第12話 ケロ君は英雄

僕がドアをゆっくりと押し開けて入ってきたのに気付いた女の人が、僕に近づいてくる。お姉さんみたいで若く見える元気そうな人だ。

見てすぐ分かる。彼女が多部社長だろう。電話からの雰囲気が同じだったというのもあるが、何より名札に『多部朋美』と書いてあるのだから間違いない。


「初めまして、という所かな、君。私は一応この会社の社長をやらせてもらっている多部朋美という者です。これからよろしくね」


やはり予想は合っていたようだ。

多部社長は、握手をしようということなのか手を差し伸べてくる。

僕が差し伸べられた手に手を向けていこうとすると多部社長は僕の手を拾い上げて握手をしてきた。頼れる人なんだという事が握手の具合だけで伝わってくる。

相変わらず名前は間違えられてるけれど……。近くに山杉って人がいるのだろうか。


「こちらこそよろしくお願いします。高杉建といいます。初めましてという所、という事は以前お会いしたことがあったという事ですか? もし会ったことがあるのなら申し訳ないです」


握手の手を離して深く礼をする。ずっと何を言おうかと考えていたのだが本番になってから、意外にもスッと言うことが出来た。案ずるよりも産むが易し、ということなのだろうか。

なお、会話としてうまかったかどうかはまた別の話である。


「ほらね、直接会っても固いままだったでしょ? それで実は昔会ったことがあるんだな~。まぁ、会ったというより私が見ただけだから覚えてないのが自然なんだけどね~」

「そうでしたか。それで、どこで見たのですか? 後、この口調は直すのには時間がかかりそうです。すいません」

「大丈夫、大丈夫。基本的には入ってきた時、皆そんな感じだから。まぁ例外もいるんだけどね」


多部社長は僕の隣に立っているとおちゃんを見た。どうやらとおちゃんは例外だったらしい。僕も『嘘だろう?』という風な目線を送る。


「待ってくれ健じぃ。俺は会社に入るときに固くなくて良いって言われたから柔らかくいったんだ」


とおちゃんは緊張を知らないのだろうかなどと思っているとベレー帽を被っている女の子が口を挟んできた。髪が茶色がかったボブの童顔っ子だ。


「言われてなくてもとっちーの事だから柔らかいままでいくでしょ? 普通は緊張するものなの!」

「俺だって緊張はしたんだぜ? ほら、前日は寝れなかったし」

「嘘でしょ。前日は昼からぐっすり寝てたじゃん」

「そだったっけ?」


かなり仲が良いように見えた。

というか前日寝てたことを何故、知っているのだろうか。

なんだか察しは付かないこともないけれど。まぁ、いずれ分かることだろう。

ここで多部社長はこのテンポの良かった会話に終止符を打った。


「とおちゃんとかーちゃんの仲の良さは良く分かったから、話の続きをさせてね。それで、山杉君を初めて見たのはなんかのファーストフード店に食べに行ったときだね。レジ店員の後ろで店長っぽい人に意見言ってるのが見えて……その時は却下された感じだったんだけど、あんな感じで率直に意見を言える人が欲しいなって思ったの。なんか職業病でね。普段から良い人材探しちゃって……」

「なるほど、バイト先ですね……。でも何回かそんな事があってから職場先の人とは喋らなくなってしまいました」

「ここでは意見バンバン言って! そっちの方がありがたいし。山杉君を入れたのもそれが理由だからね。とおちゃんから、ふと写真を見せられた時に『あっ、あの人だ!』ってなってね。いや~世間は狭いね~」


名前を間違えられているのはどうでも良いくらいに嬉しかった。

普段は上手く喋れないというのに、ひとたび自分の意見を持つとどうしても言ってしまう自分が嫌いだった。

自分には意見があるというのに言えない自分はもっと嫌いだった。

そんなこれまでの悩みが今のたった一言で報われた気がしたのだ。

ここは自分の欠点だと思っていた事を長所として捉えてくれて、それを生かせる場所だった。


「ありがとうございます! 期待に応えられるように精一杯頑張ります」

「まぁ無理しない程にね~。後、その笑顔良いね」


知らぬ間に笑みがこぼれていたらしい。かぐやもそうだけど指摘されると恥ずかしい。


「じゃあ、自己紹介してこうか。私はしたから、とおちゃんから左回りにどうぞ」



  ✽



 そうして社長を除く十五人の自己紹介は終わった。個性的なキャラが多い楽しそうな職場だと感じた。

僕からしたらホームページで覚えたことが合っているかの確認作業でもある。

結果は全問正解だ。頭の悪い僕からしたらよくやったと思う。

基本的に自分をさらけ出した様な感じで接してくれ、話しやすそうだったのだが、さっきのベレー帽女子だけは様子を見るような感じで接してきた。

とおちゃんと、ひときわ仲が良さそうな事も含めて何か理由がありそうだ。

かなりモヤモヤする。そのうち分かるのだろうが気になるものは気になるのだ。

因みに彼女はカエルのケロ君というアニメが好きらしい。(参照:多部広告代理店HP)

その証に、ベレー帽にはケロ君の缶バッジが付いていた。





「じゃあ仕事を始めよっか。山杉君には早速やってほしい事があるから、とおちゃんに付いていってね」

「分かりました。後、高杉です」

「ごめんごめん。とおちゃんから山杉君って紹介されてたから……」


なんでなんだ。とおちゃんが僕の名前を知らないはずが無いので、山杉と教えたのが過失で無く故意だという事は間違いない。


「おい、とおちゃん! どういうことだ?」

「悪い悪い。でも、何か話のネタになるもの作っとかねぇと建じぃ、シャチョーとろくに会話できないだろ」

「自分で何とか出来るよ! それにネタ作るにしてももう少しマシなの無かったのか?」

「他に良いのが思いつかなくてな」


じゃあやらないでほしかった。

こうしてみれば、とおちゃんは頭が悪いようにしか思えないのだが、実は頭が良かったりする。

人間って分からないものだ。頭が良い分どこか一本、頭のネジでも飛んでいるのだろうか。

そう思えるほどにこいつは不器用だ。


「はい、じゃあこの資料を高杉君ととおちゃんで第二会議室まで運んどいてね~。後から私も行くから」

「シャチョー、分かりました!」


とおちゃんは話を逸らすように喰いついた。僕もこれ以上いじるのは止めておこう。

右端がホッチキスで止められたA4の資料を手に取る。二人で分けて運ぶ程の枚数では無いのだが渡された資料を半分に分けると部屋を後にした。


「そういえば…………」

「どうした?」

「気になることがあってさ。あのベレー帽の女の子って誰? 何か仲良さげだったけど」


ベレー帽女子にはどこか様子を見られている気がする。僕以外には明るいので嫌われてしまったのだろうか?


「何だ、いきなり。彼女が嫉妬してる時みたいな聞き方だな」

「僕は真面目に聞いてるんだよ!」

「ごめん、ごめん。ベレー帽の娘は俺の彼女の山上やまがみ香奈かな、通称かーちゃんだ」

「あの娘がか? マジか……」


察してたとはいえ、実際言われると驚くものだ。

二人が並んで歩いている姿を想像する。身長差が映えるお似合いのカップルが出来上がった。見てるだけで幸せになれる、いわゆる癒し系カップルとはまさに彼らの事だろう。


「マジだ。言ってなかったっけか?」

「聞いてないと思う。そのかーちゃんとかいう、とおちゃんに似合いそうだよ」

「そう言って頂けるとありがたい。それで俺、建じぃのこと話してたら、かっちゃんに『どんな人か見る』って言われてだな……。それで今みたいに観察されてるんだと思うぞ。多分、俺の友達ってことで気になるんだろ。後は最近見た推理ドラマの影響なんだろうな」


僕がかーちゃんから観察されて気にしていることを、とおちゃんは当たり前のように見抜いてくる。もちろん僕からすれば当たり前のことなので、いちいち驚いたりなんかしない。


「なるほどな。上手く話せるようになると良いんだけど」

「大丈夫だろ。かっちゃんは明るい性格だし建じぃもとっつきやすいと思うぞ」


確かに他の人と話してるのを見る限り明るそうでとおちゃんとは似ているような気がした。

まぁ、とおちゃんが大丈夫と言ってくれているのだから大丈夫なのだろう。それくらいの信用はある。

第二会議室のドアの前に着いたところで会話には区切りがついた。柔らかいクリーム色の木製ドアをとおちゃんが開ける。ドアには木の枝で第二会議室と書かれた手作り感満載の看板が掛けられていた。

中には既に何人か人が居て、その中には丁度かーちゃんも居た。

僕はかーちゃんに話しかける事にする。とおちゃんとの関係を聞いて増々話したくなった。

あわよくばとおちゃんの弱みとかを握ってやりたい。とおちゃんの話を聞く限り嫌われてはなさそうだし問題は無い。強いて問題を上げるとするならば、それは僕自身だろう。

まぁ、きっと大丈夫。楽観視モード発動だ。僕だって武器なしで挑むわけではないのだから。


「す、すいません……。今、大丈夫ですか?」

「え? まぁ、別にいいけど……」

「その……僕、別に変な人じゃないですよ」


何言ってんだ。言ってからそう思った。いきなりそんなことを言ってる時点で変な人だ。初動ミス。

多分、いや確定で僕はアホだ。当たり前だけどかーちゃんは怪訝そうな顔をする。


「いきなり何です? それは自分から変な人だと言いに来てるのと一緒ですよ?」


僕に向かっての口調が明らかに他の人と違う。僕だけかーちゃんから疎遠されているように感じるのは気のせいではないはずだ。

落ち着け自分。まだチャンスはあるはずだ。そう思っているとポンっととおちゃんが後ろから僕の肩に手を置いてきた。


「建じぃ……お前はよくやった。ただ今はもう……」


今は諦めろ感がヒシヒシと伝わってくる。諦めた方が良いのは自分でも分かっているのだが諦めることはできない。ここで諦めたらもう次は無いような気がしたのだ。

幸い僕にはさっき言ったように武器がある。それを使えば何とかなるに違いない。

ここで僕はふざけて言葉を返した。


「とおちゃん……それでも僕はやるしかないんだ。大丈夫、ちょっと寂しくなるかもしれないけどさ……」


僕のふざけた調子にとおちゃんも乗っかった。


「待て! 早まるんじゃない! 建じぃが居なくなったら俺は、俺は……」

「なぁ……とおちゃん。僕を信じてくれ。例えどれだけ離れようともいつも一緒。これまでもそうだったろ? 直ぐに帰ってくるから……だから僕を信じてくれないか?」

「ホントか? 信じてもいいのか?」

「あぁ……」

「そうだよな……健じぃなら何でも出来るもんな。俺信じてるから! だから絶対無事に戻って来いよ!」


とおちゃんからそう言われた僕は長くなるであろう闘いに向かうために一本道を進んでいった。決して後ろは振り返らない。今度とおちゃんの顔を見るのは無事に闘いから帰ってきた時と決めたのだ。

遥か先に沈んでいく夕日は僕を励ましているのか、それとも嘲笑っているのか。どちらなのかは分からぬまま世界は暗闇に堕ちていった。



と、まあ一連の流れで茶番劇を終えると僕は本題に入った。とおちゃんのノリ、二重丸だ。

一方のかーちゃんといえばケダモノを見るような目で僕のことを見てきた。彼女の中の僕の評価は今の所、地の底だろう。しかし僕にはここから飛び出して宇宙に行ける程の武器があるのだ。


「実は山上さんに言いたいことがあるんです」

「なに?」

「山上さんはカエルのケロ君というアニメが好きですよね? 実は僕もあのアニメ好きなんですよ」


これは嘘ではない。題名は教育系っぽいのだが、実は感動モノのバトル系アニメなのだ。僕もあのアニメには何回も泣かされてしまった。まさに神アニメとでもいうべきだろう。


「それホント? じゃ、じゃあ質問! アニメ第十三話でケロ君が魔王に仕組まれて飲んでしまった毒の名前は?」


途端にかーちゃんが興奮したように喰いついてきた。武器の効果は抜群のようだ。僕も軽く三周はしたし、ある程度の質問なら答えられるだろう。


「テトロケロキシン・ケロニチン・ケロリヌストキシン、略してTKKです。こんな常識問題で良いんですか?」

「せ、正解。じゃあ第二問! 第六話でガマガマが歌った讃美歌の歌詞は?」

「ガ~ガマ~ガガガマッ! ガガガッ! ガママガママガマガガマ~。これを一〇八回繰り返す」


正直な所、ガマガマの讃美歌を歌うのは恥ずかしかったのだが、この際仕方がない。さっきの茶番と比べてもどっこいどっこいだ。


「正解! ……高杉君がカエルのケロ君好きなのはホントみたい。ケロ君について今から語り合いたいんだけど良いかな?」


何もかもが自分の思っていた通りにいき驚いた。

かーちゃんは案外単純なのではないか。いや、そうか。元々、推理ドラマを見てその影響でこうなったのだから単純か。

かーちゃんの僕に対する口調が変わったあたり、共通の趣味の力の強さは本物だと実感した。

昔、立ち読みしたコミュ障の治し方の本には共通の趣味の話は気にせず会話でき盛り上がると書いていたのだが正にその通りだ。


「大丈夫ですよ」

「それじゃあ、まずはケロ君から……」


丁度その時、多部社長が「会議始めよ~」と言って会議室に入ってきた。ケロ君についての話は会議が終わってからになりそうだ。


「会議終わってからに……」

「そうだね。残念だけど仕方ないや」


そうして会話をいったん終え、かーちゃん、僕、それぞれが思い思いのままに席へと向かった。途中、とおちゃんに耳打ちをする。


「ほら、直ぐ無事に帰ってこれた」

「あぁ、信じてたぞ」

「とおちゃん、どーも」



 三十分程して会議は終わった。思っていたよりも早く終わったソレは思っていたよりもずっと簡素なものだった。社長によれば次からは長くなるらしい。

会議が終わってからの昼休み、最初の一分程はとおちゃんと話していた。これからのことだとかそういう類いの話だ。

手短かに話はまとめられてから、とおちゃんはかーちゃんの方に目を向けた。かーちゃんは真っ直ぐに僕に向かってきている。

カエルのケロ君の話がしたいようで、とおちゃんは今はその相手をしろと言っているようだ。


「今、大丈夫?」


力強く聞いてきた。その聞き方では僕の答えは特になんの意味もなさそうだった。


「大丈夫ですよ。ケロ君の話からでしたっけ?」

「そうそう! それでケロ君は普段、面倒くさがり屋さんなんだけど、いざというときは自分の中に決めた熱い信念でたくましく相手に向かっていくのが特に良くてね! 大して強くないんだけど決して折れることの無いその姿には憧れるよね~。それに普段だらけてるのも闘ってる時とのギャップが映えて可愛さがマシマシなの! 特にアニメ第二話でのケロ君がアマちゃんに甘えて、だらけてるのはほのぼのしたよ! しかもアマちゃんも内心凄い照れながらケロ君のお世話をしてるのが更に良さを引き立ててるよね~。ケロ君とアマちゃんと言えば第二十四話で遂に付き合うことになったんだけど、それまでの流れが最高だよね。アマちゃんがヒキーラに連れ去られて、アマちゃんを助けようとしたケロ君はヤドク三兄弟とかの数々の強敵に阻まれるんだけどアマちゃんを思い続けて闘ってるのはカッコよかったな~。ヒキーラを倒してからのケロ君とアマちゃんの再会シーンは何回見ても泣いちゃうよ~。それに最初はヒキーラが憎かったんだけど過去の出来事とかケロ君のお父さんとの繋がりとかを知ると可哀想になっちゃって。ヒキーラがケロ君に殺されちゃう時どんなこと考えてたんだろうって考えるとヒキーラの優しさが感じられるよ。ケロ君は優しくて頼もしくて人間味溢れてて良いよね?」


長々と熱く語っていたが結局は同意してほしいらしい。

確かにかーちゃんの言ってることは良く分かるし本当にケロ君が好きなのだと感じた。

僕は特別好きというよりも多くあるお気に入りのアニメの一つにしか過ぎなかったのでかーちゃんの熱意には押されてしまった。


「確かに良いよね。アマちゃんとの相性も最高だし」

「そうだよね! ケロ君は英雄でしょ! 建君とは話が合いそうだよ~」


高杉君から建君に呼び名が変わった。本人は熱く語っている最中で気付いていないようだが心を開いてくれた証のような気がして嬉しい。

こうして難関不落と思われた最後の砦は意外にも簡単に落とせることが出来たのだ。

この後もかーちゃんはずっとカエルのケロ君を熱く語っていた。後半はもうただの呪文にしか聞こえなかったというのはここだけの話。

昼休みはケロ君の話で始まりケロ君の話で終わった。

それでも最後に「建君は良い人だね。わたしのこんなにも長い話を聞いてくれるなんて強者じゃん。とおちゃんの親友だって言うから観察してたんだけど……ごめんね。改めてこれからよろしく!」とかーちゃんは言ってくれた。

かーちゃんとは他の人と同じ様に、いやもっと仲良くなれる気がした。


「こちらこそよろしくお願いします」

「うん! それにしても早い内にその敬語は治しなよ~。ほら、わたしたち同い年だし」

「……がんばります」

「じゃあ、戻ろっか?」


かーちゃんは笑いながら自分のデスクの方へと向かっていった。

そういや僕は自分のデスクが何処なのかまだ知らない。

会議室を出てとおちゃんを探していると、後ろからとおちゃんの声が聞こえてきた。


「もしかして俺を探しているのか?」

「おぉ。びっくりした~。そうそう、とおちゃんを探してた」

「やっぱりな~。それでどうかしたか?」

「あぁ。そういや僕のデスク何処なんだろうって思ってさ」


いきなり声を掛けられて激しくなっている心臓の動きを抑えるように一息、深呼吸をとる。


「建じぃのデスクなら俺の隣だぞ。シャチョーが二人は仲良いんだから隣にした方が良いでしょって言ってくれてな」


 社長の優しさによって置かれたデスクは当然ながら何の特徴も無く無色だった。これからこのデスクは賑やかになって僕色に染まっていくのだろうか。

自分用のデスクなど持つのは初めてで小さい国を持った感じが楽しい。

このデスクは今から我の領地! 秘境の地を開拓し発展に導くのだ!

なんて言ってみたり、みなかったり。改めてこれからの会社での日々が楽しみになる、そんな初日だった。

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