第7話 月のAさん、地球のBさん

「私、なんとなくわかります」

「えっ!? ホントに?」


予想外の返しに驚いてしまった。もしかしたらこの現象の答えが見えるかもしれないのだ。

別に答えなどを求めようと言った訳では無かった。思ったことがそのまま口に出た、それだけだったのだが。

希望が見えた今、諦めていた答えがどのような物なのかがとても気になる。はたしてこの不可解な現象にどのようにして説明を付けるのだろうか。


「はい。どっから言ったら……。まず私は月生まれです」

「うん。さっき言ってた……」

「それで、建は地球生まれです」

「う、うん」


答えが見えてこない。今の所、既成事実を述べているだけでどのように説明に繋がるのかが分からなかったが、きっと意味があるのだろう。推理小説の探偵だって最初は回りくどく言ったりするものだ。


「私のいた月の世界と建のいる地球の世界はそれぞれ別の世界なんです。要するに私から見たら地球は異世界で建から見たら月が異世界になります」

「ん? でも月が異世界っていうなら地球人から月は見えないことになるはずだけど……実際には今日もきれいに夜空で光ってたし……。どういうこと?」

「ややこしいですけど……月と地球は互いに完全な異世界ではないのです」


言ってることがいまいち分からない。完全な異世界じゃないのなら、完全ではない異世界ということになるが、その意味が理解できないのだ。

かぐやは僕の疑問に答えるように続けた。


「地球から見える月と私たちの月はちょっと違います。地球から見れば月なんてただの荒涼とした星にしか見えないんですけど、私たち月の人からすれば地球みたいに街があって、海があって、生き物もいる星なのです。逆に月から見たら地球は何もない星になっちゃいます」


要するにかぐやの世界は僕たちの世界のパラレルワールドのようなものだということだろうか。

二つの世界はほとんどが一緒なのだがどうやら月と地球だけに違いがあるようだ。

僕の世界では地球が文明の築かれた星で、かぐやの世界では月に文明が築かれているらしい。

かぐやの説明ではそういう事になるのだが実際には疑問が出てきてしまう。

一番は月の世界の住人であるかぐやが何故、僕には見えているのかっていうことだ。

しかも、かぐやには東京の街並みとかは見えているようだった。それが何故なのかも分からない。さっきの説明なら街すらも見えないのではないだろうか。


「何となくは理解したけど、聞きたいことが色々あって……。まず、なんで僕にはかぐやが見えるの?」

「それは私も詳しくは分かんなくて……」

「そっか……」


かぐやは必死に考えるような素振りをしている。

現実的には、といっても話し自体が非現実的だからどうしようもないのだけれど、僕が月の人間である可能性は低いだろう。

仮にそうだとするならば今度は僕が地球の人々を見ることができるのがおかしな話になってしまう。

答えはそう単純ではないのかもしれない。今考えたってどうにもならないのは明白だろう。

僕はかぐやに新しい疑問を尋ねることにした。


「あと、もう一個疑問があって、……かぐやは地球の川とか食べ物とか東京の街とか、それこそ今入ってるネカフェとかは見えてるみたいだけどそれはなんで?」

「それは少しややこしくなるんですけど。私のさっきの説明覚えてますか?」

「えっと、地球の世界と月の世界がそれぞれあって、互いには何も見えてないみたいな」

「そうです、そんな感じです。でも、その説明には例外があります。その例外っていうのが相手の世界の事を存在するものとして認識したら意識のあるもの以外は見えるようになるっていうことです。私たち月の人は確かに地球には文明があるっていうことを疑いもなく認識しているから地球の世界から生き物が消えてしまった景色は見ることができて……」


どうもややこしい。

バカな僕の頭を整理する。

要するに、月の世界は地球の世界の存在は認識しているらしく、その認識は地球の意識がない物体だけを見れるようにしてくれるってことだろうか。

恐らく月の世界の住人から見た東京は生き物がおらずビルだけがたたずむ静かな世界に見えるのだろう。

無機物は見えるのだから誰も載っていない車が車道を走ってるように見えるはずだ。

そう考えると気味が悪い。


「つまり、……かぐやは東京とかが綺麗に整備だけされた廃墟都市に見えるってこと?」

「そういうことです。人だけが居ない街に見えます。まるで人類最後の一人になったみたいでした」


少し笑みを浮かべて言ってはいるが実際そんな世界にいるとなると恐怖しかないだろう。

僕が見つけるまでは大きな孤独感に襲われて恐ろしい思いをしていたかと思うと胸が痛くなった。

そんな状況では、十六歳でなくとも普通なら精神崩壊するのかもしれない。


「無理して笑わなくてもいい。そんなの本当に怖いと思うし……なんかごめんね」

「建が謝る必要なんか無いですよ。確かに怖かったけど今は建がそばに居てくれるから平気ですし。せっかく楽しめそうなんだから過去の事でくよくよしてられないです」

「河川敷の時とは随分変わったね」

「はい。自分でもびっくりするほどです。これも建のおかげです」

「僕も……かぐやに助けられたよ。あっ、無理はしないでね」

「私、建に何もしてないですよ? 後、無理はしないから心配しないでください!」


かぐやは「大丈夫!」と自信気のある目線を僕の肩に顔を乗せたまま送ってきた。

かぐやは何もしていないと言うがそんなことはない。今この瞬間も僕はかぐやから幸せを見いだせているのだ。かぐやは何も無かった僕に生きがいと目標を与えてくれた。

かぐやが安心して帰れるような所を作ることが僕の今の夢だ。

こんな事、本人に言えるわけないので自分の心に大切にとっておくことにする。


「かぐやは十分、僕に色々してくれてるよ。それにしても何で生き物だけ見えないようになっちゃうんだ?」

「それは互いに認識することが生き物を見れるようになる必要条件だからです」

「つまり?」

「例えば月の世界の住人のAさんと地球の世界のBさんがそれぞれいるとします。この時、AさんがBさんを見るためにはAさんがBさんはいるものだと認識することはもちろんBさんがAさんはいるものだと認識することも必要です。これが互いに認識するってことで……」


かぐやは自分の右手・左手両方の人差し指をAさん・Bさんとして指を動かしながら説明する。できる限り分かりやすく説明しようとしてくれているのは伝わってくるが、それでも僕はバカみたいだ。

つまりは、会う前からその人の存在は知っていないと見ることはできないということか。


「じゃあ、他の人から……かぐやが見えてないっていうのも他の人は……かぐやの存在を知らないからってこと?」

「そうです」

「なるほど……シュレーディンガーの猫的な……」


昔読んでたラノベに出てきたやつだ。シュレーディンガーの猫はなにかと出てきてた。まぁロマンあるしなんだかかっこいい気もする。猫はかわいそうでしかないけれど。猫好きの僕はあの話を聞くたびちょっと悲しくなったりする。


「猫? 私はうさぎ派です」


普通、猫と比べられるのって犬じゃないだろうか。うさぎなんていうのが月っぽい。

ホントに月にはうさぎがいるのだろうか。

僕はうさぎを食べたことしかない。味はおいしかった。こんなことをうさぎ好きに言ったら、大変なことになるかもしれないので黙っておく。

特に月の住人のうさぎに対する執着は凄そうだ。偏見だけれど。


「僕が……かぐやのことを社会に広めたら……かぐやは他の人からも見えるようになるってこと?」

「そういう事にはなるんですけど……。そんなこと言っても信じる人なんか出てこないですよ。ほら、建と私が会った日みたいになるのが普通です」


確かに信じる人などいない気がする。いきなり、「あなたの前には透明人間がいます」などと言って疑いもなく信じるほど人間はバカじゃない。サルでも嘘だと分かる。バカな僕が言うのだから間違いないはずだ。

ただ、解決の糸口はそこにあるように思えた。どうすれば信じてもらえるのか足りない頭で考えていると、かぐやが口を開いた。


「ただ、一つ良い事があります。別に全人類に信じ込ませる必要は無くて、一人でも地球の世界の住人に見てもらえれば他の人からも見えるようになるんです」

「じゃあ僕に見えてる時点で……かぐやは他の人からも見えるようになるんじゃない?」

「建の場合は体の中で月の世界と地球の世界が混沌としてるから、純粋な地球の世界だけにいることができないんだと思います。月の世界が少しでも入ってくると体は月の世界で私を認識しようとして、地球の世界では認識しようともしないからダメなんですかね? 私もこんな事初めてだからよく分からなくて……」


僕も全然分からない。僕より月事情に詳しいかぐやが分からないなら当然だ。

でも理屈など求めても僕以外にかぐやを認識させなければいけないのは変わらないのだから、必死に理屈を導きだすことは無いだろう。

もう、何も思いつかなくなって希望が消えかけた時に何か分かるかもしれない、と理屈を求めるまではこの事は置いておいてもいいのではないだろうか。


「まぁ、かぐやが他の人から見えるようになったらいいだけだし理屈は後でもいっか」

「そうですね。後、無意識なんだろうけどスムーズに『かぐや』って言えましたね」


かぐやの言う通り無意識だった。指摘されるとこの上なく恥ずかしい。

穴があれば入りたい程だが、あいにくこの狭い部屋には穴どころか開いた空間も無さそうだ。


「忘れて! お願い!」

「なんでですか? もしかして照れてます?」

「ち、違うよ! もう寝よ!」


僕はごまかして、目を閉じる。

かぐやの対角線上によって寝ようとするが、かぐやは僕の抵抗が起こるよりも前に再び僕の肩に頭を乗せて手で腕をつかんできた。

俺は緊張してつかまれたっきり動けない。


「か……かぐや。離してくれ、頼む……」

「嫌……ですか?」


その聞き方はズルい。別に嫌ではないし、それに嫌など言えるわけない。


「そういうわけじゃ……。僕の理性の問d──」

「だったら、別にいいですよね。こっちの方が存在している気がして安心するんですよ」


かぐやが遮ってくる。そう言われてしまえば、尚更、断りづらい。僕は仕方ない、といった雰囲気を醸し出しつつ、抵抗を止めた。

こんなことだったら、髪をちゃんと切って、ちゃんと体を洗うべきだった。

後悔を残しつつ一日を締めくくる言葉を飾る。今日一日は本当に長い一日だった。


「じゃあおやすみ」

「うん、おやすみ」




 この不可思議現象の答えを知ることはできた。しかし、解決の糸口は未だに見当たらない。

それでも、かぐやとならやっていけるような気がしたのだ。これを楽観というのかは知らない。ただそんな気がしただけだ。


こうして僕とかぐやの優しく(?)て、でも賑やかな生活は遂に幕を開けた。

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