねえって呼んでくれたじゃん!」

「そ、そんなに連発しません……。ここだって時にって呼びます」

「今、呼んでくれたね!」

「……いちいち、言わないでください。もう呼びませんよ?」

「それは嫌だよ! ごめんね、姫ちゃん!」


随分とかぐやが話すようになっていた。いちいちこんなことを言えばかぐやに怒られそうなので言わないことにする。

 立ち話もそこそこに次の店に向かった。先頭を行くかーちゃんの横にかぐやが並ぶ。こうしてみれば二人とも身長が低い。わずかにかーちゃんの方が高いけれど誤差の範囲だろう。

背の高さは標準レベルなはずの僕と頭一個分くらいの差がある。そんな二人には少しばかり大きすぎる紙袋が気になった。

こういう場合はさりげなく荷物を持つのが正解だろうが、女子とまともに話してこなかった僕はどう声をかけたらいいかが分からない。

声を掛けようとしては止めて、声を掛けようとしては止めてを繰り返すうちに、だいぶ歩いてきてしまった。

それでも、かーちゃんが道確認で止まったときになんとか声を振り絞る。


「え、えと……それ持とうか?」


僕はちょっと緊張しながらかぐやに声をかける。緊張で上ずった声が間抜けに喉から出てくる。そんな自分が恥ずかしくなって思わず俯いた。

暫くの沈黙の後、かーちゃんの笑い声が耳に響いてきた。


「建君緊張しすぎだよ~! 普通に言ったらいいのに~。あ~、面白い……」

「そ、そんなに笑わなくていいじゃん!」

「ごめん、ごめん。建君は優しいね。とっちーなんか買い物とか行っても、わたしの荷物なんか知らんぷりだよ?」

「俺は関係ないだろ……」

「じゃあこれ持って?」

「それはちょっと……分かったよ」

「ん。ありがと!」


とおちゃんはかーちゃんの無言の圧力に押されて紙袋を持たされていた。

そんな二人を横目に僕はかぐやの持っている紙袋に手を伸ばす。持ち変える時に少しかぐやの手と僕の手がかすった。

かぐやは「あっ……」と言って手を勢いよく引く。それからかぐやは僕から目を逸らした。よく見ると顔が耳まで真っ赤だ。

そんな、かぐやの初々ういういしい反応は新鮮だった。これまではかぐやから抱き枕だとか言って抱き着いてくるほどだったし、そのときも特別恥ずかしそうにしてるわけじゃなかった。

おんぶしたときだとか、昨日の朝だとかは流石にかぐやも少し恥ずかしがっていたけれど、あれは恥ずかしいのも当然だろうし、それでもといった具合だっただろう。

この僕でさえもう慣れてしまっていることに、あのかぐやは耳まで真っ赤に染めている。

かぐやの反応を不思議に感じたが、それ以上にそんなかぐやを見ていると僕まで恥ずかしくなってきた。


「建、ありがと……」


かぐやは顔をそらしたまま呟くように僕に言う。

調子の外れたかぐやの声。

顔が弾けるように赤くなる。

手元が覚束なくて、紙袋をうまく持てない。


「え……あぁ、うん……」


ごにょごにょと声をどもらせる。

近くの喫茶店から漂ってくるコーヒーの匂いが心地よかった。

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