第9話 とおちゃんとじぃ

「うん。…………え?」


かぐやは暫し呆然とした顔になる。当然といわれればそうだろう。

僕の言い回しが下手だった。僕が言い直そうとするよりも前に、かぐやははっと何かを思いついたような表情をした。


「そ、それなら私が全力で働いて建も養います。だから心配しないで、」

「ちょっと待て。僕は別にニートになるわけじゃないぞ。ちゃんと頼り所があるから言っただけで思い付きじゃないから──」

「ホントですか? 建、そんなに社交的でした?」


かぐやに自覚はないようだがその言葉はかなり刺さる。事実をストレートに言われてしまうとこみ上げてくるものがあった。かぐやが無自覚に言ってるのが更に悲しい。


「い……いや、中学の同級生で今でも時々話す奴がいてさ。そいつが務めてる会社が人手不足だから来てほしいらしくて。だからそこに勤めようと……」

「なるほどです。どんな会社ですか?」

「広告会社だよ。少人数だから雰囲気よくて和むような職場らしくてさ」

「好条件じゃないですか」


この話は最近になって、都合よく僕の前に浮かんできたってわけじゃない。

随分と前から僕の唯一の友人より打診されてきた話だった。

これまでの僕は「どうせ、受けたところで駄目だろう」と破滅的な未来しか予想していなかった。何故かと聞かれれば、僕がそういう人間だったからとしか言いようがない。

ところが僕はかぐやという少女と出会ってから人が変わった。今となってはこの会社に希望的な未来しか予測できない。

それくらいに、僕の中でのかぐやは大きいものだった。僕の人生を変えてくれたのだ。

その友人はコミュニケーション力の塊だったからきっと会社ではアイドルでいうセンター的な位置にいることだろう。少なからず、彼は僕の力になってくれるはずだ。


「それで、今からその友人に電話かけようと思って……」


かぐやはコクリと頷く。僕はスマホを手に取ると慣れすぎて手が覚えている電話番号を打った。

僕はこの一年、その友人、なじみのピザ屋さん、バイト先の三つにしか電話をかけていない。

週に十三回程、なじみのピザ屋さんに出前を頼んでいた頃はよく配達店員に苦笑いされたものだ。

 しばらく発信音が続いた。今は仕事中だから出られないか。諦めてかけ直そう、と電話を切ろうとしたときだった。


『もしもし河江です。そちらは健じぃでしょうか?』


元気で、はきはきした声が聞こえてきた。

彼は河江かわえとおる、僕と同じく二十一歳だ。『とおちゃん』と呼ばれている。

あだ名が父みたいな彼は、明るくて一緒に居て楽しい彼女アリのいい男。

そんな彼とは幼・小・中のほとんどが同じクラスだった。クラスが違ったのは、おそらく、小二と小五だけだったように思う。

先生が操作しているようにしか思えない、この現象によって彼とは兄弟のように仲が良かった。僕の友人といえば彼しかでてこない。

そんな僕とは違い『とおちゃん』は、コミュ力の神とも言える存在な上、顔が良いので皆にしたわれていた。この世の中はイケメン イズ ジャスティスの世界なのだ。

そんな世界だから僕は世の中の端に追いやられたのかもしれない。


「もしもし建じぃです。そちらはとおちゃんでしょうか?」


冗談気味に返す。かぐやが「建じぃって呼ばれてるんですね」とニヤニヤしてこっちを見ていた。


『知ってるよ! それで何の用だ? 最近会ってないから会いたいとかか? 今日の晩なら空いてるぞ? いや、空けるぞ?』

「違う違う。今大丈夫か?」

『あぁ大丈夫だが……。建じぃは会いたくないっていうことなのか?』

「違う違う。また会おうよ」


とおちゃんは変に女々しい所がある。それもまた人を惹きつける理由なのかもしれない。


『オッケ~。それで何だ? こっちの職場に来たいとかか?』

「お、おぅ。その通りだよ。なんで分かったんだ?」

『何となくだな。ホントに来るんだな?』


いやはや恐ろしい。とおちゃんは僕の考えていることがある程度分かるのだ。

それは逆もまた真なり、つまり僕もそうなのだから感覚は分かるのだが時々当たりすぎて怖いときがある。これはもうテレパシーと言っていいだろう。


「ホント、ホント。今日、バイト辞めようと思ってて」

『おっしゃ~~! シャチョー! 建じぃの獲得に成功しました!!』


大きな声が聞こえてきた。獲得という言い方が引っかかる。


『もしもし! 多部広告代理店の多部たべ朋美ともみというものです! あなたは山杉君でしたっけ? とおちゃんの推しなら腕に狂いはないはず! 採用よ! 明日からうちに来て! いい雰囲気であなたにもあうはずだから!』


若い女の人の声が聞こえてきた。興奮しているようだ。

後ろの音から職場はお祭り騒ぎになっているようでその様子はさながら二〇二〇年東京オリンピック開催決定の瞬間のようだった。採用のノリも結構軽い。

てっきり面接はあるんだと思っていた。今更ながらこの会社は大丈夫なのかと一抹の不安を覚える。

ここはひとまず挨拶だ。無礼のないようにしなければいけない。


「ありがとうございます。電話でも職場の楽しい雰囲気を感じることができて明日そちらに伺うのが楽しみになりました。まず明日何卒宜しくお願い致します。あと私の名前は高杉と申します」

『ごめんなさい! 高杉君ね。あと固いね~。もっと柔らかくて良いんだよ? さっきも、とおちゃん『シャチョー』って言ってたじゃん』

「いえいえ。まだお会いしたこともないので……」

『その固さは会って直ぐに直るようなものではないと思うけどな~。まぁ明日よろしくね。あっ! これ、とおちゃんの電話じゃん。じゃあ変わるね』


確かに会って直ぐには直らない気がする。多部社長……台風みたいに素早く爪痕を残していった。


『ようするにそういうことだ! 俺も祭りに参加してくるからそろそろ切るぞ。明日の好きな時間に来てくれ。じゃあよろしく!』

「ちょ……」


プー プー


漏れ出てくる祭り騒ぎの音は瞬時に無機質な音に変わった。

好きな時間というのが一番困る。指定してくれると行きやすいのだが自由だと無駄に考えてしまうものだろう。

あとは場所が分からない。これは会社名が分かってるのだからスマホで調べると直ぐに出てきそうだが、単純にこんな適当加減で会社の経営が成り立つのか心配になった。


「その感じだとうまくいったみたいですね」

「うん。賑やかで楽しそうな感じだったよ。『明日から来て』だってさ」


かぐやには会社の良さそうな部分だけ言っておいた。

スマホで『多部広告代理店』と調べながら答える。かぐやは何故か自分のことのように喜んでいるようだった。


「そっか~。良かったです。これでホントに社会人デビューです! おめでうございます!」

「これで!? 元々なんだったの!?」

「ん~、可愛い青年とかですか?」


なんだかちょくちょくかぐやがからかってきている気がする。

嬉しいような恥ずかしいような……何とも言えない感情に包まれる。かぐやがからかってくると、なんというか、安心するのだ。

これは非常にまずい流れのような気がした。このままだと変態に目覚めそうだ。


「か、可愛いってなに!?」

「そのまんまの意味ですよ」

「そ……そっか」


僕は誤魔化すようにスマホへと目を移した。


『多部広告代理店』


渋谷にあるこの会社は名前の通り、CMを作る会社だ。広告業界では新鋭的として割と有名だったりするらしい。

社員は社長を含めて十六人と少なめ。ポップで優しい会社のHPは見ているだけでも目の保養になりそうだ。

調べてみると、この会社は週に二日、基本は好きな日に休めるらしい。何よりもかぐやとの時間を多くとりたい僕には好都合な話だ。

新しい日々には不安もあるけれど、やっぱり楽しみでもあった。僕はこれで更に前に進める気がする。これもかぐやのおかげだ。

これからを想像して僕は、柄に合わず、胸が踊った。

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