第14話 静かなる大根の殺意

かーちゃんが女の子座りしながら両手で額を抑えている近くに大根が落ちている。

そんなちょっとしたカオスに驚いていると厨房から店員さんが飛んでやってきた。


「お客様! 申し訳ありません! お怪我はありませんか? 今すぐに氷を持ってきます」


ズッコケでもしたのだろうか。にしては、店員の反応が大袈裟な気もする。

床に落ちていた大根を踏んでこけたのか。だが、普通に歩いてて大根を踏むとは考えづらい。バナナじゃないのだから。


「かーちゃん、どうしたんだろ? 見た所コケた様に思えるんだけど……。大丈夫かな?」

「あぁ、大根が顔に飛んできたんだ。よくあることでな」

「は? 大根が飛んでくるってどういうこと?」

「まんまの意味だが」


いやいや、大根が飛んでくるとかそんなことある訳ないだろう。ましてや、よくあるとかなおさらだ。


「そんなことある訳ないでしょ」

「じゃあ、店員の言ってること聞いてみろよ」


とおちゃんはそういうと顔を店員の方へ振った。とおちゃんがそうするので僕も店員の言葉に耳を傾ける。店員はとにかく焦っていて目がキョロキョロと動いていた。


「本当に申し訳ありません。色々あって大根が飛んで行ってしまいました。これからは大根が飛んでいかないよう社員一同教育して参ります」


店員が真剣なのは分かっているのだがやはり笑ってしまう。少なくとも僕が生きている二十一年間、これ程まで大根で真剣に謝っている人は見たことがない。

人は本当に驚くと、意味も分からずに笑ってしまう。もはや、数々の疑問を聞く気すらも起きなかった。


「いえいえ、大丈夫です。大根が飛んでくる事はよくある事ですし、半分くらいはわたしの存在のせいなので……。最近、DIECONの痛みにも慣れてきたので本当に大丈夫です」

「そ、そうですか……」


店員は困ったような顔をしていた。僕はその様子を凝視はしないように、視線を下に落とす。


「ちなみにこの現象のことを俺たちはDIE CONTROLダイコントロール、略してDIECONダイコンと呼んでいる」


とおちゃんが本当にどうでもいい豆知識を口にする。上手くもない呼び名に反応しようとも思わず、ただ聞き流してやった。


 店員達に「本当に申し訳ありません」とペコペコ頭を下げられながら、店を出て暫くすると、かーちゃんが僕に愚痴を漏らしてきた。


「これでDIECONは九十六回目なんだよ! わたし、大根になにかしたかな?」 

「昔、大根で人を殴ったりとか?」

「そんなことしてないって! まぁ、最近は本当に痛みには慣れてきたんだけどね。それよりも、DIECONの後に謝られたりする方が恥ずかしいし面倒くさいんだよ。エリン~ギ、マイタケ、マイルマジ~だよ」


最後の言い回しはなんなのだろうか。妙に頭に残った。

まぁ、要するに謝られる方が大変になってきたということらしい。日々、DIECONに合っている故に出てくる悩みは、リアルだった。


「それにしても、こんな感じで打ち解けれて良かったよ~。これからも黄金世代としてよろしくね!」

「うん、よろしく! なんかこれから色々ある気がするし……」

「私もこれから色々お世話になる気がするよ」




 渋谷駅に着いてから社員とは本当に解散となった。

夜の渋谷も綺麗だった。新聞や本で見る写真の中に入った気分だ。

今日で何回目かもはや分からないハチ公を目にすると、そのまま渋谷駅構内というちょっとしたダンジョンに足を踏み入れた。今度はパーティーを組んでやってきたのだから問題は無いだろう。


約束通りに夫婦カップルをおんぼろ木造アパートへと迎え入れるべく例の半蔵門線に乗った。

別に電車好きという訳では無いが、この車体は個人的には結構好きだ。

それにしても、夫婦カップルも暇なものだ。話によれば二人は武蔵野市の吉祥寺にて同居しているそうだが、だとしたら人形町とは反対方向である。

道中、彼らは実在しない僕の彼女についての意見交換をしていた。どんなことを話していたのかは覚えていないが、相当楽しみにしているのが見て取れた。なにがそんなに楽しみなのだろうか。

盛り上がっている二人を見ている内に罪悪感のようなものが湧いてきた。別に僕が悪いわけじゃない。

元はといえば二人が勝手に盛り上がるからこうなったのだ。僕には彼女なんていないと言っても、きっと聞かなかっただろう。

それでも焦った。二人が僕のアパートに着いて目にするのは誰もいない部屋であろう。その時に僕はなんて言ったらいいのだろうか。

ちゃんと考えていなかった。適当に済ませば二人も引き下がってくれるだろうなんて思ってたけど、今の二人の楽しみ度具合を前にそんなことは思えない。

かぐやが二人から見えたら。そんなことを想像した。

きっと四人なら上手くやれるはずだ。かぐやだってそっちの方が楽しいだろう。

僕にはうまく想像が出来ない。

かぐやが二人から見えるようになったとして、僕たちは何をするのだろう。

不思議だった。かぐやが他の人から見えるようになることは僕も、もちろんかぐやだって願っていることのはずだった。それなのに僕はかぐやが二人から見えた時のことを想像すると、心に穴が空いた気分になるのだ。

なんとも言えなかった。かぐやのこの問題を解決する方法があるなら、すぐにでも実践するだろう。かぐやの透明人間化が解消されれば僕は喜ぶはずだ。それは間違いない。

じゃあこの不可思議な感情はなんだ。なぜ、僕は百パーセント喜ぶことができない?


隣の夫婦カップルは相変わらず僕の実在しない彼女の話で盛り上がっていた。



 水天宮前駅から地上に出ると煌びやかな光が目に入ってくる。そんな雰囲気だから少し暗い水天宮は浮いて見える。実際、水天宮は都会とはまるで合わない。

水天宮通りは車道は車が、歩道では人がせわしなく動いている。いかにも都心という感じだ。

人形町なんて都心のお隣さんだから騒がしいのだって当たり前だ。ここはなんたって中央区だし。

でも、ひとたび通りを離れるとビルなどが乱立する静かでいかにも日本らしい街になる。都心だからこそこういう場所が浮いてくるのだと最近になって気付いた。夜の多摩川河川敷と同じ感じだ。


「建君ってこういうとこに住んでるんだ」

「ま、まぁ……。なんだかんだで地理的条件だけいいし、気に入ってはいるかな」


良いのは地理的条件だ。おんぼろ木造アパートを見ればお世辞でも綺麗とは言えないだろう。

中は僕の献身的な清掃活動の甲斐あって普通のアパートと変わらないような感じなのだが、外見がボロだ。


「この道良いね~。なんか神隠しに合いそうだし」


神隠しに合いたくない派の僕にはこの道が良いだなんて思えない。


「それは駄目な奴じゃねぇか。かっちゃんは神隠しに合いたいのか?」

「別にそういう訳じゃないって! ほら、なんて言うか……街灯が壊れてる映画とかで出てきそうっていう意味だから!」


とおちゃんも僕と同じことを思っていたらしい。思った以上に神隠し反対派が多くて安心した。

それにしても、夫婦カップルは賑やかだ。これは早々に追い出さないといけないのかもしれない。

大通りからそれほど離れていないおんぼろ木造アパートはすぐに見えてきた。

かーちゃんはさっきの一斉否定のリベンジとばかりにこの場所の良さを言い始める。


「でも、ここ便利じゃない?」

「ま、まぁコンビニは目の前にあるし。それに人形町駅はすぐそこだし、水天宮駅もちょっと歩けばあるので……。便利っちゃ便利だけど……」

「え!? そこに神社あるじゃん!」

「あぁ……ちっちゃいですけどね」

「それにタイム制の駐車場も!」

「あの……、かーちゃん?」

「コンビニ、神社、駐車場……うん、神隠し!」


結局、話は神隠しに戻ってしまった。

かーちゃんは感動しているらしい。ケロ君を語って以来のハイテンションだ。ボケでなく、本気で思っているところが恐怖ポイントだった。


「凄い! 羨ましいな~。わたし、こういう感じ好きなの! さっきの道といい……まるで映画の中に住んでるみたいだね!」

「そ、そうなんだ……。面白い感性だね……」

「どうもです! それじゃあ建君の彼女を見に行くとしますか」

「そうだな! 俺も楽しみで仕方ないぜ」

「楽しみなのは分かったからもう少し静かにしてくれ」

「「ごめん、ごめん。楽しみでつい」」


双子もびっくりなほどに綺麗なシンクロだ。ここまで綺麗だとこれ以上言う気もなくしてしまう。

夫婦カップルに変わって先頭となり、おんぼろアパートの階段を上がっていく。一段一段上るごとに階段がミシミシと音を立てる。自分からすればいつ壊れるかどうか心配でしかないのだが、かーちゃんはこれにすら目を輝かせていた。

かーちゃんはとおちゃんにこの感動を伝えようとしているのか手を広げたり閉じたりしている。最初、何をしているのか分からなかったがどうやらジェスチャーらしい。とおちゃんもそれをジェスチャーで返す。

何故だか二人は互いのジェスチャーの意味が的確に分かるらしい。もう少し静かに、とは言ったが無音になってくれとまでは言ってない。とおちゃん達はマックスとゼロにしか調節できないのだろうか。

声の代わりに動作がうるさくなったが面倒くさいので放っておくことにした。

うるさい二人を背に部屋の鍵穴に鍵を差し込んだ。ゆっくりとドアを開けると優しく口を開く。


「ただいま」


もちろん夫婦カップルには家に言っているというていだ。

驚いたことにかぐやは玄関の前で腕を組み、壁にもたれかかっていた。頬を少し膨らまし、眉がつり上がっている。少々、機嫌が悪いらしい。


「遅いです! もう十時半ですよ? そりゃ遅くても良いとは言ったけど……」


かぐやは少し寂しそうな顔をした。

明日は会社も休みらしいのでお詫びにでも日記だとか雑貨物だとかを買いに行くことにしよう。

取り敢えず今は謝罪の意だけでも伝えておく。かといって声にしてはいけないこと位はこのバカでも理解はしていた。

とおちゃん達からしたらいきなり誰もいない方を見て謝り始めるのだ。ただのヤバい奴だろう。

片手を顔の前で立てて目をつぶる。これが僕流の謝罪だ。両手を合わせると神様にお願いをする形になって相手から煽られていると捉えられかねない。

かぐやに謝罪の意は通じたらしく、顔が柔らかくなる。

さて、とおちゃん達にはなんて言おう?

「ほら、誰もいないだろ? 彼女なんかいないし、同棲もしてないよ」とでも言おうか。

ふと、顔を上げるとかぐやは驚いた表情をしていた。視線は僕の後ろに向いている。何があったのか後ろを振り向くと、夫婦カップル二人が目を輝かせていた。


次に彼らから発せられた言葉は普通な、でも驚くべきことだった。


「この娘が建君の彼女? かわいい~」

「なんか小動物みたいだな」


夫婦カップルは見えてて当たり前のように言ってきた。そう。それは突然にやってきたのだ。僕とかぐやは双子も驚くレベルのシンクロで口を開いた。


「「ちょっと待って。見えてる……?」」


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