第16話 リツイーター爆誕!!

「建じぃ、起きろ~。もう九時回ってるぞ」


この日はこの言葉で幕を上げた。僕はとおちゃんに揺さぶられている。耳元というよりは大声で言ってるのが聞えてくる感覚だ。

寝ぼけてる脳で聞こえてくる言葉を整理する。

九時といえば休みである今日にしては早い。休みの日は基本十時起きだ。今日はなにかあっただろうか。

しかし、目覚め切っていない頭では思い出すものも思い出せない。その内に意味の分からない方向に展開されていき、やがて何を考えていたかも分からなくなる。


「お~い。起きてるか? これは寝ぼけてるな……。…………い……………だ……」


かすかに聞こえてくるその声も遠ざかっていく。堕ちていく脳の中に疑問が浮かんでくる。

そういや何故、とおちゃんがここにいるのだろう?

その疑問も眠りに堕ちていくと共に沈んでいった。高杉建、本日二度目の就寝だ。




 どのくらい時間がたっただろう。いきなり耳元で耳をつんざくようなやかましい目覚まし音が鳴った。突然の出来事に体のすべての機能が強制起動させられる。心臓が止まるかと思った。

音が鳴って反射的に体を起こしたのはそのままに周りを見渡す。とおちゃんが横に立っていて、かーちゃんが寝ているかぐやの肩に手を置いてかぐやを優しく揺さぶっている。

机には作った覚えのない朝食が並べられていて、僕の後ろでは持っている覚えのない、よくある形の目覚まし時計がうるさくベルを鳴らしていた。

浮かび上がってくる数々の疑問は更に僕を目覚めさせる。

脳も動くようになって徐々に今日の事を思い出す。今日は四人で買い物に行く約束で……。八時に集合で……。それで、今九時で……。僕は寝てて……。

頭に断片がバラバラと浮かんでくる。やがてその断片はピースとなり、パズルの様につながって全貌をとらえていく。

つまるところ僕は寝坊したのだ。少しずつ冷や汗が湧き出てくる。


「やばい! 早く準備しないと!」

「ちょ、ちょっと待て! 別に急がなくてもいいから」


とおちゃんがしゃがみこんで片手で目覚まし時計を止めながら言ってきた。目覚まし時計を止める手つきは慣れている。

とおちゃんの言う通り、起き上がった状態で待つ。というか、何故とおちゃんが……。


「おはよう、建じぃ。ばっちり起きたみたいだな」

「あぁ……。そんなことより何でとおちゃんがいるんだ? ついでに、かーちゃんも」

「これはだな……。八時ちょい前についてピンポン鳴らしても全然出ないから寝てるかもということになってな。大家さんに話付けて合鍵もらって起こしに来たって訳だ」


大家さんのガバガバ度も気になるが、二人への申し訳なさが先行した。目覚ましを設定したのに鳴らなかったなんて言い訳はありきたりすぎるだろうか?


「そ、そっか……。まずは寝坊してゴメン」

「いやいや。むしろ俺らが早くし過ぎたまであるからな。要するに良いってことよ!」

「でも、九時っていうのは約束だったから……。それにしても机の上のご飯は?」

「あぁ。あれはかっちゃんが作ってくれたんだ。ああ見えてかっちゃん、料理上手なんだぜ」


とおちゃんから見たら誰でも料理上手だろ、と思いつつも、机上の料理は本当に手が込んでいておいしそうだった。

とおちゃんは料理が下手だ。中学の時の調理実習でとおちゃんと同じ班になった人全員が保健室送りになったという伝説を巻き起こした程である。

おかげでとおちゃんは先生から公式に食べ専として残りの学校生活を送った。それでいて僕よりも家庭科の成績が良かったのは納得がいかない。


「ちょっと、とっちー! ああ見えてってどういうこと⁉」


声を上げたかーちゃんの方を見るとかぐやが丁度起きた所のようだった。かぐやはまだ寝ぼけている様で、女の子座りをして片方の手で体を支え、もう片方の手で目をこすっている。

すこしゆるいかぐやの寝間着姿は何とも柔らかそうでかわいい。まさしくゆるふわだ。その横で座っているかーちゃんの顔はどこか嬉しそうな気がした。

そんなかーちゃんにとおちゃんはいたずらっぽく言った。


「だって、かっちゃんは子供っぽいから料理できなさそうじゃん」

「子供っぽいって、とっちー、ひど~い」


そう言ってかーちゃんは頬をム~っと膨らます。その動作はいかにも子供っぽい。とおちゃんも僕と同じことを思ったらしく僕と目を合わせて笑った。

今朝はいつも以上に和やかだ。



  ✽



 朝食も食べ終わり、アパートを出た頃にはすっかり日も昇っていた。もう十一時前だ。

かぐやは夫婦カップル二人に謝ってからは口数も少なかった。ただでさえ怖いと言っていたのに、こうなってしまっては増々気まずいだろう。

かぐやとて二人を避けているわけではなかった。かぐやなりに喋ろうと頑張ってはいる。今日一日でかぐやが二人と普通に話せるようになることを僕は心の底から祈った。

 道中も夫婦カップルの会話は尽きない。一体どこからそんなに話のネタが湧いてくるのか不思議だ。二人は言葉を口にしなければ生きていけないのかもしれない。

なんにだって話のネタにする二人は唐突に僕の後ろに半分隠れたような形になっているかぐやへと話を振った。


「そういやわたしたち、かぐやちゃんのあだ名を考えてきたんだ~」

「あだ名……ですか?」

「うん。その方が友達っぽいでしょ?」

「と、友達……」


かぐやは少し困ったような表情をした。かぐやからすれば二人と友達になることなど考えていなかったのかもしれない。そんなかぐやにはお構いなしにかーちゃんは続ける。


「それで考えてきたのが……『姫ちゃん』なんだけど、どうかな?」

「……なんで、ですか?」

「かぐやって名前、かぐや姫っぽいなぁて思ってね……それなら姫ちゃんだ! ってことだよ? ほら、かぐやちゃんはお姫様級の可愛さだし」


かぐやは言葉に詰まっているようだった。けれどその顔はちょっと嬉しそうだ。かぐやと夫婦カップルの距離がほんの一ミリほど、縮まった気がした。

これは僕の勝手な妄想だけれど、そうだったらいいな、なんて思うのだ。

その証拠とでも言わんばかりにかぐやはかーちゃんの名前を呼んだ。


「香奈さん……って呼んだらいいですか?」

「ん~。折角だから姫ちゃんにもあだ名で呼んでもらいたいなぁ。わたしは皆からかーちゃんって呼ばれててね」

「ちなみに俺はとおちゃんって呼ばれてるぜ!」

「えっと……かーさんと、とおさん……」


かぐやは緊張で固まりながら恐る恐るといった感じで二人の名前を呼ぶ。

なんだか前にもこんなことあった。あの時は僕がかぐやと呼ぶのに緊張していたか。

建と普通に言えたはずのかぐやは二人を呼ぶのには何故か固くなっているようだ。


ときたか~。じゃあ『かーねえ』なんてどうかな?」

「……姉って意味ですか?」

「かっちゃんは呼び名には結構こだわるよな~。付き合い始めの時だって恋人同士なんだから呼び方変えようって──」

「ちょ、ちょっと、とっちー! そんな話ここでしないで!」

「え? なんで? 別にいいじゃん」

「ダメなものはダメ!」


かーちゃんは途端に顔を赤くしてとおちゃんに非難の目を向けた。とおちゃんは相変わらずきょとんとした顔だ。

なんにも気づかないとおちゃんに頬を膨らませたかーちゃんはそのままかぐやに話を戻した。とおちゃんは無視することに決めたらしい。


「……そう。姉って意味。わたし、昔から妹がほしくてね。だから、姫ちゃんには妹になってほしいんだ~」

「そ、そうですか……」

「うん!」


かーちゃんは今度はニコリと笑って相槌を打った。この人の表情は本当にコロコロと変わっていく。さっきまで顔を赤らめていた人とは思えない。

かぐやの方はずっと困ったような顔をしている。必死に言葉を探して繋いでいるみたいだ。

喋ることは案外難しいことだ。これは僕の持論だけれどあながち間違っていないんじゃないかと思う。瞬時に自分の感情に合う言葉を繰り出し、紡いでいくだなんてとんでもないことだろう。

だから僕からすれば夫婦カップルの二人なんて雲の上の存在のように感じられた。


「そうそう! この四人組の呼び方も考えてきたんだ~。その名も……リツイーターだよ!」

「どうしてそうなったんだ……」


予想だにしない呼び名に思わず言葉が口から漏れ出てしまった。話すのが面倒くさい僕はここまで、基本は聞き専を貫いてきたわけだが、それも気にならない。

かーちゃんは待ってましたと言わんばかりに自慢げな顔で解説を始めた。


「連想していったらそうなったの。まず姫ちゃん、つまりかぐやちゃんのお陰でこの四人が集まれたわけでしょ? かぐや姫といえば月、月といえばうさぎだから……Rabbit Teamってなって……。でもこれはなんか違うってなってまずRTって略してみたの。RTはリツイートの事だからそれでリツイーターってことだよ!」


どうやらこの不可思議な呼び名は連想ゲームの成れの果てだったらしい。よくもまぁ、そういうことを考えるものだと変に関心してしまった。

自信に満ち溢れたかーちゃんの顔は少し憎たらしいが、四人の呼び名は妙に頭に残る。リツイートがなんなのか良く分からないが語呂がいいから、意味なんてどうでもいい。


「まぁそれっぽいし、いいんじゃない?」

「俺もいいと思うぞ!」


かぐやも首を縦に振る。


「ここにリツイーター爆誕だね!」


かーちゃんは満面の笑みで目を輝かせた。かぐやの困ったような顔も少しはほぐれたかのように見える。



こうしてリツイーターは誕生した。これからどんな日々を送るのか、この時は誰にも予想がつかなかった。

かぐやを取り巻く予想のできない賑やかな日々の開始を告げるように電車の警笛音がトンネルに鳴り響くのだった。


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