第18話 姉妹(仮)の物語

「……かーさん。いきなりどうしたんですか……?」


少し息を切らしながらかぐやはかーちゃんに少しばかり非難の意も込めて言った。かーちゃんはまるで悪びれる様子もなく答える。


「姫ちゃん、服あんまり持ってないらしいじゃん。服ならわたしにまかせて! あと、だよ?」


かぐやはそれには答えずに周りを見渡す。建以外は誰もいない世界でしばらく暮らしていたからだろう。人がそこら中にいるのが新鮮だった。

かーちゃんは「そうそう」と言いながらポケットからガラケーを取り出して、なにやら打ち込んでいる。

数秒経って、メールを打ち終わったらしいかーちゃんは再びかぐやの腕を掴んで店の中に入っていった。



 服選びは順調だった。というか順調すぎた。かーちゃんは次から次へと服を持ってくる。どれも魅力的な服ばかりでそこから選び抜いていくのには苦労した。

 途中、かーちゃんが話を振ってきた。話す勇気が出ないから、向こうから話を振ってくれるのはありがたい。


「姫ちゃんはと上手くやれてる?」

「はい……。建は優しいので……」


そ~なんだ。良かったね。と言う彼女の声も少し遠く聞こえた。

かぐやにはどうしても聞きたいことがあった。今後の人生において重要なことだ。

確かに建以外の人はまだ怖い。今、目の前で笑ってくれているかーちゃんだって他の人ほどじゃないけど、やっぱり目は見れない。

かーちゃんが良い人だっていうのは分かっている。だから、自分がこんななのは申し訳ないし変わらなきゃいけないのも自覚していた。

でも、自分が今抱いている疑問はその怖さすらも些細にするほどだ。さっきまでこの疑問をぶつけるタイミングを見計らっていた。

そして、かーちゃんがと呼んだことは疑問をぶつける絶好のタイミングとなったのだ。


「その……かーさんは建と……どういう関係なんですか?」

「え? 友達だよ? いきなりどうしたの?」

「付き合ってたりとか……しないですか?」

「あ~、そういう……」


かーちゃんは何かを悟ったような顔をして、それから思いついたように口を開いた。


「もしわたしたちが付き合ってるって言ったら?」


いたずらっぽくかーちゃんは言った。

途端にズシンと心になにかが落ちてくる。胸が痛んだ。でも仕方ない。そのはずなのに泣きそうな顔をしてしまった。それを見たかーちゃんが慌てて訂正する。


「冗談だよ! ホントにただの友達だから! 嘘言って、ごめん!」

「……ホントですか?」

「ホントのホント! 昨日会ったばっかりだし!」

「そうですか……」


なんだか安心した。別に付き合ってるからどうこうって訳でもないのに……。


「姫ちゃんは……建君のこと好きなの?」


落ち着いたはずの心がまた荒ぶる。


『好き』


その二文字が心に刺さった。

途端に顔が赤くなる。

そんなこと、考えたことも無かった。いや……考えないようにしていたのかもしれない。きっとどこかで分かっていた。


建が自分の中で大切な人だということ。

建に抱き着いたら安心すること。

おんぶされたら恥ずかしいこと。

建との買い物の約束がどうしようもなく楽しみだったこと。

建がいないとどうしようもなく寂しいこと。

建が下の名前で呼ばれてるのにモヤモヤしたこと。

建と二人きりの世界が壊れたのが残念だったこと。


その全部が答えだった。


『私は建が好き』


考えるたびに本当に恥ずかしくなる。耳まで真っ赤にしてしまう。

そんな様子だからかーちゃんには答えずともバレてしまった。


「……そっか。姫ちゃん、頑張ってね! わたしならいつでも相談にのるよ?」

「……その……かーさんが建のことを……好きになる……ってこともないんですか?」


しどろもどろに言う様子にかーちゃんは優しく笑う。


「無いかなぁ。わたしはとっちーと付き合ってるし」

「とおさんですか?」

「うん。それにね……もしわたしがフリーで……建君のことを好きになったとしても、姫ちゃんには勝てないかな?」

「……どうして……ですか?」

「だって、建君は姫ちゃんのことしか見てないもん。どうしたって勝てないよ」


かーちゃんはニコリと笑った。それを聞いて無性に恥ずかしくなる。かーちゃんの言っていることが本当かは分からないけれど、本当だったらどれだけ嬉しいことか。

心が幸せで埋まっていく。こんないくらかの言葉だけで幸せなんて、自分は案外単純なのかもしれない。

けれど、やっぱり恥ずかしいことは恥ずかしい。誤魔化す言葉が自然と出てきた。


「は、早く、服を選びましょう……」

「……誤魔化しかたも建君に似てるね」


かーちゃんが今度はいたずらっぽく笑いながら言う。この人には敵わない気がした。


 新しく買ってもらった四着の服はどれもかわいらしくて、これからの季節に合いそうなものばかりだった。

ここまで選ぶのに相当の時間を要したのは言うまでもない。それでもかーちゃんは楽しそうに笑ってくれた。

 レジに向かう途中、うさぎのフード服が目に入った。その瞬間にどこか運命的なものを感じた。これほどなにかを欲しいと思うのは久々だ。うさぎには目がない。こんな服があるということをもっと前から知りたかった。

けれどもう四着も買ってしまっている。流石にこれ以上欲しいなんて言うのははばかられた。結局、暫くその服を目にとめてからその場を後にした。

 店を出てから、かーちゃんはトイレに行きたくなったと言って店の中へと戻っていった。たしか店の奥にトイレがあったと思う。

壁にもたれて、ショッピングモールを行きかう人たちを眺めながらかーちゃんの帰りを待った。

やっぱりこれだけ人がいるのには慣れない。少し怖かった。早くかーちゃんが帰ってくることを願った。願ってから気づく。かーちゃんはもう他人なんかじゃなかった。まだ慣れないけれど一緒に居て安心はできる。

ちゃんと喋れるかといえば、間違いなくノーだけれどもう怖くはなかった。そういえばかーちゃんの顔をちゃんと見たことがなかった。帰ってきたらちゃんと見ることにしよう。

 数分経って、かーちゃんは帰ってきた。何故か手には新しい紙袋がぶら下がっている。それがなにかを聞く前にかーちゃんはかぐやに紙袋を差し出した。


「開けてみて?」


訳も分からず袋を受け取り、中を覗く。中にはあのうさぎフードが入っていた。思わず「あっ」と声が出る。


「……これって」

「うさぎのフードだよ。姫ちゃんが欲しそうにしてたからね」


不意打ちのプレゼントは本当に嬉しかった。気づけば笑みが零れている。なんだか、かーちゃんが本当のお姉ちゃんみたいに感じた。

顔を上げてかーちゃんの顔をちゃんと見る。かーちゃんは優しく笑っていた。その顔は思ってた以上に優しい。柔らかい茶色の目はかぐやの心をふわりと包み込んでいく。


『今なら言える。私だってかーちゃんを喜ばせたい』


かぐやは少し息を吸って勇気を振り絞ってから、出来る限りの満面の笑みで言った。


「かーねえ、ありがと!」





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