第3話 サマーフェスティバル

結局、月島さんが透明人間もどきになった原因は分からないままだ。

というか、月島さんにはそれに関連する話が全く聞けていない。僕ら二人の間で、その問題に触れることはタブーだというような空気が流れている。

何度か聞こうとしたこともあったが、その度に僕は言葉を押し殺していた。



八月九日(木)


 夏もそろそろ本番だという頃、僕は再びバイト先から休日をもらった。僕が休みを取るようになったから最近休みの日が増えつつある。

これまではシフト外にもバイトに行っていたのが行かなくなっただけだ。

それなのに店長には不服そうな顔をされた。なんなんだアイツ。

 せっかくの休日だから、と僕は月島さんを上野公園の夏祭りに誘った。

上野についたのは外は暗くなり始め、公園はおそらく盛り上がりの最高潮である午後七時。

こんなにも遅くなってしまったのには理由がある。

理由は単純明快、僕が中々言い出せなかっただけだ。前までなら気兼ねなく誘えたのに、急に恥ずかしくなってしまった。

朝の七時に思いついたというのに、いつの間にか日は傾き始め、挙句の果てには「サマーフェスティバルに行こう」と迷走じみた言葉で誘ったのは我ながらどうかと思う。

あの時の僕は英語にしたら大丈夫だろうと意味の分からないことを考えていた。

それなら全文英語にするべきだったんだろうけど、頭の悪い僕にはそんなことはできなかった。


 言い訳するつもりは無いがこの時間に来ることで、公園は屋台からの夢幻的でほのかな光に包まれ、賑わいの声に満ちていた。不幸中の幸いというものだろうか。

普段は人ごみは好かないのだが祭りばかりは賑わってこそだと思う。別にバカ騒ぎが良いという訳ではない。

各々が心から楽しんでいる、騒がしくも優しい空気が良いのだ。

僕は月島さんを連れて異世界のようにすら感じられる公園の中へと足を踏み入れた。この公園せかいなら月島さんもきっと楽しめるはずだ。


「お嬢ちゃん金魚すくいうまいねぇ~」

「今日の集会なんかダルかったんですけど~」 

「まじ、それな!」

「また外れた~。ようし、次こそは!」 

「もう無駄だって~」


あちらこちらから色んな声が飛んでくる。この時間帯は部活終わりの中学、高校生が特に多い。あんな青春を送りたかったという憧れのようなものを抱き、なんというか圧倒されてしまう。

中学・高校生の僕は基本的に一人で寂しく、時々唯一の親友と祭りを楽しんでいた。

一人の祭りは心を病む。カップルがいちゃいちゃしてたりするのを見る度に虚しさから泣きそうになっていた。


道の両脇にある屋台に視線を向けていると月島さんが優しく肩をたたいてきた。


「……た……き………い」


若干遠慮しがちに上目遣いで言うその様はかわいい。ただ、何を言っているのかは周囲の声にかき消されてしまい分からなかった。僕は手を耳に当てて聞き返す。


「何て?」


聞くと月島さんがたこ焼きの屋台を指さした。

なるほど、たこ焼きか。お祭りの定番だ。僕は猫舌だから中々食べられないけれど。

目の前の繫盛してそうなたこ焼き屋へと歩いていく。月島さんと手をつなぎたかったが臆病な僕にはそんなことはできなかった。


「すいませ~ん。たこ焼き二つ下さい」

「あいよ~。おっ! 独り身かい? 来年は頑張れよ!」


気さくなおっさんで誰からも好かれそうな雰囲気だ。

僕も普段なら好意としてその言葉を受け取っていただろうが、今は違う。

月島さんが僕以外からは見えない事を改めて強く突き付けられた。「何で見えないんだよ!」と今すぐにでも叫んでやりたかった。

でも、感情的になってはいけない。ここで叫んで傷つくのは月島さんだ。僕は本当の僕を抑え込んだ。

落ち着くために深呼吸をする。


「来年は頑張ります」


変に落ち込んでしまっては月島さんに気を使わせてしまう。そう思った僕はできる限り元気に答えた。へたくそな愛想笑いは引きつっているだろう。

月島さんの為とはいえ、見えていない事を認めてしまうようで、良い気持ちではない。吐き出せない感情は濁りとなって、心の中に沈んでいく。


「はっはっはっは~。悪い悪い」


おっさんはぎこちなく笑っている僕を見て冗談っぽく謝ってくると、串で素早くたこ焼きをすくい渡してくる。


「なんか、痛ぇとこ突いちまったみてぇだな……。お詫びに負けてやるよ。ほれっ!」

「あ、ありがとうございます」

「おう!」


たこ焼き屋の主人の太っ腹さに感謝しながらたこ焼き屋を離れる。

両手には熱いはずのたこ焼きが乗っている。

ふと思う。月島さんは一生このままじゃないのか、と。そう思うと自分のことでもないのに急に怖くなってきた。

僕の前の問題が余りに大きすぎて呆然と様子を眺めているだけで……。言葉では何とも形容できない恐怖が迫ってきている気がする。

昔、寝るときに死ぬ瞬間を考えたことがあった。その時に襲ってきた恐怖に似たなにかが、今、僕の前に佇んでいる。

行き場もなければ解決の糸口も見えない不安は自分の中でただひたすらにループし続けた。

周りなんてものは見えていなかった。何回も道行く人とぶつかってしまいその度に平謝りをする。

どこからか聞こえてくる太鼓や鈴の音は僕の心に重く、でも静かに響く。

その響きが僕の中の不安を加速させていった。

僕は思うのだ。月島さんは本当に一人なのかと。本当に僕以外の誰からも見られてないのかと。

月島さんは僕から見ればなんの不安も抱えていない、普通の生活を送れている女の子だ。

そりゃあ少しは内気だし凄く明るいとかそういう訳じゃないけれど……でも笑顔は最高だし、優しいし……。

だから僕は彼女が誰からも気付いてもらえない寂しい世界で暮らしているようには到底思えなかった。そんなどうしようもなく莫大な問題を一人で抱えているようには見えない。

だからこそどうしても月島さんを救いたいのだ。何でこんなことになっているのかも、何で僕だけが月島さんを見ることが出来るのかも分からないけど救いたいのだ。

何も分からなくて不安でいっぱいだから……だから今すぐにでも月島さんを寂しい世界から掬いだして僕たちの世界で一緒に生活がしたい。

今のままは怖い。いつ月島さんが消えてしまうのか分からない。

僕だってと同じように月島さんを見れなくなるかもしれない。それくらいこの時間は儚く脆いのだ。

月島さんと会ってから毎日が楽しかった。夢のようだった。でも同じくらいに不安だった。不安で押しつぶされそうでおかしくなりそうだった。僕はそんな不安からきっと逃げていたんだ。

でも、もう逃げない。

この日々を夢では終わらせたくない。

だから僕は月島さんを助ける。月島さんだけじゃなくて自分のためにも。





月島さんがいる内に…………







 街の大通りでやっているというパレードが終わったらしく、屋台通りは更に人でごった返していた。流石にこのままでははぐれるということで月島さんと手を繋いだ。緊張していたのは言うまでもない。


そして、それは突然だった。夏の夕立くらいに突然だった。



スッと月島さんの手が僕の手から離れた。



慌てて月島さんの手を握り直そうとするけど、もう月島さんの手がどこにあるかは分からなかった。



月島さんが離れていく。



まるで世界が僕達を離そうとしているようだった。


僕は急いで人波にもまれながらも追いかける。


そして月島さんは泣きそうな顔で振り返ると、会ってから一番大きい声で叫んだ。


「ありがとう! さようなら……!」


何を言ってるんだ。何でもう会わないみたいな風に言ってるんだよ。

ちょっと力が抜けて手が離れちゃっただけだろ?

そうだろ?

違うのか?

待ってくれ。僕はまだ何も月島さんにできていない。月島さんをだせてない。

これじゃまるで夢みたいだ。

君は僕を救ってくれた。毎日が楽しかった。

僕の退屈な日々を壊してくれた。


だから……だから…………。


なにかを言おうとするが、声は喉でつっかえてしまう。

月島さんはどんどんと遠ざかっていった。あっという間に人ごみに飲まれて見えなくなっていく。


そして月島さんは消えた。あまりに急だった。


ガクッと膝から力が抜けて、その場に座り込んだ。

涙が自然と流れる。

風景がコマ撮りのようにぎこちなく動く。

人々の騒めきは僕の心で寂しく響いていた。


もう何も考えられなかった。



























ごめん、高杉君……。




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