第13話 ダークマター製造機は処理場とおんぼろアパートへ

会社が終わってから、僕の入社祝いもかねて社員全員で飲みに行くことになった。

飲み会というのは初めてだが、このメンバーならきっと楽しいのだろう。

唯一の心配事といえば、僕がお酒を飲めないこと位だろうか。僕はお酒に極端に弱い。飲んだら最後、飲んでから暫くの記憶が飛ぶ上、二日酔いが続いて地獄を過ごすことになる。

お酒の不安が残ったまま、どうやら馴染みになっているらしい焼肉屋へと全員で向かった。

どこからか今流行りの曲が流れているセンター街に入る。人はそれなりにいる。十七人という大団員の先頭を行くのは多部社長。軽快なステップを踏んでノリノリだ。

店はすぐそこだった。店内は焼き肉の匂いがこもり、いかにも焼き肉屋という感じだ。どこか僕の好きな各々が楽しんでいる祭りの雰囲気に似ている。

多部社長はいかにも常連といった具合に、さっそく店長らしき人と仲良さげに会話を始めた。

お昼を食べていない僕からしたら飯テロでしかないこの状況。かーちゃんも僕と同じらしく「早く食べましょーよ!」と皆に言って回っている。

やっとの事で席に着くと社長が「いつものよろしく~」の一言で注文を終えた。


「わたしもうお腹空きすぎてお腹と背中がくっつきそう。建君もそうだよね?」

「はい、僕たちお昼食べてなかったからこの匂いはテロ級です」

「ほんっとに建君の言うと~りだ! 激しく同意だよ!」


かーちゃんがグッジョブマークを手で作りながら目を輝かせてきた。まだ暫く食べなくても良いんじゃないかという程、元気らしさが体から溢れ出ている。

注文した『いつもの』はすぐに机に並べられた。

牛、牛、牛、牛……。

カルビ、カルビ、カルビ、カルビ……。

重くないだろうか。僕は死ぬかもしれない。ちょっと青ざめた。



「それでは乾杯の合図をとおちゃんにお願いしたいと思います。とおちゃんよろしく!」


社長にそう託されたとおちゃんは立ち上がって乾杯の合図を始めた。適当なとおちゃんに乾杯役は少し不安だ。


「建じぃ入社おめでとうのかんぱ~い!」


やっぱり適当な合図だったけれど、周りは気にしていないようだから、こんな物なのだと受け止めることにした。


「とおちゃんから聞いたよ〜。山……高杉君はお酒飲めないんだって?」

「はい、お酒には極端に弱くて……」

「建じぃったら初めてお酒飲んだ日、自分の体に妖精を降り立たせるとか言って良く分からない儀式始めたりとかしたもんな?」


一体当時の僕がなにを考えていたのかが分からない。探ろうにも記憶がなかった。

というかここで言うな。自分の黒歴史が掘り返された気分だ。


「そんなこと言わなくても良いって! 恥ずかしいし……」

「建じぃって時々、女子みたいな反応するよな」

「なっ──」

「俺は可愛くて良いと思うぞ!」

「私も高杉君がお酒飲めないのとかも含めてかわいいと思うよ!」


僕はかわいいの基準が分からない。近頃はタピオカをかわいいと言う女子もいるそうだ。あれってなにがかわいいんだろう。僕にはカエルの卵にしか見えない。

あ、味とか食感は好きです。だから怒らないでください。



 その後はまぁ盛り上がった。とおちゃんが焼いた肉だけが何故か黒焦げになってしまうというアクシデントはあったものの、特に大きなトラブルも無いまま飲み会は終わりを迎えようとしていた。


因みにとおちゃんとかーちゃんが付き合っていることは会社の中では周知の事実らしく、その愛称から夫婦カップルと呼ばれているらしい。

そして何故かとおちゃん、かーちゃん、僕の三人は黄金世代と呼ばれることになった。なんだか無駄に強そうな名前だ。


お腹も満たされてきた頃だ。

食べた半分位は白ご飯だったと思う。これが正しい油との付き合い方だ。こうしないととてもやっていけない。




「そういや建じぃはなんでこの会社に入ってきたんだ?」


とおちゃんは唐突に切り出してきた。


「確かに……気になるな~」


かーちゃんも乗っかってくる。

それにしてもかーちゃんは凄い。後半はほとんどかーちゃんしか食べていなかった印象だというのにまだまだ食べ続けていた。胃に穴でも空いてるのだろうか。

まだパクパクと肉を食べているかーちゃんを横目に誤魔化した返しをする。


「いや……大した理由じゃないよ」


かぐやのことは言わない方がいい気がした。別に言っても問題がある訳じゃない。でも言ったところで、かぐやは僕以外からは見てもらえないのだ。

夫婦カップルの二人からすればかぐやなんて架空の人物に過ぎないだろう。そんな状態でわざわざ口に出す気にはなれなかった。言ったところで話がややこしくなるだけだ。

本当はそれらしい理由でも言って誤魔化しておくべきなのだろうが、良い言い訳が見当たらなかった。誤魔化すのが癖だとしても、誤魔化すのが上手いとは限らない。

そんな僕の努力をとおちゃんは簡単に壊してきた。


「何だ、何だ? さては彼女でも出来たのか?」

「なっ…………」


かぐやは彼女ではない。そういうつもりも僕にはない。けれど強く反論は出来なかった。

社会的に見れば、いや……見えないのだけれど、かぐやと僕はそういう関係に近しく見えるであろうことは自覚している。

誤魔化すのが下手な僕は一瞬の隙をとおちゃんに見せてしまった。それをとおちゃんは見逃してくれなかった。


「その反応はもしかして図星か?」

「え!? 建君、彼女いるの!?」


二人の間で話が盛り上がってしまっている。隠しきれそうにない動揺を抑えて、否定する。


「い、いる訳ないじゃん! ましてや一緒に住んでるとか」


言ってから後悔した。これではまるで「一緒に住んでます!」と言ってるようなものだ。これほどまで綺麗に墓穴を掘るとは、自分のバカさ加減にもつくづく嫌気が指す。


「その様子じゃホントってことらしいな。しかも同棲してるとか色々やってるんだな~」

「同棲してたらもう彼女以外の何でもないよ! それにしてもちょっと意外かも」


話題をそらす暇も無く、とおちゃん達に遮られてしまった。

まず、意外なのは分かるがその言葉は胸に刺さる。

それに色々って何だ? 多分とおちゃんが考えてるようなこと、僕はしていない。


「いや……えっと……そのだな……」

「同棲してるってことは今家に居るってことだよな? これ終わったら家行ってもいいか?」

「とっちー、それは流石にどうかな? その……急だしさ。わたしも気になることは気になるけど……」


まずい。この流れは非常にまずい。

僕は知っている。このような流れになると、ほとんどの場合は家に連れていくことになってしまうのだ。

いや……むしろ来てもらった方が良いのかもしれない。このまま勘違いさせっぱなしで過ごすのはどうも面倒くさい。今、二人がアパートに行くのを止めたとして、夫婦カップル二人がアパートに来るのは時間の問題だろう。

どうせこの二人にはかぐやのことなんて見えない。こういうのは早めに済ませとくべきなんじゃないだろうか。

日が経って勘違いが深まっていくのだけは避けたい。

今ならば僕がちょっと頭のおかしな人間になるだけで勘違いを解消できる。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってきてもいいかな?」

「え? あぁ、全然問題ないぞ」


とおちゃんがニヤニヤと笑ってこっちを見る。「とりあえず落ち着いてきな」と言いたげな表情だ。その表情には少しイラっとさせられた。

まぁ少し強引ではあるが席を外すことが出来た。トイレに行く素振りを見せつつ店の外に出る。

街の音がうるさくて電話の音が中々聞こえないので片耳はグッと手で塞いだ。暫く呼び出し音が鳴り続けてから、かぐやは電話に出た。


「もしもし。高杉建だけど、かぐや?」

『建? 遅いです。もう九時ですよ? 大丈夫? 事故かなにかあったんですか?』

「ごめん。飲み会があってさ」

『それなら良かったです。後どれくらいで終わりそうですか? 流石に……その……寂しいです……』


かぐやの声は細かった。今すぐ帰りたくなってしまう。同時に罪悪感も湧いた。意味が無いのは承知の上で電話越しに頭を下げた。


「もうすぐ終わるよ。それでさ、会社の人二人呼んでも大丈夫かな?」

『それなら全然大丈夫です。それじゃあ……またね……』

「うん、また……」


遠慮しがちというか、少し嬉しそうに言う「またね」がかわいかった。

かぐやの声はプーッ、プーッという音に切り替わる。お互いに切り合わないかもしれないなどと思っていた自分が恥ずかしい。

飲み会の席に戻るととおちゃんとかーちゃんが目を輝かせるように待っていた。


「結局、家は大丈夫なのか? いや、無理なら大丈夫なんだぞ」


落ち着かない様子でとおちゃんは聞いてきた。


「別に問題は無いよ。只、ぼろいアパートだからあんまり騒ぐのだけは止めてくれ」

「騒ぐわけないだろ。修学旅行での中高生でもないんだし」


信用できない。むしろ修学旅行での中高生よりも騒ぎそうだ。僕には、この二人が静かに過ごしている姿など想像することもできない。

この二人ならどんな場所でも盛り上げることが出来る、それは利点でもあるのだが同時に欠点でもあるだろう。


「ホントに? 何というか……信頼できないというか……」

「酷いな~。建じぃは俺の事、信頼してくれねぇのか?」

「悪いけど、この件に関しては怪しいかも……」

「でもでも! わたしが居る限りとっちーは止めて見せる!」


無理だ。むしろ止める過程が騒がしくなるに違いない。なんたって、ただの喧嘩になりそうだ。


「大丈夫、うるさくなったら直ぐに帰すから」

「分かってるよ。まかせとけって。建じぃを本気で困らせるようなことはしねぇよ」

「なら良いんだけど……」


まぁ、うるさくなったら帰せばいい話なのだからそこまで不安視することも無いのだろう。

それよりも、この二人に勘違いされたまま毎日を送るのだけは我慢ならない。


「それにしても建君の彼女さんってどんな人なんだろう?」

「さぁ? 建じぃに彼女なんて想像もつかねぇな」


僕はそれには答えずに水を一杯飲み干す。僕には彼女なんていない。ましてや同棲だとかは夢のまた夢だし、れっきとした一人暮らしだ。と、自分を騙していく。人を騙すのなら、まずは自分を騙さなければならない。

それでも、かぐやがいないと思えば彼女が消えてしまうように感じて、上手く自分を騙せなかった。僕は最近、些細な事でかぐやが消えてしまうかもしれないと思うようになっていた。

実は、さっきの電話でもこの電話を切ってしまえばかぐやは居なくなってしまうかもなんていう不安に襲われていた。そんなことが無いと分かっていながらも、心のどこかにそんな不安が芽生えてしまうのだ。



 三十分も経たないうちにお皿二つに盛られていた牛肉カルビは消えた。ほとんど全てがかーちゃんの胃の中だ。大食い選手権で優勝できるんじゃないかと思う程の食べっぷりだった。あれだけ食べておいてまだ腹八分と言うのだから恐ろしい。「昼は食べてないから」で済まされるレベルじゃない。

処理場と化したかーちゃんが残った牛肉たちを消費してくれたので、そろそろ飲み会もお開きという事になった。


「さて、残念なことにそろそろお開きとなる訳ですが……最後に皆で記念写真を撮ろうと思います!」


多部社長はそう言うと両手を広げて手招きして社員十七名を集める。こういう所でまとめる辺り、やっぱり社長だ。


「あの、それじゃあ、わたしが撮りますね~」


そう声を上げたかーちゃんは社長からカメラを受け取ると社員の集まりから抜け出して、全員が写真に写る位置までトコトコと歩いていく。

自撮りスタイルでこの人数の集合写真を撮るにはもっと腕の長い人が適任な気がした。

少なくとも身長の低いかーちゃんには荷が重いだろう。


「じゃあ撮りますよ~。はいっ、チーズ」


かーちゃんの掛け声と共にシャッター音が鳴る。かーちゃんは普通に僕達を撮っていた。自撮りスタイルでは無く、ノーマルスタイルでだ。その撮り方だと、かーちゃんが写らない。

もしかして、撮っている人の写真を撮った写真と合成して一枚の写真に出来る高性能カメラなのだろうか?


「もっと笑ってくださ~い。特に建君が固いよ~。今回の主役なんだからもっと朗らかに」


考え事をしていたせいで固い顔になっていたらしい。今は取り敢えず笑って済まそう。とは言ってもつくり笑いは苦手だ。うまくできるか分からない。


「じゃあもう一回撮りま~す。はいっ、チーズ」


再びシャッター音が鳴り響いた。今度は上手く笑えただろうか? それよりも高性能カメラの方が気になる。隣にいたとおちゃんの肩を手でトントンと叩いた。


「なぁ、とおちゃん。あのカメラって撮影者を合成できる高性能カメラなのか?」

「はぁ? なに言ってんだ? 普通のカメラだぞ。っていうかそんなカメラあるのかよ……」


普通のカメラならかーちゃんは絶対に写真に写ってないだろう。しかし、それはそれでおかしい。皆が皆、かーちゃんが集合写真に入らないことを気に留めていないのだ。

僕の知る限り……といっても入社一日目なわけだけど、そういうことは気にする会社なのだと思っていた。

とにかく、どうにも納得がいかない。


「かーちゃん、写真に写ってない気がするんだけど……良いのか?」

「あぁ……なるほどね。変なこと言いだすと思えばそういうことか。それなら大丈夫だぞ。かっちゃんは写真とかビデオに写るのが苦手だから集合写真撮る時はいっつもこうしてるんだ」


意外だった。てっきり、かーちゃんには怖いものが無いのだと思っていた。

いや、まぁ、人間なのだから怖いものの一つや二つあるのは当たり前なのだろう。それでもかーちゃんはそんな「当たり前」を吹き飛ばすほどにパワフルだった。

少なくとも、カメラに写るのが怖いだとかを言うようには見えなかったのだ。彼女はそんなにひ弱な訳じゃない。むしろ自撮り写真をバンバンとインスタとやらにあげていてもおかしくなかった。

もしかしたら彼女は僕が思っているよりもずっと華奢なのかもしれない。

けれど、かーちゃんが社長に話しかけている様子はいつも通りに、やんちゃだった。


「社長! こんな感じで撮れたんですけどどうですか!」

「おっ! いいじゃ~ん。さてはセンスあるね」

「いつもそれ言ってますね。こんなの誰が撮っても同じような感じですよ~」

「そうかな~? まぁ、写真ありがとね~。それじゃあ、ひとまず解散~」





 社長の一言で飲み会はお開きとなった。それは社長が会計を済ましている時のことだ。後ろからゴンッと鈍い音がした。

振り返って目を向けた先には女の子座りをしながら額を両手で抑えているかーちゃんが……そして、その近くの床には何故か大根が落ちていた。


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